第73話 see you the final stage……!

 これまでの戦いと比べても輪をかけて長かった『零ゲーム』が決着。つじ・吉田・御代みしろ・桂木の四人は綺麗にチップを増やしてゲームを終えることに成功した。


 そしてこのゲームの勝利により、ついにチップ100枚を達成するプレーヤーたちが現れた。


「チップの配分を確認しよう。

 辻さんはすでに渡したチップ80枚で合計140枚。そこから失格の40枚を引いてちょうど100枚」


「間違いはない」


 桂木の確認に、辻は自分のチップケースを見せた。


 チップ50枚を収められるケースがちょうど二つ、隙間なく埋められている。


 それを確認すると、桂木はテーブルに賞金のチップ40枚を並べた。


「あとはこれを俺たち3人で分配する。


 吉田のチップは現在87枚。優理ゆうりのチップは現在85枚。

 それぞれ13枚と15枚を渡す。これで2人は100枚達成だ。

 

 余りのチップは全て俺が受け取る。これで全員が100枚達成。

 これでいいか」

 

 桂木の配分に、吉田が「そりゃあもちろん!」と両手を差し出すような仕草を見せた。


「余ったチップがあるなら全て君がもらうべきだ。桂木くんがいなければ、僕はとっくにゲームオーバーだった。

 こんなのお礼になるのかはわからないけど……桂木くん、少しでも長生きしてくれよ」


 吉田の言葉に、辻も深く頷いた。


「このような形が正しいのかはわからないが、君のような若者が長く活躍することは、きっと多くの人の助けとなるはずだ」


「ありがとう。辻さん、吉田」

 

 そう言って桂木が微笑んだ時、部屋にアナウンスが流れた。

 

『プレーヤーの皆様、お疲れ様でした。


 このゲーム終了を以て、チップ100枚を達成されたプレーヤーがみえます。


 これより帰還の手続きを行います。該当の方はホールへお越しください』

 

 ディーラーを務めていたルピスの声。吉田は「本当に帰れるんだな。やっと実感が……」としみじみ呟いた。


「行こう、桂木君」 

 

「——すみません、辻さん。先に行ってください。

 ちょっと一言、言っておきたいヤツがいるんです」


「一言って? 霧継? それとも悪魔ミシロ?」

 

「詮索せずとも良いだろう。

 では吉田くん、御代くん。行こうか」


 扉を開ける辻。それを追いかけるように吉田が席を立った。


 そんな中、御代は扉に手をかけて振り返る2人に言った。


「私、あとで桂木先輩と一緒に行きます」


 その言葉に、吉田と辻は笑顔で頷いた。気を遣ったつもりなのかもしれない。


 桂木は御代に向き直ると「何考えてるんだ」と小さなため息をついた。

 そんな桂木にまっすぐな視線を向けながら、「それはこっちのセリフです。先輩」と、御代は表情を曇らせた。


「桂木先輩は嘘をついています。

 先輩のチップ、本当は100枚に届いてないんじゃないですか?」

 

 ——自分の目をじっと見つめたまま口を開かない桂木に、御代は「騙されません。私、覚えてますよ!」と語気を強めた。


「1回戦の『クラッシュ・チップ・ゲーム』。フジウラさんとの戦いで、桂木先輩が手持ちのチップを全て装置に入れました。

 そこに私が自分のチップを全て投入して、その合計で勝負をすることになりましたよね。


 その時の結果はこうです。

 フジウラさんのチップが98枚。

 桂木先輩のチップが125枚。


 そう。私と先輩のチップの合計はあの時125枚だったんです。

 

 その内訳は……私のいれたチップが70枚。ということは先輩の手持ちは55枚。


 先輩のチップは私より15なんです!」


 ——チップの配分がなされた時から、御代の脳裏にはずっと引っかかりがあった。


 自分と桂木は1回戦からずっと同じように賞金のチップをわけてきた。だから最初のチップ15枚の差が埋まるタイミングはほとんどなかった。


 3回戦の予選だけ別々の戦いに臨んだが、そこで大きくチップを得たのなら自分や吉田に話すはず。それに零ゲームのチップを分けた時の「余りのチップは全て俺が受け取る」というセリフも、御代からしたら不自然でしかなかった。


「私が15枚のチップを受け取れるなら、先輩は30枚のチップが必要だったはずです。

 余りのチップを全て受け取ったって……全然足りるはずがないんです」


「——1回戦の時から計算してたのか。よくそんなの覚えてたな」

 

「好きな人の寿命があと何年か……

 そんなの忘れるはずありますか?」


 震える声で口にした御代の目には、涙が浮かんでいた。


「どうやったって、全員でゲームを抜けるチップには足りなかった。

 だから先輩は私たちだけでも助けようとしたんですよね?」


「優理……」


「あの時だって……悪魔の九択の時だってそうでした。先輩は私を残して悪魔について行こうとしました。


 どうして自分だけ犠牲になろうとするんですか。

 私だけ寿命チップをもらったって、一緒にいられなきゃ悲しいだけに決まってるじゃないですか。


 そんなの私、嬉しくもなんともないんだから!!」


 上気した御代の頬を、大粒の涙がつたった。

 ずっと胸に溜め込んでいた思いの丈が溢れ出たかのように。

 

