第97話 戯れの終わり

桂木たちとはまた別の会場で、そのゲームは行われていた。


『それでは“十字架ゲーム”第6ピリオドを行います』


 ディーラーのコールが会場に響く。だが、そこにせわしなく動くプレーヤーたちの姿はなかった。


 多くがこの時点で戦意を喪失、敗北を待つだけの展開にあって。

 ゲームに参加していた少年、神谷もまたソファに頭を抱えて伏していた。


「どうしよう……どうしようこのままじゃ……!」


「神谷さん、これを」


 声をかけたのは、同じく十字架ゲームを戦っていたプレーヤー、柚季ゆずきだった。彼女はこのゲームでチップの代わりとして扱われる“ロザリオ”を2本、神谷へと手渡した。


「これがあればまだ、君はまだ戦えるから。

 なんとか生き延びるんよ、ゲームの終了まで」


「柚季さん……でもこれは柚季さんの」


「仲間を失う方がよっぽど恐ろしい……

 こんなの、一人じゃとても生き延びられる展開じゃないもの」


 柚季は額ににじんだ汗を拭った。

 そしてその直後だ。無機質なディーラーの声が、会場に響いた。


『霧継様により、遠野様のロザリオが4本破壊されました。


 なお、これにより遠野様のロザリオは0。リタイヤとなります』


「これで、あの人と僕たち以外のプレーヤーは全滅……」


「——厳しくなってきたね」


 敗者たちのうめく声が、いっそう会場に大きく響いた気がした。


 ロザリオを残すプレーヤーは柚季、神谷、霧継の3名。

 ゲームの終了まで残り4ピリオド。しかし柚季と神谷の二人は、逆転どころか最後まで生き残ることすら難しい瀬戸際に立たされた。


 トラップルームを生き残った神谷、桂木と渡り合った柚季。

 二人でさえ、霧継きりつぐ玲奈れいなとの実力差は埋めようのないものがあった。


「神谷さん、ともかく時間を稼がなきゃいかん……チップさえ残せれば、次に希望をつなげるから」


「なんの相談事? わたくしも混ぜていただけないかしら」


 2人の背後から、女の声がした。霧継怜奈の声だった。


 人智を超えた怪物。それが、柚季の霧継に対する認識だった。

 そして追いつめられた現状はその認識を一層、強く感じさせるもので、もはや二人は蛇に睨まれた蛙。一歩もその場を動くことができなかった。


「あ……あ」


 絶望の声が神谷の口から漏れた。霧継は口元を吊り上げ、さらに一歩の距離を狭めた。



 

 もしも、彼がこのゲームにいてくれたなら。



 

 その姿を見て柚季は、ほんの少し昔のことを思い出していた。

 それは第3ゲームの予選『服毒ゲーム』で、彼女が出会った青年とのエピソードだった。


 その青年は柚季を圧倒した。しかし寿命を奪うことはしなかった。

 人間から寿命を奪うわけにいかない。そう言って、手に入れた40枚のチップ全てを返した。


 圧倒的に強い知恵と、信念を併せ持った青年だった。

 その彼が。彼がもし、このゲームにいてくれたなら。


 桂木くん……!


 青年の名前を胸の内に叫び、柚季はぎゅっと目を閉じた。


 アナウンス音が割り込んだのは、そんな時だった。


『プレーヤーの皆様にお知らせがあります』


 ディーラーの声だった。ホールのプレーヤーたちは、神経の全てをそちらに傾けた。霧継も含めて。


『ただいまあるプレーヤーの手により、ゲームを主催する悪魔が敗北いたしました。

 それに伴い、アリスケージにて行われるゲームの全てを中断する決定がなされました。


 これにより』


 戸惑いの声は誰もあげられなかった。全員がただ固唾を呑んで言葉の続きを待った。


『勝敗の別なくゲームは終了。

 プレーヤーの皆様にはチップを受け取り、もとの世界へ帰還する手続きを行っていただきます』


 発表が終わり、その内容を皆の頭が理解できたとき。


 会場は、沸いた。歓喜の声に包まれた。


 プレーヤーたちにとってはあまりに不親切な知らせであったことには間違いない。しかしそんなことはどうでもよく、ただ、命が助かったことだけをほとんどのプレーヤーが喜んだ。

 

 一部の者を除いて。


「柚季さん……主催する悪魔に勝ったプレーヤーって」


「うん……彼ね。きっと」


 2人の頭には、同じ青年の姿が浮かんでいた。

 そして、彼と二度戦った女の脳裏にも。


 霧継怜奈は小さなため息をつくと、手にした無数のロザリオを床に落として捨てた。


「上手くいかないものね」


 そして呟き、天井を見上げた。


 言葉とは裏腹。霧継の顔は憑き物が落ちたような、どこかさっぱりとした表情に変わっていた。

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