第64話 思案

 零ゲーム最終ピリオド開始。ついに勝者を決する戦いがはじまる。


 第15ゲーム指名者のタテハは霧継きりつぐの部屋にいた。

 そして同じくチームへ所属する、吉田とつじも。4人が集まり、最後の打ち合わせが行われる。


「現在のスコアはこう。

 

 タテハ  12pt

 つじ   12pt

 霧継きりつぐ  7pt

 吉田  16pt」


 霧継きりつぐは記憶を辿る様子もなく4人の成績を口にした。


「まずは最下位の吉田さんのポイントを減らす作業を優先しましょう。

 続いてつじさん、タテハさん、わたくしの順で5ポイントずつ減らしていく」


 霧継きりつぐの提案に3人は黙って頷いた。


 ポイントの低い順に勝たせるのは霧継きりつぐチームとって必然だ。

 でないと霧継きりつぐがすぐに勝ち抜けを決めてしまい、ポイントを減らしきれない吉田と、つじとタテハのいずれかは敗者となる可能性がある。


 彼女のチームは利によって結び付いているところが大きい。だからこそ、作戦へ協力させるためにチームメイトのポイントを優先して減らす必要があったのだ。


 ここでも霧継きりつぐの算段に隙はない。


「第15ゲーム タテハさんvs吉田さん

 第16ゲーム つじさんvsわたくし

 第17ゲーム 御代みしろさんvs??

 第18ゲーム わたくしvsタテハさん

 第19ゲーム 吉田さんvsわたくし


 この順でポイントを減らせば、第19ゲームでちょうどわたくしのポイントが零になる。


 そして第20ゲームで指名権のある桂木さんと、第21ゲームで指名権のあるミシロには指名権が回らない。


 そして念のため」


 4人の見下ろす先には、20枚のカードがあった。4人のもつ手札の全てだ。


「対決に向かうプレーヤーは自分の出す1枚だけ持ってホールへ向かう。

 そして残りの18枚は、部屋に残った2名が管理する。


 もちろん部屋に残る人もカードに触れることだけはないよう注意して。その行為をディーラーが“カードの強奪”と看做した場合、そのプレーヤーの最下位が決定してしまうもの。

 

 作戦とそれぞれの動き、理解ができたかしら」


 つじとタテハが、そしてわずかに遅れて頷いた。


「——大丈夫か。吉田君や」


 つじが吉田に語りかける。吉田は「大丈夫、です」そう搾り出すような声で言った。


 彼は理解している。作戦における自分の役割。そしてその先に、霧継きりつぐチームの勝利があること。


 それが桂木たちの寿命を奪うことであることも。ちゃんとわかっていた。


「迷うな」


 つじは視線を向けることなく吉田に語りかけた。


「難しく考えることなどないのだ。

 自分のすべきことは、もうわかっているはずだろう」


 そのとき、つじの言葉をかき消すようにディーラーのコールが響いた。

 第15ゲーム、タテハvs吉田のゲームがまもなく始まる。


「行って来なさい」


 そう言ってつじが吉田の手に1枚のカードを手渡した。吉田は唇を噛み、何も言わずに受け取った。


 そしてタテハと吉田の両名が部屋を後にする。

 霧継きりつぐは18枚のカードを前に、2人を見送るつじへ言葉をかけた。


「さっきの言葉は、激励かしら」


「それ以外に取れるか」


「どうかしら」


 薄い微笑がつじへ向けられる。


「あなたの言った通りよ。難しいことなんて考えなくてもいいの。


 余計なことをしても自分が敗退するだけ。

 そういう舞台をわたくしが作り上げたのだから」


「ああ」


「もちろん、ここの4人に作戦を破綻させるメリットもない」


「その通りだ」


 霧継きりつぐの言葉に淡々とした肯定をつじは返した。眉ひとつ動かすことさえなかった。


「ここで多くのチップを増やさなくてはならないことを考えたら、儂が裏切る意味は何もない。

 それが全てだろう」


 言い切ってモニターへ視線を移すつじ

 霧継きりつぐはもう一度、彼の目をまじまじと見た。


 多くのチップを増やさなくてはならない……。


「……そうね」


 つじの言葉を反芻した霧継きりつぐは軽く息を吐くと、彼と同じようにモニターへ注意を向けた。丁度、両者のカードが開示される瞬間だった。


 吉田の出した手は5。タテハの出した手は1。

 打ち合わせ通り、吉田が5ポイントを減らしての決着となる。もちろん部屋に残り18枚のカードが部屋に残されている以上、波乱はあり得ない。


 それでも霧継きりつぐはゲームの展開から目を切ることはなかった。

 画面に映るタテハ・吉田の動きを注視し、観察を怠らない。それこそ瞬きのひとつも見過ごすことのないくらい、プレーヤーの動きはマークされていると見てよかった。


『それでは第16ゲーム。

 つじ様と霧継きりつぐ様のゲームを開始いたします』


 ディーラーのコールを受け、つじが席を立つ。霧継きりつぐは自分の出す“1”のカードだけを手に、つじの後に付いた。


 そしてその間も考える。果たして本当に、つじは裏切ることはないのか。

 あの桂木が、何も手を打たずに敗北を迎えることなどありうるか。


(それはあり得ないでしょう。

 しかし辻と吉田はカードを管理され、決められたカードの他は手にできない状況。


 そんな状況で、もしできることがあるとするなら)


 霧継きりつぐの脳裏に第14ゲーム、桂木vsミシロの決着した場面が想起される。


 桂木は手元にないはずのカードを御代みしろから受け取り、見事、ミシロの裏をかいた。


(できることがあるとするなら、正攻法ではない勝利)


 そして閃く。自分ならどんな仕掛けを打つのか。

 桂木の立場なら、つじをどのような駒として動かすのかを。


 わかった。桂木が辻を送り込んだ理由。

 

 2人を乗せたエレベーターが1階へ到着する。扉が開くと、15mほどの廊下がまっすぐに伸びている。


 霧継きりつぐは自分の立つ足元に視線を落とした。


 床には血のように赤い絨毯。

 それを見つめ、思索を巡らす女は静かに微笑んだ。

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