第37話 桁違いの強敵
「俺が気にしていたのは、
桂木は霧継の所有物である、無骨な鞄の存在を
「霧継は模擬ゲームの間ずっと、あの重そうなケースを持ち歩いて移動していた。
普通ならあんなものは控室に置いてくるはず。それをわざわざ持ち歩くくらいだから、よほど大事なものでも入ってるんだろう。何が入っているかは知らないけどな。
まあその中身は重要じゃないんだが、問題は第1ピリオド。
霧継は模擬ゲームでは持ち歩いていたケースを、第1ピリオドではルームCに置き去りにしていたことなんだ」
「! もしかしてその中に」
「そう。霧継とその協力者、同じルームC出発の
これで2人だけが『トラップルームを回避した』とディーラーに見なされたわけだ。
あれは巧妙だった。俺は持ち運びが煩わしくなってケースを置き去りにしたんだと思っていた。
でもそうじゃなかった。
ケースは置き去りの装置に気づかせないための隠れ蓑だったんだ」
「ケースにそんな意味が……!
あれ? でも、霧継さんたちには画像がありました。あのピリオドで嘘をつくのは無理なんじゃ」
画像という鉄壁の証明を御代は思い出したようだ。
これまで霧継を疑いの眼からそらし続けた免罪符。
しかし嘘つきの正体が特定され、策略が模擬ゲームから動いていたことがわかった時点で、破ることはなにも難しくなくなった。
今の桂木にとっては。
「言っただろ。あいつらは模擬ゲームからこの勝ち方を想定してたって。
第1ピリオドで奴らが見せた画像は、模擬ゲームのときに撮った画像だ」
「!?」
「そう、あいつらは第1ピリオドで撮影という手段を思いついたふりをしただけ。
本当は模擬ゲームの時点で、すでにアルファベットを携帯のカメラで撮っていたんだ。
しかもご丁寧に、携帯本体の時間を20分遅らせてね。
俺も画像ファイルに残された撮影時刻は確認していた。だがそれで逆に嵌められてしまった。
あのとき霧継と立羽の見せた画像はAとBで、3票が集まったルームAがセーフに思われた。
しかし奴らの見せた画像は、模擬ゲームのときに撮影したもの。
第1ピリオドで奴らの見た真実の情報は両方ともC。ケースの置き去りにされたCがセーフルームだった。
こういうわけだ」
もちろん霧継たちは第1ピリオドで見た「C」の画像も携帯に収めているし、かつ赤外線通信かSDカードを用いて画像を共有してもいただろう。
圏外でも使える機能はある。予選ゲームで柚季麻耶花がやっていたのを桂木は覚えていた。
つまり嘘つきの2人はA・B・C全ての写真を持っていた。
状況に応じて自由に画像を提示できた。
だから桂木たちの情報を得た後でも嘘の写真を提示できたというわけだ。
「じゃあ模擬ゲームの結果は……ある意味、偶然だったんですか?」
「そうなるな。奴らも俺が『同時に情報を言おう』と提案するところまでは読んでいなかったんだろう。
最後に俺と立羽が同時に情報を言って、矛盾が出ない確率は50%。言ってしまえば偶然だ。
でも矛盾なんて出てもよかったんだよ。だってあいつらの狙いは画像を使ったトリックで俺たちを騙すことだ。
プレーヤーに疑心暗鬼の情を芽生えさせればそれで充分。もし模擬ゲームがなければ、第1・第2ピリオドで同じことをやってたんだろう。
模擬ゲームで疑心と混乱を煽り、敵の思考を鈍らた上で仕掛けを打つ。
まるで隙の無いプランだ。まったく恐ろしい連中だよ」
「信じられません……」
全てを知り、御代はごくんと唾を呑んだ。
霧継は他のプレーヤーがルールの把握で手一杯だったとき、すでにこの勝ち方を思い描いていたのだ。
桂木ペアも吉田ペアも、ずっと手の上で踊らされていたにすぎない。
半端じゃない頭のキレと度胸。それに勝負強さまで持ち合わせている。
霧継・立羽のペアはまさしく桁違いの強敵とみて間違いがなさそうだった。
「けど褒めてる場合じゃないよな」
「……ええ」
二人が顔を見合わせる。そうなのだ。正体を見破ればそれで終わりじゃない。
桂木たちは奪われたリードをひっくり返さなければならないのだ。
現状のままでは霧継の勝ち逃げでゲームは終わる。
悠然と構えていた霧継の微笑が桂木の頭に浮かんだ。
今となっては悪魔の微笑みに思えた。
「先輩。なにか手は……」
不安げな呟きが御代の口をついた。だがそんな不安を一挙に払いのけるかのように
「策ならある」
桂木は宣言をした。
第2ピリオド残り5分。桂木と御代がようやく敵の姿を捉える。
「リードを奪った霧継と立羽はこのままのスコアを維持する逃げ切り策に出るだろう。だがそんなことはさせない。
今度は俺たちがセーフルームを確保し、奴らだけをトラップルームにハメ落とす。
手段は至ってシンプルだ。いいか」
そうして桂木は、携帯の録音アプリを起動し、戦略の要点を語った。
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