第67話 大詰め

 “反則の疑いによるゲームの中断“

 

 突然のアナウンスに、事情を知らない吉田・タテハの両名は少なからず狼狽えた。


「いったい何事でしょう」


 部屋に戻った霧継きりつぐにタテハが問う。


「大丈夫。説明を待ちましょう」


 霧継きりつぐはさしたる問題でもないかのように言った。


 予め桂木から事情を聞かされているつじだけが、何も話すことなく時間が過ぎるのを待っていた。だがその表情から険しさが消えることはない。


 プレーヤーたちに動きはないまま時間だけが過ぎる。

 二度目のアナウンスがかかったのはゲーム中断から5分ほど経った後のことだった。


『調査が終わりました』


 スピーカーを通じて、ルピスの声が全ての部屋へ流される。


『まずは結論から申し上げます。調査の結果、反則の存在は認められませんでした。

 

 桂木様より申告された内容は、“霧継きりつぐ様によるカードの強奪”』


 強奪?

 事情を知らない多くのプレーヤーが、固唾を飲んで説明の続きを待った。


『我々はこの会場から得られた全ての映像、音声、そしてカードに埋め込まれたマイクロチップより送信されるカードの位置情報・所有者情報を調査いたしました。

 

 第16ゲーム直後。

 確かに霧継きりつぐ様は一度、桂木様のカードに所有者の合意なく触れたことが確認されております。


 ただしカードには触れただけで、そのカードを持ち去ったり、あるいは破棄するなどの行為を行ってはおりません。

 そのため“強奪”の反則には抵触しないものと判断いたしました。


 それでは、これよりゲームを再開いたします。


 第17ゲーム。御代みしろ様と桂木様はホールへお越しください』


 多くの者には何もわからない、ほとんど結果だけの説明が告げられる。

 そして何事もなかったかのようにゲームは再開された。


 何も状況が理解できずにいる吉田は明らかに戸惑いの表情を浮かべていた。

 そんな彼に、隣でモニターを見守る霧継きりつぐが静かに言った。


「知りたい? いまのアナウンスがなんだったのか」


 その言葉に吉田は俯くような、頷くような仕草を返した。

 そして霧継きりつぐは「これが最後の罠だったの」と口火を切る。


「桂木さんはね。わたくしに気づかれないようあなたにカードを渡すことで、私達のチームを裏切らせようとしていたの。

 廊下の絨毯の下にカードを仕込み、つじさんがそれを伝える形でね」


「桂木くんが、俺にカードを託そうと……?」


「ええ。しかしその目論見はわたくしが先ほどのピリオドで見破ったわ。


 けれどね。桂木さんの本当の目的はその先にあった。


 桂木さんは仕込んだカードを“わたくしに持ち去らせる”ことを狙ったの」


「カードを持っていかせる……」


 呟いて、吉田は思い出した。

 先ほど告げられた『反則の疑い』。

 そしてゲーム開始時に伝えられた反則の条件を。


『カードを無くしてゲームができなくなったり、他人のカードを使用できなくしたプレーヤーは無条件で最下位の順位となってしまうのでご注意ください。

 また他人のカードを本人の同意なく所有した場合も同じく失格となります。力ずくでカードを奪っても負けるのは自分。あくまでクールなプレイングを心がけてください』


 そして気がつく。桂木が仕掛けた罠の意図を。


霧継きりつぐに自分のカードを回収させて、反則負けに追い込もうとした」


 端的な回答に霧継きりつぐが頷く。


「そう。桂木さんはわたくしに自分のカードを見つけさせ、回収させることが目的だった。そしてゲームセットを待たずにわたくしを反則負けにしてしまうことが狙いだったの。

 

