第65話 切り札

「始まりますね」


 隣でモニターを見つめる桂木に、御代みしろが静かに言った。


 最終ピリオド第16ゲーム。

 二人の見つめる先には彼らにとっての最後の壁、霧継きりつぐ玲奈れいなの姿がある。


「作戦、上手くいきますよね」


 自分に言い聞かせるような呟きだ。だがその声に不安の色はなかった。

 

 御代みしろ優理ゆうり。彼女は知っている。


 桂木がいかに多くの窮地をくぐってきたのかを。そしてつじがいかに強い意志を持って、戦場に赴いたのかを。すべてその目で見届けている。


 恐怖がないはずなどない。

 だがそんな全ての感情を、仲間への信頼が上回っていた。


「大丈夫。モニターを見て」


 小さく映るつじの姿を拡大して映し、桂木がその手元を指す。


つじさんの手元にカードが一枚しかない。これはつまり霧継きりつぐが、手札を除く全てのカードを部屋に残すように指示したということ。


 ここまでは

 あとは……」


 桂木はそこで言葉を切った。


 あとは霧継きりつぐに自分の仕掛けを見破られずに済むか。そこが勝敗を分ける。

 

「あとは時が来るのを待つだけだよ。必ず俺たちが勝つ」


 その言葉に御代みしろが笑顔を浮かべて頷く。


『それでは、勝負』


 つじ霧継きりつぐの勝負札が明かされる。


 結果は予定調和。つじが5ポイントを減らして勝利し、同時に観戦するプレーヤーたちも全員が1ポイントを減らした。


 ゲームが終了し、霧継きりつぐは静かに席を立った。


「お先に失礼しますわ」


 その背中をつじが黙って見送る。

 そして霧継に30秒ほど遅れて、つじが会場を後にした。


 廊下に出て、その先に視線をやる。

 電光表示板にはエレベーターの台が4階にあることを示していた。


霧継きりつぐはもう戻ったか)


 廊下の中央まで足を運び、止める。そしてつじは足元に視線を落とした。


 新品のように沁みひとつない赤の絨毯が廊下の中央を彩っている。


 そしてこの下には、桂木の“切り札”が仕込まれていた。


(ここまでは順調だ。

 仕掛けの開放は次の次。残り2ゲーム。

 

 彼の用意した逆転の策を吉田に伝えなくてはならない。

 これさえあれば……)


 廊下の端に寄り、つじは静かに赤の絨毯をめくった。

 そして探る。神経を尖らせ、ゆっくりと手を這わせてゆく。


 もちろんおおよその位置は桂木から伝えられているため、探そうと思えばすぐに見つかるはずのものだ。

 しかしつじの手にそれらしい感触が伝わってこない。



「お探し物は、これかしら?」



 不意打ちのように、つじの背後から声がした。


 ここで聞くはずのないはずの声。

 そして、ここで最も出会ってはいけないはずの人物の声でもある。


霧継きりつぐ……っ!」


 呟き、そして後悔する。


 エレベーターの位置だけを見て霧継きりつぐの目がないと判断してしまったこと。

 不用意に“切り札”の確認をしようとしてしまったことを。


(罠だった! エレベーターに自分は乗らずに4階へ送ったのか。

 

 そしてそこまで仕込んだ上で、“自分は扉の影に隠れていた”とは)


 そしてつじは悟った。自分の探しているものが見つからないその訳も。


 振り向きざまにつじは目を見張った。

 背後に立つ女……霧継きりつぐの手元にはつじの探していた切り札が。


 桂木がつじに託した“4のカード”があった。

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