第39話 まるで悪魔のような

 シャッターの上がる音とともに、最後ピリオドが幕をあける。

 桂木・御代みしろ・吉田・神谷かみやの四人は堰を切ったように移動を始めた。


 移動の先はルームAとルームBの境。さっきまでシャッターの降りていた場所に4人は集まった。

 しかしその場に留まったのはほんの10秒ほど。桂木の指示ですぐに解散する。


 御代・吉田・神谷はルームAに。

 桂木は一人でルームBに腰を落ち着けた。


「なんでしょうか……今の」


 4人の様子を見ていた立羽たてはが首を傾げた。


 霧継きりつぐは桂木のほうへちらりと視線を送ると、くす、と笑った。


「あの4人は手を組んだみたいね」

「?」


 わけがわからない。どうしてそのような見立てができるというのか?

 疑問符を浮かべる立羽に、霧継は「見て」と桂木を指した。


「手首の装置がなくなっているわ」

「え?」


 促されるままに桂木の手首へ視線が向かう。

 第2ピリオドまでついていたはずの装置が、桂木の右手から消えていた。


 まさか。


 立羽の視線がルームAへ移る。御代、吉田、神谷の3人。

 全員の装置が手首からなくなっていた。


「もしかして、彼らは」

「ええ。気がついたみたいね。


 この装置が発信機の役割を果たしていること。

 そしてわたくしたちが第1ピリオドでその仕組みを利用し、4人を騙したこともね。


 何がきっかけでその推理に至ったかはわからない。

 けれど誰かがわたくしの嘘を見抜き、残りの3人を味方に引き入れた。

 そして撹乱の作戦を仕掛けることにしたのでしょう。


 面白いことをしてくれるものね」


 敵が自分の策に気がつき、反撃を仕掛けてきている。

 にもかかわらず、霧継の表情に焦りはなかった。


「攪乱というと……4人のうちの誰かが、全員分の装置をまとめて持っている。

 そんな可能性があるということですか」


「可能性が高いというよりは、まず間違いなくそうでしょうね」

「これは少し厄介ではないのですか?」


 装置を持っているのはルームAの3人か。あるいはルームBの桂木か。

 判断する材料を見つけられず、立羽は口許に手を当てた。


 霧継と立羽だけではセーフルームの位置を特定することはできない。果たしてどう出るべきか。


 俯く立羽に「大丈夫よ」霧継は指を立てた。


「ルームAかルームBのどちらかはセーフルーム。

 だったらわたくしと、立羽さんが分かれて避難を成立させればいい。


 そしてセーフルームに居た方が賞金を相方に分配する。

 こうすれば結局、わたくしたちの勝利に変わりはないわ」

「——。成程」


 としか、立羽には言いようがなかった。

 立羽が思考を始めたとき、霧継の思考はとうに終了していたようだった。


 格の違いを突きつける思考速度。

 立羽は恐ろしさすら覚えた。


 桂木ペアは避難場所を二か所に分けることで、セーフルームを特定させない作戦。

 だが霧継と立羽も2人で手を組んでいる。

 セーフルームの候補が二か所なら、手分けして両方を押さえることができる。


 唯一の懸念はチップの分配だ。が、彼女らに限っていうならその問題もクリアされている。


 なぜならタテハは、このゲームに潜む“悪魔”だったから。


(私の役目は“禁じられた遊び”への参加に値するプレーヤーの選出。チップにも勝敗にも執着はない。


 霧継の提案はそれを理解した上のもの。

 私が悪魔であることを逆手に取った考え方……)


 それだけでも恐ろしい戦略。

 しかし霧継の思考はここで終わることはなかった。


「ただもう一つ、考えられることがあるわ」


 そのように断って、霧継は視線を落とした。


「わたくしたちを攪乱させたいのなら、ルームAとBだけじゃなくて、ルームCにも人員を割いた方がいいはず。

 そうすればセーフルームの候補は三か所になり、彼らにとってはさらに分のいい勝負になる」

「確かに。

 ではなぜ、別れた先を二か所にしたのでしょう」


「思いつかなかった……なんてオチはないでしょうね。


 だったら逆に、一か所を空けている。


 そう考えればどう?」


 ———。

——。


 霧継の推測を耳にしたタテハは「敵はそこまでやってくるでしょうか」と声を漏らした。


「私たちが二か所に分散する作戦で、完璧だと思うのですが」


 タテハの意見に霧継は「万が一に備えて、ね」と言って桂木を見た。


「遅きに失したとはいえわたくしの手を見破った相手だもの。

 可能性があるのなら、疑ってかかるべきではなくて?」

「余念がありませんね」


「当り前じゃない。……そう、当たり前のこと。


 桂木さんたちがどう出ても対応できるように備えましょう。

 タテハさん、打ち合わせ通りに」


 どこまでも隙のない霧継に、タテハはためらいなく頷いた。


 相手が人間であろうと悪魔であろうと。強者であろうと弱者であろうと決して揺らがない。


 彼女はどこまでも裏を読み、裏をかく。敗北のイメージがタテハには浮かべられなかった。


 霧継の策を見ぬいた桂木も確かな切れ者だった。それは確かだ。


 ただ格が違う。

 タテハの目にはそのように映った。


「彼らがもし仕掛けてくるとすれば……そうね。移動フェイズ終了の5秒前あたりかしら。

 それまで気を抜いたら駄目。いいかしら?」


 念を押して、霧継は桂木のいるルームBへと向かった。


(——桂木千歳。確か彼も、三回戦までは無敗のプレーヤーだった。


 けれど連勝もここまで。最後は霧継の掌を抜けられずに終わるだろう。

 二回戦の私と同じように)


 タテハは憐みの視線を、敵対する人間たちに向けた。


(彼らはきっと逆転を信じているのだろう。けれどそれは儚い夢にすぎない。

 逆転の一手はすでに看破されてしまった。


 決して策が稚拙だったわけではない。

 ただ霧継きりつぐ怜奈れいなという相手が悪すぎた)


 よく人間は狡猾な者のことを「悪魔のようだ」と表現する。らしい。タテハはそう耳にしたことがあった。


 けれど何のことはない。人間のほうがよほど狡猾だ。

 そう思いながら、タテハは霧継に視線を向けた。


 ゲームの勝敗が決まるまで10分を切った。数分後には新たに4人の人間が、霧継に寿命チップを奪われようとしている。


 人間を喰らう者もまた人間。

 暇つぶしに過ぎないゲームの中で、悪魔はそんな真理を垣間見たような気がした。

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