第72話 決着

 桂木が部屋に戻り、投票を済ませるころにはもう霧継きりつぐ悪魔ミシロはテーブルについていた。


 モニター越しに二人の対峙を御代みしろとともに見守る桂木。澄ました顔をした霧継きりつぐに、ミシロは嘲るような笑みを浮かべて口を開いた。


『私もあなたも、結局は負けね』


 ミシロの自嘲がふたりきりのホールにこだまする。


『私はこのゲームに勝ってもタテハのポイントにさえ届かない。そしてあなたがこのゲームに勝つことはもうない。


 最後が敗者ばかりの消化試合になるだなんてね』


 ミシロは机をとん、とんと指で叩きながら、左手の端にある1の数字を見た。

 カードを見つめる彼女の瞳には、計算を狂わせた人間の姿が浮かんでいた。

 

 2枚の“1”を用意することで自分を嵌めた桂木。

 そしてそのカードを彼に預けた御代みしろの存在こそが、彼女にとってゲーム勝敗を分かつ決定的な要因となった。


『変なお願いなんか聞いて、御代みしろちゃんを連れてきたのがこんな結果を招くなんてね。


 つまんない。ほんと。

 こんなはずじゃなかったのに』


『では、そのつまらない結末を変えたいと思わない?』


 視線を合わせずに口を開く霧継きりつぐに、ミシロは『はぁ?』と眉間にしわをよせた。


『退屈だからといってあなたを勝たせる筋合いはないわね。

 

 そもそも私はあなたから受けた屈辱を晴らしたくて、零ゲームにエントリーしたの。

 せめてあなただけでも敗者に引きずり込まなきゃあね』


 手札から一枚のカードを抜くミシロ。


 モニター越しの観戦者たちからは見えないが、それは4のカードに間違いはない。


『本当にそのカードでいいの?』


 霧継きりつぐの問いに、ミシロは一瞬だけ目を丸くした。

 しかし次の瞬間には睨みつけるような目つきに変わり、『もういいのよそういうのは』と低い声で言った。


『この期に及んでハッタリなんて通じないでしょ。潔く負けたら?』


『ハッタリ……あなたがそう思うのであれば、わたくしは構わないけれど』


 霧継きりつぐは手にした一枚のカードを口元に当てた。


『わたくしの最後の手が何なのか、あなたにわかって?』


 霧継きりつぐがテーブルにカードを置く。『だから……!』態度が癇に障ったのかミシロは拳を握った。しかしそれを振り下ろすことなく、手を膝に運んだ。


『——こうやって冷静さを削ってくるのが、あなたのやり口だったわね』


『“脱獄ゲーム”のときの反省は生かされているのね。何よりだわ。

 それでもこのゲームで貴女が私に勝つことはできなかったわけだけれど』


『いちいちムカツク言い方をするのね。あなただって……!』


 霧継きりつぐの挑発にミシロがいいように乗る。

 こういう展開は予想外だったのか、御代みしろは唖然とした顔でモニターを見ていた。


霧継きりつぐさん、あんなに饒舌な方でしたか……?」


「なんかあるな。あれは」


 霧継きりつぐが無意味な問答をしているとは思えない。このおしゃべりには何か狙いがあるはずだ。


 ——まさか。


 考えた末に、桂木はひとつの考えに行き着いた。


 モニターに映るミシロの表情に目をやる。上気した顔で霧継きりつぐに言い返している。

 あの様子では気がついていない。それが画面越しにもわかった。


『あなただって桂木に負けたじゃないっ!』


『わたくしと桂木さんの両方に敗れたあなたに言えたことかしら。

 それならはじめからわたくしに加担すれば良かったのでは?』


『だからあなたを倒すために私は……っ』


 のらり、くらり。そんな表現が似合う霧継きりつぐの態度がミシロを煽る。

 時間ばかりが無為に過ぎてゆく。


 しかし霧継きりつぐの目はをしていた。

 少なくとも桂木にはそう見えた。


(おそらく……あいつは第6ゲーム。時間いっぱいまでかかった俺と御代みしろの対戦で気がついたのだろう。

 対決は5分という制限時間が定められているが、残り時間はタイマーに表示されるだけ。「何分前」みたいな細かいアナウンスされない。


 対戦の制限時間は5分。プレーヤーは5分以内に、カードをテーブルに置かなくてはならない。

 

 話に夢中になっているミシロだが……このままではの反則負けになる)


 そんなことを桂木が考えていると、脇で御代みしろが「あ」と声を上げた。


 つられるようにして御代みしろの視線の先を見る桂木。

 モニターに映されたテーブルには、確かに2枚のカードが揃っていた。


 ミシロは時間切れの罠に気がついたわけではなかった。

 しかし霧継の挑発に激昂し、勢いで勝負の札を切ったのだ。


 時間切れにはならなかった。

 これで決まる。


『両者の手が出揃いました。それでは、オープン』


 ディーラーの声に、荒々しくカードをめくるミシロ。

 対する霧継きりつぐは静かに手を明かした。


『チャレンジャー、3。オーナー4。

 この勝負は霧継様の勝利となります』


『…………。

 …………嘘、でしょ』


 ミシロは自分の耳と目の両方を疑った。


 自分の出した“4”に対して、霧継きりつぐの出したカードは確かに“3”


 ディーラーのコールした結果は間違いのない現実だった。


『だから本当にそれでいいの、と聞いたでしょう?』


 まるで状況を受け入れられていないミシロに、霧継きりつぐは平然とした調子で言った。


『さっきのゲームが終わった後にね。桂木さんから3のカードを買い取ったの』


『いつ……そんな打ち合わせを』


『打ち合わせなんてないわ。でもわたくしは吉田さんの買収に失敗した時点で、桂木さんとの取引は想定していたの。

 

 だから桂木さんよりも早く会場を出て、廊下で取引を持ちかけた。


 さっきのゲームで仲違いしているように見せたのは、あなたの目を逸らすための演技。

 それだけのことよ』



 

悪魔ミシロはわたくしと桂木さんが手を組むことはないと思っているはず。

 だから桂木さんの持つ“3”をわたくしに買い取らせて』


 

 

 ゲームの直後、霧継きりつぐからそんな取引を持ちかけられた桂木は正直に驚愕した。

 敗北のショックで塞ぎ込むどころか、霧継が見据えたのはその一手先。一瞬たりとも思考を鈍らせることはなかったのだ。


 あれだけ険悪だったやりとりの直後にこんな取引を持ちかけるなど、誰が想像できるだろう。

 そして時間切れを狙っているかのような駆け引き。

 あれはミシロに取引を悟られないためのカムフラージュ。

 

 感情に流されることなく。

 霧継は最後まで計算をやめたりはしなかった。


「よくコイツに勝てたよな、俺ら……」

「え、ええ。ほんとに」


 そんなことを話す桂木と御代。

 顔をあげた霧継とモニター越しに目が合ったような気がして、苦笑いを浮かべることしかできなかった。


『これにて全21ゲームが終了。最終順位が決定いたしました。


 1位 吉田様(0pt)

 2位 御代みしろ様・桂木様(1pt)

 4位 霧継きりつぐ様(2pt)

 5位 タテハ様(4pt)

 6位 ミシロ様(8pt)

 7位 つじ様(失格)


 規定どおり3位以内に入られたプレーヤーには賞金としてチップ40枚をお渡しします。

 

 お疲れ様でした。それでは『零ゲーム』を終了といたします』

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