第80話 頂上に残った者
第一ピリオド開始30分、戯れの部屋には男女2名の姿があった。
武藤の申し出は罠だと桂木に入れ知恵された2人は、直後にお互いを最初の“戯れ”として選んだ。
今や武藤とアリスはグルの可能性がある。だとすれば、ゲーム開始前に武藤と接触していた桂木もどうだかわからない。まだ序盤。徒党を組む相手に挑む場面ではないと二人は考えたためだ。
そして何より、二人には自信があった。
頂点の戦いにまで生き残った者としての自信。
一対一の駆け引き勝負ならば自分が負けることなどない。
向かい合う男女はそんな面構えをしていた。
「“戯れ“の申請をしたのは私が先。私から挑もう」
鳴海は胸のポケットから一枚のカードを抜いた。そしてその柄を此処条の前に掲げた。
「明かされたステータスは、生者2・死者1・悪魔2。死者の人数が最も少ないな。
私は悪魔のカードで挑もう」
「——どうして?」
「単純な確率論だ。ステータスが“死者”の者は1名だけ。
ということは“悪魔”のカードが最も負ける可能性が少ない。定石通りの選択だ。そうは思わないか」
鳴海が悪魔の絵柄を此処条に向ける。だが此処条はそれを見ると、口元を穏やかに綻ばせて言った。
「違うのですわ。鳴海さん」
そして指で小さな×を作って鳴海に見せた。
「私が“どうして”と言ったのはそのことではないのです。どうして、そんな推理を私に言う必要があるの? ということなのです。
あなたが悪魔のカードを切るつもりなら、黙って“勝負”を宣言すればいい。でもあなたはそれをせずに、私に自分の推理を聞かせましたわね。
考えられる意図はひとつ。私の反応を見るため、でしょう?
ほかに相手のステータスを推理する材料が、いまの私たちにはないのですから」
少しも表情を変えることもなく此処条は語った。その態度から彼女の心情を読み取ることはできない。
鳴海は小さく舌打ちをすると、そのまま“勝負”を宣言した。
「挑戦者の鳴海様は、
テーブルの脇に立つクラリッサが、勝敗のコールを告げる。
「鳴海様のカードは“悪魔”。此処条様のステータスは“悪魔”
よってこの戯れはドローとなります」
鳴海からの戯れはチップの移動なく終了。引き分けに終わった。
だが2人の反応は全くの正反対。
苦虫を噛み潰した顔の鳴海に対し、此処条は悠然と佇んで敵を見ていた。
「それでは、私はこれで失礼いたしますわ」
そう言って踵を返そうとする此処条に、鳴海は「——挑み返すことはしないのか?」と尋ねた。
「相手のカードを一枚知った。戯れはそちらが有利になったはずだが」
「安い挑発には乗らないのです。
あなたは悪魔のカードを切った……ということは、あなたのステータスは悪魔ではないということ。
そして私は、武藤さんがアリスさんを戯れに誘った際、あなたがこんな発言をしていたのを覚えています。
『真っ先に動けるということは、負ける恐れがないのだということ。
となれば第1ピリオドで唯一の“死者”だったのは奴か……』
——見立ては悪くなかったですが、失言だったのです。
あの発言は自分が死者ではないことを認めるようなもの。
これであなたのステータスは確定しました。あなたのステータスは“生者”。
私は悪魔のカードを投票してしまったので、貴方に挑めば半分の確率で負け、良くても引き分けの結果にしかならない。
だからこれ以上の“戯れ“をしないのが最も堅実なのです」
ひらひらと手を振ってテーブルを後にする此処条。その背中を見送りながら、鳴海は「間一髪だったな」と呟いた。
「——此処条未夢。あなたの見立ても、中々に鋭いものだった。
私の言葉が失言と見なしたことを除けば」
眼鏡の奥の眼光が手元のカードを捉える。
そこには“悪魔“と“生者”のカードがあった。
実はこのピリオド、唯一の“死者”は鳴海。
『唯一の死者だったのは奴か』
あの発言は失策などではない。
自分が“死者“であることを悟られないためのカムフラージュだった。
無言でスーツの襟を正し席を立つ鳴海。
鳴海は小さく息をついて扉を出ていった。
そんな背中を気だるい目つきで見送りながら、クラリッサは口元を釣り上げた
(ステータスそのものは此処条様に有利な条件だった。しかし鳴海様は事前の布石とはったりで、此処条からのカウンターを凌いでみせた。
流石は頂上決戦に残ったプレーヤー。面白いものを見せてくれるのね。
でも……。)
本当の殺し合いは、まだ始まっていない。始まるのはこれから。
ゲームマスターとして最も多くのゲームを観察してきたクラリッサはそんな予兆を感じ取っていた。
そして一方、部屋の外。
「君に話がある」
桂木千歳は、武藤との戯れを終えたアリスに接触をしていた。
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