第41話 リザルト

「狙いは、悪くなかったわ」


 移動フェイズの終了が通告されたその直後。

 霧継きりつぐは閉まったシャッターを見つめる桂木かつらぎに語りかけた。


「ルームAとルームBに人員を分散させ、セーフルームはどちらかだとわたくしたちに思い込ませる。

 そして移動フェイズの終了直前に、装置を真のセーフルームであるルームCへと投げ込む。


 装置はハンカチや眼鏡ケース等に包んで見えないようにされていた。

 その上に突然の出来事だもの。普通なら対応なんてできるはずがないわね」


「じゃあ……どうしてお前ら」


 乾いた声で呟く桂木に、霧継は水気を含んだ唇を動かした。


「それはもちろん、気がついていたからよ。


 わたくしはラスト5秒ほどで、あなたがたが装置を投げる可能性を考慮に入れていた。


 だから瞬間的に装置を投げることができたの。

 その為に、装置も腕から外しておいたわ」


 桂木かつらぎ千歳ちとせの虎の子の策。

 ラスト5秒の波状攻撃。

 その対策を、霧継は秘密裏に完了させていた。


 タテハも同じように時計を投げたということは、事前の打ち合わせが済んでいたということ。

 霧継が最初から策を読み切っていたことの裏付けに他ならない。


「やっぱり、お前は凄いよ」


 皮肉を含む賞賛に霧継は微笑み返した。紛うことなき勝者の表情だった。


『それでは結果の発表に移ります。なおこれが最終ピリオドなので、今回は最終結果の報告だけをいたしましょう』


 ミレイユのアナウンスが淡々と流れる。

 どうやら最終結果の発表は、出発の部屋へ戻って聞く必要もないようだ。


「楽しかったわ。桂木さん」


 霧継は穏やかに言い放った。彼女の見立てでは


○霧継・タテハ=避難回数3

○その他の4人=避難回数2


というステータスになっている。


 第2ピリオドと最終ピリオドが引き分けに終われば、第1ピリオドでリードを奪った霧継ペアが勝者となるのは道理だ。

 彼女らの思い通りに、事が運ばれていたとしたら。


『それでは全員の避難成功回数を発表いたします。


 ルームA出発の神谷様、2。吉田様、2。

 ルームB出発の御代様、2。桂木様、2


 ルームC出発の立羽様、2』


「……!?」


『同じくルームC出発の霧継様、2。


 結果は6名が2回の避難に成功。順位は全員が同率で1位となりました。


 よって全員をこのゲームの勝者と認め、チップ35枚を贈呈いたします。


 お疲れ様でした。これにて三回戦“トラップルーム”を終了とします』


 ぶつん、という音とともに部屋の照明が仄かに落とされた。


「——何をしたの?」


 薄い暗闇に、うつむく霧継の姿が浮かんでいた。

 霧継の強張った顔を、桂木はこのときになってはじめて見た気がした。


「第2ピリオドまでのスコアわたくしたちが2で、あなたたちは1。最後は全員で装置を投げたのだから、引き分けになるはずなど……」

「全員が投げた、ね」


「なにかおかしい?」

「まあな。いいだろ、終わったことだし教えてやる」


 そう言うと、桂木は懐に手を入れた。


 取り出されたその手に握られていたもの。

 それはルームCに投げ込まれたと思われていた、4人分の装置だった。


「最終ピリオドのセーフルームは、ここ。

 ルームBだったんだよ」


 自分の足元を、桂木は指して言った。


「最終ピリオドの開始直後。4人で情報を共有した俺たちは、ここ(ルームB)がセーフルームであることを知っていた。

 手を組んだ4人のうち3人がBの情報を受け取っていたからな。


 この時点でお前たちに探りを入れる手間が省けたのはラッキーだった。

 あとはお前らをどう嵌めるか。それだけが課題だった。


 だが霧継きりつぐ怜奈れいな。お前は賢い。

 簡単には嵌められないと踏んだ。


 そこで俺は、お前の賢さを逆手に取る作戦を考えた」


「わたくしがあなたの策を見抜くところまで、計算のうちだったと」

「察しがいいな」


 小気味のいいトーンで桂木は笑った。


「お前なら絶対に見抜いてくれると思っていた。俺たちが装置を“投げる”ことをな。


