第79話 駆け引き
「今から、みんなに情報を売ろうじゃないか」
アリスとの対決を終えた武藤は、桂木・
「見たよね。僕とアリスの“戯れ”の結果を。
ご存じの通り、僕はアリスに勝った。つまりアリスのステータスを知っているということだよ」
にやりと笑って、武藤が対戦ルームへと親指を向ける。
「これから売る情報はアリスのステータス。この情報を買えば、みんなは確実にチップ30枚を増やせる。プレーヤーの一人を確実に沈めるというオマケつきでね。
そうだな。情報料はチップ10枚って事でどうだろう」
値千金の情報の値段を武藤が提示する。絶妙な価格設定だと桂木は思った。
武藤の優位が増すことになるとはいえ、確実にチップが20枚増やせるのは確かな魅力。それも第一ピリオドの段階でライバルの一人をほぼ再起不能にまで落とすことができるのだ。
その立ち回りはあまりに冷酷、しかし勝つために合理的な手立てであることには違いない。
武藤という男はそうやって勝ってきた。生き残る為に。
どんなに胸が痛もうとも、容赦の無い選択を厭わなかったのだ。
「確かに、お前の提案は理にかなっているよ。武藤」
桂木の言葉に武藤は薄く笑った。作戦の成功を確信したかのように。
しかし次の言葉が、武藤の確信を疑心へと変える。
「俺たちが何も気づいていなかったとしたら、だけどな」
「何を」
言いながら、武藤は鳴海と此処条へ視線を向けた。
桂木が今さら何を言おうが、二人は自分の提案に乗る。そういう風に思っていたためだ。
しかし鳴海と此処条は動かなかった。
表情ひとつ変えることなく、冷ややかな視線を武藤に向けるだけ。
「ほらな。誰もお前の情報は買わない」
「まさか僕が嘘の情報を売るのを疑っているのかな。
それはないよ。だって本当のことを言えば、三人全員から対価を得られる。
本当のことを言う方が、僕は儲かるんだから」
あくまで上からの立場は崩さずに武藤が説得に入る。
しかし、鳴海も此処条も武藤へチップを差し出そうとはしなかった。二人はそのまま桂木たちのもとを離れ、ホールの片隅へと姿を消した。
「カツラギ君……。
キミ、何かしたね?」
声色の変わった武藤が呟く。「ああ」桂木は武藤をすることもなく答えた。
「お前がアリスに勝った瞬間、その後に情報を売ることは想像ができた。もしもその交渉に鳴海と此処条が乗れば、序盤でお前が大きなリードを奪うことになる。
だからそうならないよう手を打たせてもらった。お前が交渉を提示する前に」
「手を打った?」
「入れ知恵さ。あらかじめ鳴海と此処条に言っておいたんだ。
『武藤とアリスはグルだ』と」
その言葉に、武藤の両目は大きく見開かれた。
「どうして僕とアリスがグルだなんて言える? 僕がどうやってアリスに勝ったかなんて、キミにわかるはずがないのに」
「そうだな。お前の言うとおりだ。俺にはお前とアリスがグルかどうかなんてわからない。
けどそんな事はどうだっていいんだ。武藤とアリスはグルの可能性がある……鳴海と此処条にそう信じさせるだけで、俺には十分だった。
お前とアリスが投票フェイズで何か話していたのは全員が見ている。もしも俺の吹き込んだ通りアリスとお前がグルなら、情報は嘘かもしれないし、今度は自分の情報を売られる恐れもある。
だったら武藤のリードを増やさないためにも、まだ接触の確認されていない同士で“戯れ”を行うのが得策。そう考えて当然だということだ」
桂木の眼光が武藤を射抜く。
「随分と狡猾な真似をしてくれたみたいだが、残念だったな」
「狡猾? そうかな」
ほんの少しだけ間が空いたものの、武藤の声色に変化はなかった。
「命がかかっているんだ。負けたら死ぬんだ。
なのに狡猾とか何とか、そんなことを気にしていられる余裕が僕たちあるのかな?」
武藤は天を仰ぐように、天井のステンドグラスに視線を向けた。
分厚いガラスの向こうに、どこか遠くの景色を見ているような目をしていた。
「僕はこのゲームに勝ち、必ず生きて元の世界に帰る。
待っている人がいるんだ。
誰にも負ける気はない。もちろん、桂木クン。君にもね」
それだけ残すと、武藤は手をひらひらと振ってその場を去った。
わずかのところで策略を阻止されたにも関わらず、その仕草にはわずかな焦りも悲壮感もなかった。
武藤一真は冷静に受け止めたのだろう。目論見は桂木によって崩されたが、ダメージを負ったわけではない。現状は何も変わっていないのだ。
だから慌てない。淡々と現実を受け止め、計画を修正するだけ。
やはり簡単じゃないな。
武藤の振る舞いは、桂木の警戒を高めるには十分だった。
(危ないところは阻止できたものの、奴はこのまま野放しにしておけない。
この第一ピリオドで武藤を崩す。その為には……)
桂木は思考を巡らしながら、部屋の一点へと視線を送った。
そこにはつい先刻、武藤に敗北を喫したプレーヤー。アリスの姿があった。
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