第66話 獲物

「狙いはこれだったのでしょう」


 そう言って、霧継は“4“のカードをつじの目前へと近づけた。


「私達は決められたカード以外を部屋に残し、打ち合わせで決めた手札しか持たない戦術を取った。

 わたくしが勝つ約束のとき、持つカードは5のみ。つじさんの持つカードは1のみ、といった具合にね。


 つまり直前で、約束と違うカードを出すという裏切りはできない。

 

 ただし、を除いて」


 霧継きりつぐの口によって、彼女の見切った真相が紐解かれてゆく。


「桂木さんは予想していたのね。わたくしがつじさんを裏切り者と疑い、そしてカードを部屋に預けさせる作戦を取るところまで。

 

 そしてそうなった場合は、通路の絨毯じゅうたんの下に隠していたカードで、対戦の結果をひっくり返す。

 

 わたくしが5を出し、相手は1を出すと約束したゲームで、この4を使って騙す。

 

 これが桂木さんの仕掛けだったのでしょう」


 霧継きりつぐが仕掛けを暴いてゆく中、つじは何一つ言葉を挟むことができなかった。


 桂木は霧継の裏切り防止策を読み切っていた。

 しかし霧継は、桂木の読みがそこまで及ぶことを前提に、逆転の芽を潰していったのだ。


 桂木チームは辻へ自分のカードを託し、最後の最後に裏切らせる。

 カードの隠し場所はホールと個室を繋ぐ通路。絨毯の下。


 ——そこまで読み切られた。この短時間に。


 これが霧継という人間。

 あの悪魔ミシロが単独で倒すのは不可能と判断した、それほどの実力。


 辻はこれまで感じたことのない恐怖が、胸を埋め尽くしていくのを感じた。

 

「第19ゲームで吉田さんの相手がわたくしになることは決まっていた。

 だったらそこで吉田さんに“4”のカードの存在を教えて、わたくしが勝つべきゲームを、吉田さんの勝利に終わらせてしまえばいい。


 あなたの仕事はカードの確認と、その戦略を吉田さんに伝えること。

 

 これが唯一の策。同時に必殺の策でもあった。

 

 わたくしに見破られることさえなければ」


 そっと、細い指からカードが離れる。

 空気の抵抗を受けて、ひらひらと“4”のカードが絨毯に落ちた。


「仕掛けがわかってしまった以上、恐れることは何もないわね。

 そのカードを使ってわたくしを嵌めることはもうできない。


 それでお終い。

 今度こそ、本当に」


 最後の最後。桂木の策は、霧継きりつぐの目をすり抜けることはできなかった。

 いま彼女の話したことはすべて、桂木からつじの聞かされていた内容と一致していたのだ。


 だからこそ、失望の表情をつじは隠し切ることができなかった。


 辻は力無くその場に立ち尽くし、「桂木君……」と小さくこぼした。


「さあ、行きましょう。

 私達の勝利は目前なのだから」


 霧継は静かに笑った。

 しかし彼女は勝利を確信してなお、つじから目を離すことはなかった。


 二人してエレベーターに乗り、部屋へと戻る。

 霧継きりつぐたちの算段では残り3ゲームで決着となる。


 このゲームを観戦する者の多くはゲームの終局を予期した。


 だが迎える第17ゲーム目前。突然、プレーヤーたちのもとにアナウンスが入る。


『お知らせをします。ただ今、桂木様より申告がありました。

 これよりゲームを一時中断いたします』


「——中断?」


 部屋に残っていたタテハと吉田が疑問の声を上げる。


「どうしていきなり」


『反則の疑いです』


 スピーカーの奥から、ディーラーが続ける。


『これより調査を行います。プレーヤーの皆さんはしばしの間、ご協力をお願いいたします』


 そのアナウンスを、桂木はソファに腰掛けて聞いていた。


 そして待つ。勝利を確信したが罠にかかる瞬間を。


 青年の獰猛な瞳は、モニターに映る宿敵の名前。

 霧継きりつぐ玲奈れいなを捉えていた。

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