 それが予想できていたなら、ラスト5秒というわずかな時間でも間違いなく対応をしてくる。

 つまり俺たちがそうしたように、自分の装置もルームCに投げ込む」


「でも本当はルームBがセーフルーム……では、あのとき投げたのは」

「ああ。察しの通り、偽物だ。


 ハンカチに包んで投げたのは、俺の私物の腕時計。

 装置は懐に入れたままずっと持っていた。全員分な。


 それで俺たち4人は避難成功。

 逆にお前とタテハは、自分からトラップルームのルームCに装置を投げ入れた。


 あのまま装置を投げていなければ。

 お前がなんにも気づかなかったら、避難は成功していたのにな」


 桂木千歳の最終策。

 それは敵が自分からトラップルームに行くよう仕向けてやることだった。


 装置を投げてくる展開が予想できた者なら、誰もいないルームCをセーフルームだと推理する。

 桂木たちがあえてルームCを空にしておいたのはそういう理由だった。


「投げ込まれたものが装置じゃないだなんて思いもしなかっただろ。お前は俺の策を読みきったつもりだったんだからな。


 装置を投げる策を予想してしまったら、投げられたものは装置だと思い込む。


 もし疑いを持っていたとしても、終了5秒前じゃ投げられたモノの中身を確認する暇がない。

 結局、自分も同じように装置を投げるしかなかっただろう。


 ——お前に落ち度があったわけじゃない。むしろ完璧だった。

 だが完璧すぎる読みが災いしたな。


 最後の最後。

 あと少しでもお前の推理が浅かったなら、逆に俺たちは負けていた」


 もしも。これは済んだことだから仮定しても意味のないことではあるが、もし霧継が“装置を投げる作戦“に気づきもしなかったなら、結果は霧継の単独勝利でこのゲームは終えられていた。


 桂木は敵の強さによって窮地に追い込まれた。


 だが最後は、敵の強さを逆手に逆転を成し遂げたのだ。


「最後はお前を信頼させてもらったよ。あそこまで読みきってくれてありがとうな」


 皮肉だけ込められた礼を桂木は口にした。


 霧継は押し黙ったままうつむいている。

 計算が狂ったがゆえに打ちひしがれているのだろうか。


 だったらもう話すことはない。桂木はそんなふうに捉えて彼女に背を向けた。


「桂木さん」


 しかしそこで聞こえた声。振り返ると彼女は微笑んでいた。


 頬の筋肉は動かさず、ただ口元だけを吊り上げて。

 深い黒の瞳に、桂木の姿を映していた。


「良いわ。

 あなた凄く良いわね」


 囁くような声だった。だが桂木の頭の奥の奥、脳に張り巡らされた神経の端まで届く響きだった。


「いままで4つのゲームを楽しんできたけれど、あなたが初めてよ。

 桂木さん。わたくしの計略を阻止した人は」

「どうも。ご褒美でも貰えるのか」


 茶化しただけの返しに「そうね。約束だったわね」と、霧継は真面目な顔だ。


 約束とは何のことだっただろうか。考えて、桂木はやっと思い出した。


 なにを目的に戦っているんだ。お前は


 それは……あなたが無事にゲームを終えられたら教えてあげる


 最終ピリオドに交わした、そんなやりとりのことを。


 霧継は桂木の傍へそっと歩み寄った。

 そして耳打ちするように、唇を寄せた。


「チップが100枚を超えたときに悪魔から教わったことなのだけれど——

 実はこのチップ、余りは人間界に持ち帰ることが可能なのよ」


「!?」

「そしてそのチップは自分の寿命に還元することも、他人に譲ることもできる。

 これだけ言えば、あなたにはもう予想がつくわね。私の目的が」

「まさか、お前……」


 霧継はやはり微笑んだまま言った。


「命を欲しがる人はいくらでもいるもの。

 たとえ何を差し出そうとも、ね」


 霧継の持ち上げたケースから、じゃら……と金属の擦れるような音が漏れた。


「また機会があればご一緒しましょう。

 今度は是非、桂木さんの命も分けていただきたいわ」


 そう残すと、霧継は上がったシャッターをくぐり、会場を後にした。


 三回戦、Aブロック。


 桂木たちの長い戦いが、ここに幕を下ろした。

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