第27話 きっと帰ろう

 第17ゲーム。

 柚季ゆずきがパスを宣言し、続くようにして桂木かつらぎがパスを宣言。そしてルピスがカプセルを瓶から取り除く。


 そんな流れで残りのゲームは消費されていった。


 勝利を決した第17ゲーム以降、桂木はためらいなくパスを重ねた。

 パスで消費されたチップは最終的に全て勝者のものになる。危険を冒す必要はもうなくなったからだ。


『次でラストの第30ゲーム。二人の選択は……もう聞くまでもないかな』


「ああ。パスで」

「——あたしも」


 こうして全てのゲームは終了した。

 最後まで二人が毒カプセルを飲むことはなかった。


 そのため結果は双方のパス回数で判定されることとなった。

 桂木のパスは14回。柚季のパスは29回。


 桂木の勝利で“服毒ゲーム”は幕を下ろした。


『これにてゲームセット、だね。お見事だったよ。桂木さん。


 で、決着もしたことだし、そろそろ教えてよ。どうやって毒を回避したのか。


 まさか偶然ってことはないでしょ?』


 ルピスがそんな質問をしたとき、うなだれていた柚季はわずかに顔を上げた。


 桂木はなぜ確信を持って毒を回避し続けられたのか。ずっと尽きなかった疑問だ。


「簡単なことだ」


 桂木は澄まして答えた。


「アタリもハズレもカプセルは全く同じ。けれど中身は、空か毒入りかの違いがある。

 ということは、見た目は同じでも、重さは違うってことだろう」


 ひた隠されてきた桂木のロジックが明かされる。


 彼にはカプセルの見分けがつくかどうかなど問題ではなかった。


 アタリとハズレではカプセルの重さが違うこと。

 戦略を構築する材料はそれだけで十分だった。


「カプセル自体に重さはほとんどない。空のカプセルと比べたら、毒のカプセルはどうしたって重くなる。


 手に持った感覚じゃわからないくらいの差だが、違いは確実にあるんだ。


 さて重いカプセルと軽いカプセル。

 二種類が混在した状態で、瓶を何度も振ったらどうなる?」


『……! なるほど!

 重い毒入りのカプセルは自然とね』


「そうだ。口を上にした状態で瓶を何度も上下に振れば、重力に従って、比重の大きい毒カプセルは底へと集まる。


 はじめにディーラーが瓶をシャッフル。

 さらに俺は自分のターンが来るたびに瓶を振ったから、毒入りの7錠は全て底の辺りに偏った。


 条件を満たしたら、あとは瓶の表面近くからカプセルを取るだけ。

 それで確実に毒を回避できるってわけだ」


 桂木は“確実に”と表現したが、厳密には100%の安全策ではない。どんな論理にも揺らぎは存在する。


 だが93錠もの空カプセルが存在し、その表面近くの16錠を引くのであれば、まず間違いなく毒を回避できると桂木は踏んだのだった。


 さらにこの作戦の最大の売りは、柚季が桂木の策を見抜けなければ、双方が毒を引かず終われるという点にある。

 いくら勝つためとはいえ、目の前で人が毒死する場面など見たいはずがない。


 自分はゲームに勝利し、なおかつ柚季の毒死を防げる。

 最も理想の結末に近づける策略を桂木は選んだのだった。


 わずかとはいえ、即死の危険を冒してまでも。

 それが分のいい賭けと言えるかはわからなくても、だ。


「おそらくだけど、柚季さんは確率に基づいてパスの逃げ切りを狙ったんだよな。それもひとつの方法としては正しいと思うよ。


 けどその戦術をとったことが、俺の作戦遂行を後押ししてしまった。


 この作戦における唯一の欠点は、敵が同じ作戦を取ってくることだった。

 パスがゼロのままで30ゲームが終われば、結果はドロー。二人ともチップを失ってしまう。それだけが怖かった。


 けど柚季さんが後攻を選び、2ゲーム目をパスした時点で俺は作戦の成功を確信したよ。

 このゲームは勝てる。

 それに俺たちは二人とも死なずに終わらせられる、ってね」


『完璧だね』


 満面の笑みをたたえて、ルピスが呟いた。


『さすがはここまで無敗の桂木さんだよ。作戦自体はシンプルなのに、それ一つでゲームを支配するなんて』


「大それたことは何もしていない。要は気づいたか、気づかなかったかの違いだ。

 騒ぐようなことじゃない」


『謙遜するね……ま、いいや。とにかく勝者は桂木さん!

 これは賞金のチップだよ』


 ルピスから桂木に63枚のチップが手渡される。



 内訳は以下の通り


 場代のチップ10枚

 柚季が場代に支払ったチップ10枚

 桂木がパスで使ったチップ14枚

 柚季がパスで使ったチップ29枚




 受け取った63枚のチップのうち、24枚はもともと桂木の手持ちだったものだ。

 

 つまり実質のチップ獲得枚数は39枚。

 桂木はこのゲームで儲けられるチップのほぼ最高額を手にしたことになる。


『でも寂しいな。せっかく面白いプレーヤーと会えたのに。

 桂木さん、もう帰っちゃうんでしょ?』


 桂木はチップの合計額を頭に浮かべた。もともと持っていた64枚のチップに、今回手に入れたチップ39枚。

 トータルで103枚だ。


 この時点で桂木の魔界脱出は決定している。三回戦の本戦に進むこともなく、もとの世界へ帰ることも可能だ。

 だが。


「まだ帰れないな」


 桂木は席を立つと、テーブルの向こうでうなだれる柚季に歩み寄った。


 そして手にした39枚のチップを、柚季の目の前にそっと置いた。


「これは柚季さんの寿命だ。俺が奪うわけにはいかない」

「え……?」


 憔悴しきった表情の柚季はそこでようやく、桂木と目を合わせた。


 勝負の最中に見せた鋭い眼光はなりを潜めていた。別人のように優しい目をしていた。


「柚季さんは人間なんだろう。だったら俺は、柚季さんから命を奪う真似はできない。


 俺は本戦に進んで、悪魔からチップを奪い取ってゲームを抜ける。

 だからこのチップは君に返すよ」


 その言葉に、ずっと陽気だったルピスが目を丸くした。


『いいのかなあ? そんなことしちゃって。

 桂木さんは確かに強い。それは認めるよ?


 けど次も勝てるかなんて誰にも分からない。何の保障もない。

 それなのにせっかく手に入れたチップを返すなんて……自殺行為じゃないの?』


「いいんだよ。決めていたことだ」

「どうして……桂木さん」


 柚季の潤んだ瞳が桂木を見上げた。

 桂木は小さくため息をつくと、自分らしくもないと思いながらも、素直な気持ちを口にした。


「最後まで嫌いになれなかったんだ。柚季さんのことが」

「え……」

「だから、お互い死ななくて良かった」


 そう言って、屈託のない笑顔を桂木は浮かべた。


 堰を切ったように、柚季の目から涙があふれ出た。


「桂木、さん……あたし……あたし……!」


 力なく立ち上がった柚季は、桂木の胸に身体を預けた。


 それから桂木の背中に腕を回して泣いた。力いっぱいに泣いた。

 やっとのことで母親を見つけた迷子みたいに。


「きっと帰ろう。俺も君も。もとの世界へ」


 そんな彼女をあやすように、桂木は柚季の頭をそっと撫でた。

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