第40話 波状攻撃
6名のプレーヤーが移動を完了させ、最終ピリオドも佳境を迎える。
ルームAには4名。
そして残りの2名。
——。
やはり来たか
桂木は自分の脇に腰を落ち着けた霧継を横目に見た。
桂木チームがルームAとルームBに人員を分散させれば、霧継とタテハも必ず1人ずつ避難場所を分散させてくる。
予想した通りの動きだった。
あとは機を待つのみ。
桂木はポケットの中で、丸めたハンカチを指先で弄った。
彼らが希望を託す切り札の一手。作戦の発動まで残りわずか。
霧継に悟られないよう、静かに息を呑んだ。
一方の霧継は、そんな桂木の様子を冷めた瞳で見ていた。
第1ピリオドで奪ったリードに、読み切った策略。
油断さえないものの、彼女にとって残りはもう消化するだけの時間にすぎなかった。
——それにしても退屈。少し遊んでみようかしら。
「ねえ、桂木さん」
隣席の同級生に話すような気安さで、霧継は声をかけた。
桂木は取り合うそぶりさえ見せない。しかし霧継は構わずに話を始めた。
「桂木さん。よければ、わたくしと手を組まない?」
返事をするどころか、桂木は微動たりともしなかった。完璧に無視を決め込んだ形。
しかし霧継は見逃さなかった。桂木の心に生じた微妙な機微を。
彼は人形じゃない。心の動きは雰囲気に現れる。
同じ人間の霧継にはそれがわかった。
だから続ける。
魅力的で残酷な提案を続ける。
「もう決着はついたようなもの。けれどあえて提案をさせていただくわ。
あなたほど頭の切れる人をここで死なせてしまうのは惜しい気がしているの。
タテハさんは……チップに頓着がないという意味で重宝しているけれど、桂木さんはまた別。
わたくしと桂木さんが手を組めば、より効率的にゲームを勝ち進めることができる。
それこそ、もう誰も止められないほどに」
要するに、今後も力を貸すなら助けてやる。回りくどい言い方だと桂木は思った。
だが言っていることに間違いはない。
霧継と桂木の協定が実現したなら、およそ全てのプレーヤーにとって脅威となることは事実だ。
そしてその脅威は無差別に及ぶ。
御代にも及ぶ。
「興味がないな。そんな提案には」
突き放すように桂木は口にした。
だが霧継は薄く笑い「これを目にしても?」そう言って、例のジュラルミンケース桂木の前に置いた。
かちん、と音を立てて留め具が外れる。ケースの蓋が弧を描いて開く。
中にはチップが詰まっていた。
それこそ数がわからないくらいに、ぎっしりと。
その数はどう見ても、ゆうに100枚を超えていた。
「な……」
目を剥く桂木に、霧継は
「差し上げるわ」
そう言って無機質な微笑みを浮かべた。
「あなたが勝利して得られるはずの、チップ35枚。それを差し上げるわ。今、ここで。
桂木さんが自分のチームの持つ情報を、全て正直に話すのなら」
「そんな誘い……」
乗ると思うのか? 言葉は最後まで続かなかった。
語尾の消えかかった桂木の声を聞きながら、霧継は更に追い込む。
心に追い討ちをかける。
「仲間を切るなら、桂木さんは100%の安全が手に入る。もう危険を冒して、わたくしたちと争う必要もない。
狩る側の人間になりましょう? 一緒に。
手続きはほんの一瞬。ただ仲間の情報を売るだけ。
難しいことはなにもないわ」
裏切れば自分は助かる。
悪魔のような提案に、桂木は口を開いた。
「狩る側の人間に、と言ったな」
言葉の一部を強め、桂木は言った。
「その言葉を信じるなら、霧継怜奈。お前は人間だってことになる。
だったら……どうしてここまでする。
さっき見せられたチップの数は明らかに100枚を超えていた。
ゲーム脱出の条件はすでに満たしているだろ。
だったら俺を引き込む必要も、ゲームを続ける必要もないはずだ。
なにを目的に戦っているんだ。お前は」
「それは……あなたが無事にゲームを終えられたら教えてあげる」
答えをはぐらかした桂木に、同じくはぐらかすような返事を、霧継はした。
「だったら俺も、ゲームが終わるまでお前と話すことはない」
つれない返事を残し、桂木はそっぽを向いた。
ちらりと時計を見やる霧継。残る時間は1分を切った。タイマーが秒読みの段階に入る。
潮時かしらね。と、霧継は瞳を閉じた。
何を目的に戦っているんだ。
桂木の言葉が頭を過ぎったが、意識的に消した。
戦う理由はある。片時も忘れたことはない。
でも今は、目の前の敵を沈めることだけに集中するの。
再び目を開いた時、霧継の頭からノイズは消えていた。
二人の策が展開されるまで残りはわずか。
(作戦決行まで残り40秒……39……)
(桂木さんが動くまで、残り38……37)
二人の刻むカウントが重なる。
神経が尖る。血管が熱くなる。
残り5秒。
その時を迎える。
——今だ!!
プレーヤーたちの目が、同時に一か所を捉えた。
その先はルームC。
もぬけの殻となっている空室。
そこへ投げる。
全員が、それぞれに握ったものを投擲する。
桂木はハンカチに包んだモノを。御代・吉田・神谷はそれぞれの手段で中身を見えなくしたモノを。
一斉にルームCへと投げ込んだのだ。
桂木たちが動いた時点で、移動フェイズは残り3秒。
その動きに反応することさえ難しいはずの、時間の切れ目。
そう。不可能なはずだ。
見てから動くことなど。
だから桂木も最後の5秒に仕掛けた。
だが霧継怜奈は反応するどころか——
対応をしていた。
彼らと同時に。
同じように、ルームCへと“投げ入れた”のだ。
常人の反射神経では有り得ない行動。しかし霧継たちには不可能じゃなかった。
想定していたからだ。
桂木チームは最後に、“ルームCへ装置を投げる”ことを。
そうして瞬間的にルームCへと所在地を移動させることを。
だったら自分らも、それに合わせて装置を投げればいいということを。
すべて想定しきっていたからだ。
「終わりね」
そんな霧継の呟きと同時。
『時間です』
最終ピリオド終了を告げるミレイユのアナウンスが響いた。
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