 そこで桂木さんはさっきのピリオドが終わった時点で、ディーラーに調査を申請した。霧継きりつぐが自分のカードを奪った可能性があると言ってね。


 けれどわたくしはそういう申請がなされる可能性を想定していた。

 だからこそカードはあえて持ち去らずに、そのまま廊下へ残してきたの。


 もちろんカードに触れただけでは反則と見なされない。それは桂木さんとミシロの戦いで検証済みね。

 そしてカードは廊下に残されたままなのだから、たとえ申告があったとしても、わたくしがカードを奪ったこととは見なされない」


 説明をしながら「面白い試みではあったわ」そう言って霧継きりつぐはモニターに映る桂木の姿に目を細めた。


「得点でわたくしたちのチームに追いつくことはできない。だったら

 ……そんな作戦はわたくしもこの最終ピリオドまで想定もしていなかったもの。


 桂木さんは紛いもなく、わたくしが戦ってきた中で最大の強敵だった」


 瞬間、ディーラーのコールによって桂木と御代みしろのゲームが決着する。

 桂木の出したカードは1。御代みしろが5。御代みしろが勝利し5ポイントを減らした。

 そして同時に霧継きりつぐが賭けを当て、1ポイントを減らす。


 これで霧継きりつぐのポイントは残り5。

 一度のゲームで減らせる最大ポイントが5である『零ゲーム』勝ち抜けに王手をかける。


『第18ゲームを開始いたします。霧継きりつぐ様。対戦相手を指名してください』


「……。次はわたくしとタテハさんのゲーム。

 ここでタテハさんが5ポイントを減らす。

 そして次のゲームで、吉田さんを相手にわたくしが5ポイントを減らす。そういう予定だったわね」


 言いながら、霧継きりつぐは残り2ゲームを消化した末のスコアを浮かべた。


 このまま行けば最終結果は霧継きりつぐが首位でつじが2位。ここまでは確定。

 御代みしろが賭けを外していればタテハも同率3位までには残れる。吉田にチップを分けるにしてもチームとして見れば快勝と言っていい。


 しかしそれはあくまでも、このまま行けばの話だ。

 ならばその結果を確実に実現するためにどんな布石を打つべきか。


 霧継きりつぐは少しの沈黙を置いた。

 そしてスピーカーへ顔を向けると、対戦相手の名前を口にした。


「対戦相手にはタテハさんを指名します」


『畏まりました。それでは第18ゲーム、霧継きりつぐ様とタテハ様の対戦を始めます。

 観戦されるプレーヤーの皆様は賭けの投票を行ってください』


 スピーカーの音声が切れると同時にモニターへ霧継きりつぐとタテハの名前が映る。それだけ確認し、霧継きりつぐは吉田のほうを向き直った。


「吉田さん。わたくしの3のカードを預かっていてくださるかしら」


「——? どうしてそんなことを」


「あなたが対戦相手を間違えてしまわないようにするため」


 繕うこともなく、霧継きりつぐは頭の中の理屈を口にする。


「大丈夫、預かっていただくだけよ。一時的にね。


 このゲームが終わって次のゲームの直前にカードは返していただくわ。

 あなたがわたくしを指名したのを確認した上で」


 霧継きりつぐの冷たい視線が吉田を射抜く。吉田はその表情で、霧継きりつぐの意図をほぼ完全に理解した。


「吉田さんがわたくしに従ってくださるのなら、カードを預けることなんて何の意味もないこと。


 けれどもしも。

 万が一、あなたが他の人を指名したら、あなたはわたくしのカードを預かったままになる。


 そうなればわたくしはあなたを裏切り者と見なし、すぐさまディーラーに反則の申請をさせていただくわ。“カードの強奪”という形でね」


 つまりは裏切りの防止。霧継きりつぐの勝利が決まるはずの第19ゲームで、吉田が他のプレーヤーを指名するのを防ぐための策だ。


 仲間チームへの信頼などかけらもない。

 彼女の中にあるのは、計算と戦略の二つに尽きる。


「……僕がカードを受け取ったら、すぐに反則の申請とかするつもりじゃないだろうな」


「わたくしが救わなければ、放っておいても負けてしまうあなたを反則負けにして何の意味があるの?」


 吉田は少し考えるような間を置いた。ただ彼も遅れて霧継きりつぐの作戦を理解し、黙って霧継きりつぐの差し出したカードを手に取った。


 この作戦には隙がない。

 そう悟ってしまったが故に、吉田は抗うことができなかった。


「わかった。言うとおりにする」


「良かった。……これでお終いね。

 今度こそ、本当に」


 霧継きりつぐがテーブルから1のカードを拾い、席を立つ。

 そして静かに、誰に聞かせる気もない声で囁いた。


 待っていて。もうすぐ、わたくしは勝つから。


 その言葉を漏らしたときの彼女の声が、表情が、いつもより優しかったことに気がついた者はいない。吉田に視線を戻したときにはもう、彼の見慣れたいつもの霧継きりつぐの表情に戻っていた。


「対戦相手は間違えないでね、吉田さん。反則負けになってしまわないように」


 その言葉に頷くこともなく返事を返すこともなく、ただ黙って吉田は視線を落とした。


(本当に、このまま終わっていいのかよ)


 迷う心のままタテハと霧継きりつぐの背を見送る。そして扉が閉じられたとき、同じく部屋に残った老人と視線を交わらせた。


 つじは何か大きな覚悟を秘めた眼で吉田を見ていた。

 何を語るわけでもない。それでも、今のつじは桂木と同じだと吉田にはわかった。


 つじはまだ終わったと思っていない。絶望の淵としか思えない状況に立たされて尚も、戦いをやめた者の眼をしていない。


 彼らとずっと共にいた男が、ずっとそうしてきたように。


つじさんはまだ……それに桂木君もきっと)


 吉田の拳に熱が篭る。


(だったら最後は。

 最後くらいは、俺も)


 吉田が顔を上げたとき、ずっと続いていた彼の手の震えは止まっていた。

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