第68話 毒牙

『それでは第18ゲーム。霧継きりつぐ様とタテハ様のゲームを開始いたします』


 開始の合図とともに、モニターに制限時間が表示される。出すカードを選択できる時間は五分間。

 この間に相手の出すカードを探り、相手の裏をかく戦略を練る。

 それが『零ゲーム』というゲームの基本だ。


 だが作戦を完成させた彼女らに時間はいらなかった。

 打ち合わせによって出すカードは予め決めている。そして出すカードを除いて、残る全てのカードは部屋に残しているのだ。


 考える時間も、迷う時間も必要ない。現に第二ピリオド以降、霧継きりつぐチームの戦いはすべて一分とかからずに決着を迎えてきた。


 もちろんこの第18ゲームも、同じ流れになることを誰もが予想していた。


 ゲームクロックが動き出すや否やタテハはカードをテーブルに近づけた。しかし


「待って」


 対面に腰掛ける女の制止により、カードがテーブルへ触れる瞬間に手は止まった。

 カードの柄を隠すその手を霧継きりつぐが見つめる。静かな視線だった。


「念のために、数字をこちらに見せていただいて構わないかしら」


 それは最終ピリオドまで一度もなかった要求だった。他の全てのカードは部屋に残されている。それを確認している以上、直前に出す勝負札を改める必要などないはずなのだ。


「——どうかしたのですか」


 タテハの問いに、霧継きりつぐの返事はなかった。タテハは少し怪訝な表情を見せたが、何も聞き返すことなくカードを晒した。

 5つのスペード柄と5の数字が刻まれていた。打ち合わせ通りのカードで間違いはない。


(戦略に不備はない。出すカードにも間違いはない。

 そもそもここでタテハが裏切る理由などないというのに。何を神経質になることがあるの?)


 説明のつかない自分自身の行為に、霧継きりつぐは疑問を抱いた。勝利はほぼ確定している。あとは決められたカードを出すだけでいいはずなのだ。何も難しいことなんてない。


 それなのに霧継きりつぐは引っかかりを無視できずにいた。

 正面の女がカードを出す瞬間、それを黙って見ていることができなかった。


「もういいでしょうか」


 ずっと手を宙に浮かせていたタテハが問う。はっとしたように霧継きりつぐは顔を上げると、静かに頷いて肯定した。


 カードが指から離れる。セット完了。あとは霧継きりつぐがカードを出せば決着だ。

 しかしそれでも霧継きりつぐは動かない。モニターに示される制限時間は半分を切っていた。


 タテハは黙って対戦相手がカードを出すのを待つ。時間ばかりが無為に過ぎてゆく。


 そうしてチラリと視線を送った先。ゲームクロックは残り30秒を切っていた。


 そこで霧継きりつぐはようやくカードをテーブルに伏せた。けれどそのさなか、霧継きりつぐは横目でモニターを見ていた。


『それでは、勝負』


 お互いの札が明かされる。霧継きりつぐ、“1”。タテハ、“5”。何の波乱も起きることはなくゲームは決着を迎えた。


(疲れているのかしら。さすがに神経を使ったから)


 自身の不可解な行為は疲れによるものだと、霧継きりつぐは心の片隅で自分を納得させた。それでも先ほどの警戒を考えすぎだとは思わなかった。命がけのゲームにおいてはいくら考えても考え過ぎなどということはない。


(油断はしない。ゲームの終わるその瞬間まで)


 そうしてお互いのカードを交換し、タテハと共に席を立つ。次に霧継きりつぐが使うのはタテハの持つ5のカードであるためだ。


 控え室へ戻るべくホールの扉へ霧継きりつぐが手をかける。

 そのときだ。スピーカーから、プツン、と音が聞こえた。


 放送が始まるのを予期して二人が足を止める。そしてスピーカーの奥から伝えられる情報に耳を傾ける。


『お知らせをいたします。ただ今、吉田様より申告がありました。

 これよりゲームを一時中断いたします』


「え?」


 先ほどの放送で吉田がしたようなリアクションを、今度は霧継きりつぐが見せた。


 そして思考が固まりかけるのを制して耳を傾ける。

 ルピスの話すその内容は、今度こそ、彼女のまるで想定していないアナウンスだった。


『申告の内容は反則の疑いです。我々の調査の結果、反則の存在が確かに認められました。


 内容はプレーヤー“つじ 誠三様”によるカードの強奪。


 それにより』


 固唾を呑む、とはまさにこのことだろう。霧継きりつぐは喉を鳴らしてその結論を耳にした。


つじ様を“零ゲーム”失格といたします』


 放送の終了と同時。

 モニターに並ぶ7つの名前から、つじの名前が消えた。

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