第78話 先制

 水を打ったような静けさの中で、戦いの幕は切って落とされた。


 プレーヤーに与えられた投票時間はわずかに20分。だが即座に投票へ向かう者の姿は見られない。


 百戦錬磨のプレーヤー5人は理解をしていたからだ。ステータスを決める投票こそが勝敗を握る大きなカギであることを。


 自分がどのカードを投票するのか。また敵がどのカードを投票するのか。それを読み切り、対戦フェイズで裏をかく。

 

 これはそういうゲームだ。


 手元の3枚のカードへ桂木が視線を落とす。無表情に描かれた生者ヒューマン死者デッドマンと対照的に、悪魔デーモンのカードだけが口元に笑みを浮かべていた。


「イラつくよねぇ。その絵柄」


 カードを覗き込む影が一つ増える。


「投票したカードが自分のステータスになるって思うと、このカードは投票する気になれないね。

 ま、気持ちの問題なんだけどさ」


 そう言うと、武藤は自分の指にある悪魔のカードを弾いて見せた。


「用件は何だ」


 そんな桂木の問いに、武藤は飄々と答えた。


「このゲームに勝つ作戦を思いついたんだ。けど協力者が必要でね」


 作戦と協力者。厳しい戦いのさなか、光明のような言葉が武藤の口から発せられる。

 しかし桂木は表情を変えることも、言葉を返すこともせず続きに耳を傾けた。


「このゲームは相手のステータスさえわかれば負けることがない。だったら2人で手を組み、投票と戯れの結果を操作してしまえばいいじゃん。

 

 戯れを挑んで勝てば得られるチップは30枚。そして挑まれて負けた場合のマイナス分は20枚。

 お互いに挑んだ側で勝つようにしておけば、各ピリオド10枚のプラス分が得られる仕組みになっているんだ。


 要は“零ゲーム”とおんなじさ。口裏さえ合わせりゃ確実にチップを増やしていける。

 そして二人が同じ枚数のままトップで終われるようにすれば、勝者も二人にできる。


 負けたら-100枚なんて脅されたけどさ。ちょろいもんだよ。こんなゲーム。

 俺たちが手を組めばね」


 けらけらと笑う武藤。ただ桂木はその調子に合わせることなく淡泊に返した。


「手を組むことはできない。その作戦には穴がある」


「穴?」


 首を傾げる武藤。桂木は冷ややかな一瞥を武藤に向けると「裏切りの可能性だ」端的にそう口火を切った。


「確かに口裏を合わせる作戦は互いのチップを10枚ずつ増やせる。

 だがその作戦の決定的な穴は、裏切り者がさらに多くのチップを増やせることだ。


 もし相手との約束を守れば得られるチップは10枚。けど裏切って、挑んだ戯れと挑まれた戯れの両方に勝てば、得られるチップが50枚にまで跳ね上がる」


「なるほど。この作戦は先に裏切ったほうが儲かる。だから必ず裏切り者が出る、と。

 ……賢いね、桂木クンは。思いつかなかったよ」


「思いつかなかった? そんなわけがあるか」


 作戦の穴を指摘されて尚も余裕の表情を崩さない武藤を、桂木は睨んだ。

 もはや敵意を隠すつもりもなかった。


「あの“零ゲーム”を勝ち上がり、ここまで生き残っているお前がこんな単純な欠陥に気が付かないはずがあるか。


 わかっていたんだろう。裏切れば勝つことができると。

 そして作戦に乗った“仲間”を、あっさり嵌めることができるってことも。


 お前は俺を仲間にしようと来たんじゃない。俺をりに来たんだ。違うか」


 桂木の見立てに、武藤は一瞬だけ大きく目を見開いた。

 そして小さなため息を吐くと「心外だなぁ」肩をすくめて首を横に振った。


「そんな深くまで考えてたわけじゃないよ。


 まあでも、協力をしてもらえないなら仕方がないね。別の相方を探すことにするよ」


 小さく手を振ると、武藤は踵を返して他のプレーヤーのもとへと向かった。

 その背中がだんだんと遠ざかる。しかし桂木の体から緊張が抜けることはなかった。


 俺をりに来たんだ。違うか。


 ——そう指摘した瞬間。武藤がわずかに見せた捕食者の瞳を忘れることができなかった。


 あいつとはこれで終わらない。近いうちに、必ずぶつかる時が来る。


 他のプレーヤーと言葉を交わす武藤を遠目に見ながら、桂木はモニターのカウントに目をやった。投票の締め切りまでは残り11分。半分の時間が過ぎようとしているが、未だプレーヤーたちに動きはない。