 ただそばにいたい。少しでも力になりたい。


 彼女はその一心でゲームへの参加を決め、今日まで戦ってきたのだ。

 

 ——そんな御代の目尻にそっとハンカチを当てると、桂木は彼女の肩を抱き寄せた。

 そして耳元に優しく「ありがとう」と囁いた。

 

「心配してくれてありがとう。

 でも問題ない。俺のチップは足りている」


「うそ、そんなはず」

 

「霧継が言ってただろ。俺からカードをって」

 

 第21ゲーム、最後の戦い。

 霧継が持っていないはずのカードを出し、悪魔ミシロに勝利を収めた光景が御代みしろの脳裏に浮かぶ。

 

 買い取った


 その表現を繰り返した時、御代みしろは「あ……」と小さくこぼした。


「気がついたな。


 そう、俺は3のカードを売ったんだ。霧継が持つチップと引き換えに。

 霧継は俺からカードを買わなければマイナス40枚。だから取引に応じたのさ。


 黙っていてごめんな」


 子供をなだめるように、桂木の手のひらが御代みしろの頭をぽん、ぽんと叩いた。


「たくさん心配かけて悪かった。でも、嬉しかった。


 もう大丈夫。これで全部終わりだ。


 けど俺は、どうしても最後にやらなきゃいけないことがある。

 先に行っててくれ。優理」

 

「桂木先輩……」

 

「大丈夫だから」


 ぎゅ、っと御代を抱く腕に力が入る。


 桂木の胸に顔を埋めながら、御代はこくりと頷いた。


 心臓の鼓動が聞こえる。


 穏やかで優しい音だった。






「——急がなくて良いのですか」


 一人部屋に佇む桂木に、開け放たれた扉から声がかけられた。


 スーツに身を包む細身のシルエット。

 訪問者は霧継とともに最後まで桂木たちに立ちはだかった悪魔、タテハシオリだった。


御代みしろ様を含むお三方は、すでにホールから移動されました。

 帰還の手続きも間もなく締め切られる頃です」


 淡々とした忠告の言葉。しかしその声色に悪意がないのを感じ取り、桂木は静かに目を伏せた。


「行けないさ。俺は優理に嘘をついた」

 

 そう言って桂木は、チップの収められたケースの蓋を開いた。


 整然と並ぶチップの端に残った僅かなを見て、目を見開くタテハ。


 そう。

 実は桂木のチップは100枚に達していなかったのだ。


「これは一体どういうことですか。


 あなたは霧継からチップを得るチャンスがありました。100枚に達するには十分な数のチップを得るチャンスが。


 それなのに、なぜ」 


「人間から命は奪えない」


 そう口にした桂木は、手にしたチップを見つめながら寂しげに微笑んだ。


 このゲームでなくても、桂木がチップ100枚に達するチャンスはあった。例えば3回戦予選の服毒ゲーム。柚木ゆずき麻耶花まやかを相手に完全勝利を収めた彼は、彼女を見捨てさえすれば、チップ64枚を得てゲームを抜けることだってできたのだ。

 

 でもそうはしなかった。


 それは机を挟んで戦う相手が人間であり、そして彼自身が人間らしくありたいと望んだ結果だった。


「霧継からは、2回戦で悪魔ミシロから奪ったチップの枚数だけを受け取ったよ。それが合計15枚。

 残念だがあと少しだけ足りなかったんだ」


「では先ほどの会話……御代みしろ様を騙したのですか。

 彼女を助ける為に」


「それはお互い様だ」

 

 ——敗北が決まり、霧継を前にした悪魔ミシロが自嘲気味に話していた内容が桂木の脳裏に蘇る。


 

『変なお願いなんか聞いて、御代みしろちゃんを連れてきたのがこんな結果を招くなんてね』


 

「あの言葉を聞いて気がついたよ。優理のやつ、俺を助けるために自分からゲームの参加を決めたんだなって。


 あいつは嘘をついていた。

 だから、俺も嘘をついてみた。それだけだ」

 

「……。

 理解に苦しみます」


 呆れたような調子の言葉に、桂木は内心で苦笑いをした。


 彼自身、自分の気持ちの全部を理解できてなどいない。

 けど理解に苦しむ選択でさえ、ときに選んでしまうのが人間ってもんなのだろうと思った。


「彼らはもうじき帰されます。

 見送りに行かれますか」


「案内してくれるのか」


「差し支えなければ」


「そうか。

 いや、いい」


 少し間を空けて、桂木は首を横に振った。


 ずっとそばで支えてくれた眩しい笑顔。見てしまったら揺らいでしまいそうな気がした。


 しかし言い聞かせる。決意を固めるかのように。


 必ず生きて帰るのだと。




 

 ——必要なチップはあと4枚。残りのチップを得るために、彼はあと一度だけここに残って戦う。


 次が本当に、本当の最終決戦ファイナルステージ


 窓から射す赤い月光に背を向けて歩き出す桂木。


 最後のゲームが、その先には待っている。





『零ゲーム』 fin

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