第92話 二択

 『禁じられた遊びゲーム』第3ピリオド。アリスとミューの密約が明るみに出て、悪魔と人間の戦いは最終局面を迎える。


 悪魔同士の戯れが終わり、アリスと桂木のチップ差は一時130枚にまで開いた。

 その後すぐに武藤と鳴海がアリスへ“戯れ”を申し出て、アリスに勝利。


 アリス:+50

 武藤 :+40

 鳴海 :+30

 此処条:-20

 桂木 :-40


 以上のスコアで、第3ピリオドは終わりを迎えた。


(ここから、桂木に何ができる?)


 大きく変動したスコアを見つめ、ミューは思案をした。

 残り2ピリオド。桂木がアリスを抜くのに必要なチップは100枚。自力での逆転は難しい。


 加えて第2・第3ピリオドで演じた失態により、桂木は完全に孤立してしまっている。

 もはや死を待つだけの駒。そう見なしても問題はないはずだった。


 あの予言さえなかったなら。


『次のピリオドで投票されるアリスのカードは“死者デッドマン”だ。必ずそういう結果になる。

 だから必ず、このゲームは俺たちが勝つ』


 次の第4ピリオド……私たちの想定しえない何かが起きる?

 桂木の言葉は、ミューにそう思わせるだけの語気を孕んでいた。


(でもわからない。何か仕掛けてくるつもりなら、どうしてそれを匂わせる必要があるのです?


 それに投票の行く末を見通すような発言も……。そんなこと、できるはずがないのに)


 投票の結果はどうやったって操作できない。ルールを聞いた最初の時点で、ミューはそう認識していた。

 カードを奪えば失格。投票ルームに入れるのは1人だけ。

 諸々の条件が、彼女の理屈を裏付けている。


 アリスが桂木の言いなりになるメリットがあるなら話は別だ。が、それは今やあり得なかった。

 そもそも桂木にはアリスを説得する機会さえも得られないのだ。傍にミューが控える限りは。


(私がお嬢様の傍を離れるのは、投票のときだけ)


 ミューの視線の先には『禁じられた遊びゲーム』唯一の聖域、投票ルームがあった。ミューに干渉されずに桂木がアリスにアプローチをかけられるとしたら、ミューが投票に向かう瞬間しかない。


「どう? ミュー」


 ソファに腰掛けるアリスの問いに、ミューは膝をついて返した。


「私の見立ては、大きく状況は動いておりません。やはり桂木の予言には、攪乱以上の意味合いは存在しないでしょう。

 ですが一つだけ、お嬢様にお願いをしたいことがございます」


 ミューはアリスの手を取ると、両手でそっと力をこめた。


「私の言葉だけを最後まで信じて下さい。


 桂木はもはや虫の息。ですが、最後まで侮ることはなりません。

 桂木が何を言おうが、このミューとの約束のみを心に留める。それだけをお願いしたいのです」


「ミューがそう言うのなら、私はそうする」


 アリスが応えるまでに、わずかの時間もなかった。


「ミューは私の為に、たくさんのことをしてくれた。離れないで、ずっと一緒にいてくれた。

 だから私も、最後までミューを信じたいと思うの」


 アリスの表情も声も、相も変わらず平坦な調子だった。それでも、ミューの胸には込み上げるものがあった。


「ありがとうございます……アリスお嬢様」


 ミューは精一杯の努力で気持ちを堪え、微笑みの顔をアリスに向けた。


「では投票するカードですが……」


 感情から思考へと切り替え、ミューは切り出した。


「“生者”か“悪魔”のカードを投票してください。

 どちらかにするかはお嬢様にお任せします。お好きな方のカードを投票してください。


 ただし桂木の予言した“死者”のカードだけは投票なさらないよう、お願いをいたします」


 桂木の予言には何の根拠もない。けれど成立させることだけは避けなければならない。ミューはそのように判断をした。


 仮に“死者”の投票を敬遠させる狙いであったとしても、残るは“生者”と“悪魔”の二択。

 桂木に的を絞らせないための判断だった。


「わかったわ。それでミューは」


「私は“死者”を投票します」


 ミューは手札から骸の描かれたカードを抜いて言った。


「まさかお嬢様ではなく私のステータスを桂木の予言に合わせてくるとは、誰も考えないはずですわ。


 念には念を。攪乱させて差し上げましょう」


 ミューは考えていることとは別の事を、このゲームで初めてアリスに向かって口にした。


 桂木の予言は外れる。

 けれどステータスの配分に“死者”がないとわかれば、作戦を切り替えてくることも考えられる。


 万が一のとき、自分が主の盾になれるよう。そう考えての提案だった。


 ミューの言葉にアリスは「わかったわ」と言って頷いた。そして最後


「ありがとう」


 ミューに聞こえないように呟いて、腰かけていたソファを立った。




 アリスが投票ルームに入ると、モニターに映った数字がカウントを始めた。

 120秒だけ許された投票時間。プレーヤーはこの数字がゼロになるまでに、カードを投票しなくてはならない。


 アリスは3枚のカードを見た。

 死者以外のカードの、どちらか好きな方を選んで投票する。ミューがアリスに出した指示はそれだけだった。


 何も難しいことはない。生者か悪魔か。どちらを選んでも、戦局には何の影響もないのだから。


 けれどどうしてか、彼女は投票ボックスに向かった足を止めた。


 迷う意味も、必要もない。アリスにもそれはわかっていた。

 けれどどうしてか。自分でもわからないが、アリスは少しだけ考えた。


 生者ヒューマンか、悪魔デーモンか。好きな方を選べばいい。


 私はどちらを選ぶの?


 ほんのわずかな、沈黙の間が生まれた。けれど時間をかけられないことはアリスも忘れてはいなかった。ミューの顔が頭を過ぎり、アリスは1枚のカードを手にした。


 あとは投票するだけ。


 悪魔のカードが、ゆっくりと投票口へと向かう。

 しかしカードの先端が吸い込まれようとした瞬間、アリスはその手を止めた。


 投票ボックスの下に、何かが挟まっているのを見つけた。


 ……?


 拾い上げて、二つ折りになったメモ用紙を開く。中身を見て、その内容が頭に入ってきたとき、アリスは両目を大きく見開いた。




『外で話したことは、桂木をひっかけるための嘘。

 話したことと、逆のことをして』




 英語の文章は、とても端的で短かった。しかしアリスの手を止めるには十分なものだった。


 文字は確かにミューの字。形は誰の目にもそっくりだった。

 けれどこのメモが、100%確実に本物であるのかどうか。その判断がつかなかった。



 これが敵の仕掛けた偽物であるのなら、単に生者か悪魔のカードを投票すればいい。


 けれどもしも本物なら、投票しなければならないのは“死者”のカードという事になる。



 アリスは滞在時間を示すモニターへと目をやった。残り時間は33秒。

 ホールへ戻って、ミューにメモが本物であるか否かを確認し、再び戻って投票する時間はない。


 そもそも、時間が十分にあったとしても状況に変わりはなかった。投票ルームは何度も入室できるのか。外に出ると時間はリセットされるのか。不確定要素が多すぎる。それを確かめることがすぐにできない以上、うかつに動くことはできない。


 ゆえにアリスは一人で判断するしかなかった。限られた時間の中。

 ミューの力を借りずに、たった一人だけで。


 残り20……19……18……


 無機質なカウントダウンが、少女に運命の二択を迫った。

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