 まだ全員の動きを読み切れてはいないが……そろそろ時間切れが怖いな。


 桂木はもう一度だけ武藤へ視線を向けると、投票ルームへ足を運んだ。

 扉を開けると、やけに広く装飾の施された室内の中央に、投票用の箱が置かれていた。


 桂木がぐるりと室内を見渡してみる。天井の隅に監視カメラがふたつあるのをみつけた。どうもこれで、室内に入るプレーヤーを見張っているらしい。


 そして箱の隣には秒数をカウントするタイマーが設置をされていた。これで、投票ルームにいられる残り時間をプレーヤーが把握できる仕組みになっているようだ。桂木はそんな風に理解をした。


 桂木は一枚のカードを箱の差し込み口に入れると、手早く投票ルームを出た。部屋の外には女が立っていた。桂木が出てくるのを待っていたらしい。


 切りそろえられた黒の前髪に透き通るような肌。さながら洋装にドレス・アップをした日本人形のような雰囲気を醸している。


 プレーヤーの中に女は2人。あの外国人の少女が“アリス”だとするならば、この女が此処条ここじょう未夢みゆだろうか。桂木はプレーヤーの名前を思い浮かべつつ、女の横を抜けた。



 投票の締め切りが迫るころになり、プレーヤーたちは次々に投票を済ませた。


 桂木はその間、ずっと武藤の動きを注視していた。初めこそ武藤はまんべんなく他のプレーヤーと会話をしていたようだが、終わりがけはずっと少女と行動を共にしていた。


 そして20分が過ぎる。スピーカーより、ディーラーの声が会場にこだまする。


『それではステータスの発表をいたしましょぉ。

 モニターをご覧ください』


 言葉とともに画面が切り替わり、各ステータスの絵柄と数字が明かされる。


 人間 2

 死者 1

 悪魔 2


 第1ピリオドのステータス結果は以上の結果と相成った。


『それではこれより第1ピリオドの始まりです。どぉぞ存分にお戯れくださいませ』






 

 そして戦いが始まる。真っ先に動いたのは、武藤一真だった。

 投票フェイズで最後まで話していた少女、アリスを引き連れ、投票ルームへと姿を消した。


 その姿を唖然とした表情で見送る鳴海、此処条の両名。驚くのも無理はなかった。

 1つのピリオドでプレーヤーに許された時間は60分。じっくり策を練られるその思考時間を、武藤は迷うことなく放棄したのだから。


「あの男、何を考えている」


 たまたま傍に立っていた桂木は、鳴海の独り言のような呟きを拾った。


「真っ先に動けるということは、負ける恐れがないのだということ。


 となれば第1ピリオドで唯一の“死者”だったのは奴か……」


 死者が自分一人なら、残る4名は生者か悪魔。悪魔を出せば負けはない。

 

 鳴海もまたこのゲームのセオリーを把握しているような口ぶりだった。

 だが桂木は


「違うな」


 そう言葉を被せると、鳴海は言葉の真意を問うような視線を向けた。


「武藤が“死者”だったとしても、それは負ける可能性がないだけ。引き分けの可能性が半分も残されている。


 戯れの相手を即決できる理由にはならない。

 あいつはアリス相手になら、確実にチップを増やす手立てがあるんだ」


「それはどういう……」


 鳴海が質問を返した、そのときだった。モニターに表示されたスコアが変化した。


 武藤一真 +30

 アリス  -20

 

 それは桂木の言葉を明確に裏付ける結果だった。


 開始2分で早くもリードを奪うプレーヤーの出現。鳴海の表情にもわずかに険しさが滲んだ。此処条も、状況を思索するようにスコアへ目を釘づけている。


「これで終わらない」


 そんな二人へ追い打ちをかけるように、桂木は宣告をした。


「武藤の策略はここからだ。このままじゃ、俺たち全員が嵌められる」


 そしてわずかの間を置き、武藤がホールへと姿を見せる。


 そしてチップを手で遊びながら、屈託のない笑みを浮かべた。


「いやぁ、ちょろいもんだよね。まったく。

 ——さ。もう一儲け、させてもらおうかな」


 黒い両眼が、身を固くする三人を射抜く。


 武藤一真の悪意が今、形を成して桂木たちに襲いかかろうとしていた。


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