一回戦 クラッシュ・チップ・ゲーム

第5話 目覚め

 目が覚めたとき、桂木かつらぎ千歳ちとせは薄い闇の中に横たわっていた。


 最初に見えたのは、蝋燭ろうそくの灯りだった。学校の教室ほどの室内。壁面には燭台が設置され、無数の灯りが部屋を照らしている。

 床には固いカーペットが敷かれ、中央にはテーブルとイスが置かれているのが見えた。


 雰囲気はあるが、現実離れした部分は見当たらない。

 ここが悪魔の世界というやつなのか?


 とにかく転がっていても仕方がないので、立ち上がる。

 同時に二つのことに気がついた。


 ひとつはポケットの中に感じた違和感。財布でも携帯でもない、別のものが入っている感触があった。

 取り出すと、それは円柱形のケースだった。


 中には数十枚のコイン。海外のカジノで使われている“チップ”ような雰囲気のものだ。

 もちろん、桂木が最初から所有していたものではない。知らないうちに、というより気を失っている間にポケットに入れられたもののようだ。


 そして二つ目の発見は、同室の者の存在。自分の他に数名の姿が部屋の中にはあった。

 男もいれば、女もいる。年齢は10代から20代の後半くらいか。少なくとも桂木にはそう見えた。


 その中の一人と目が合う。

 髪を薄い茶色に染めた、短髪の青年だった。


「君も、悪魔につれてこられたのか」


 青年は駆け寄ると、前置きも自己紹介もすっとばして桂木に訊いた。

 桂木は「ああ」と言って手のひらをぬぐい、右手を差し出した。


「はじめまして。桂木千歳だ」

「あ、ああ……僕は吉田よしだ虎太郎こたろう


 吉田は慌てたように、差し出された手を握り返した。


「ごめん、なんかいきなり話しかけて」

「いや、いい。訊きたいことがあるんだろう」


 桂木が譲ると、吉田は遠慮なく色々な話と質問をした。

 ここに来たシチュエーションのこと。悪魔とのやりとりのこと。

 この状況に至るまでのあらゆる情報を交換した。


 結果としていくつかの共通点が見つかった。


 ひとつは、鏡に映った自分がこの世界に引きずり込んだこと。

 もうひとつは、暇つぶしという目的でここに連れてこられたこと。


 お互いに目新しい情報があったわけではないが、会話を交わしたこと自体が気休めにはなったのだろう。

 吉田の表情はいくらか落ち着きの色を取り戻した。


「それにしても、何だろうね。この場所は。

 ここでいったい何をするんだろう……?」


 吉田の質問に、桂木は「さあ」としか答えなかった。

 答えられるはずがない。だって桂木にも、おそらくはまだ他の誰にも、わけがわかっていないのだから。


 とにかくここにいる四人……いや、あそこでまだ寝ている女を含めた五人で何かが行われるのだ。暇つぶしと称する何かが……。


 って、ん?

 桂木は一度、目を離した女に再び視線を戻した。いまだ床に突っ伏して、眠ったままの女。


 どこかで見たことのある後ろ姿だな、と桂木は思った。

 そして同時に、なんだか嫌な予感がした。


「ん……」


 女が頭をさすりながら起き上がる。

 女はぱっちり目を開け、桂木の方へ目を向けると、開口一番。


「あ、桂木先輩だ!」


 指を指して、叫びながら御代みしろは桂木の元へと駆け寄った。


 こめかみが痛くなるのを桂木は感じた。というかどうしてお前までこっちに来てんだよ。

 そう問う間もなく、御代は両手をばたばたさせながら口を開いた。


「その……すみません先輩。来ちゃいました」

「そんな押しかけ女房みたいな挨拶はいらん。ちゃんと説明してくれ」


 眉間にしわを寄せて桂木が問う。御代はすぐに、正直に説明をしようとした。けれど桂木の表情に、責めるのとは違う陰があるのを御代は見つけた。


 もしも正直に言えば、先輩は責任を感じてしまうんだろうか。

 考えが過ぎり、御代は笑って見せた。


 笑顔を作るのは苦手じゃなかったし、嫌いじゃなかった。


「あのあとですね。悪魔の気が急に変わって、連れてこられることになりました。オマケの扱いなんですけどね。

 ホントやんなっちゃいますよ。私なんて連れてきても面白くないのに」


 おどけたように笑い、悪態をついてみせる。


「それじゃあまあ、不可抗力……なのか?」


 どこかひっかかりを覚えながらも、桂木は納得したようだった。


「それより御代。体調に異変はないか。怪我は?」

「あ、心配してくださるんですね。嬉しいなあ♪」

「ん。異常なし、と」


 答える時間くらい与えて下さいよっ! とそんな抗議をしようとしたそのときだ。

 御代のスカートから、じゃらっと小気味のいい音が鳴った。


 何これ? 疑問符を浮かべた顔で、ポケットに手を入れる。

 桂木と同じケースが御代の手に握られていた。


「御代。ちょっと中、見せてもらっていいか?」

「あ、はい」


 ケースの蓋を開くと、桂木と同様、数十枚のチップが収められていた。


「? 何でしょう、これ」


 きょとんとした目で、御代はチップを見た。桂木は自分のものと同じデザインのチップに視線を釘づけた。


「俺のポケットにも同じものがあった。これって……」


 桂木が言いかけたそのときだった。

 部屋の四隅に設置されたスピーカーから、ぷつん、と電子音が聞こえた。


 放送の始まる前の、スイッチを入れたような音。

 何かが始まる。予感して、集まった五名は一様に静まり返った。


『皆様、お目覚めになられたようですね。私はディーラーを務めさせていただきます、シェリアと申します。

 それでは早速、ゲームの説明をいたしましょう。


 皆様にやっていただく最初のゲームは“クラッシュ・チップ・ゲーム”


 差し出したチップの数を競うだけの、とても単純なゲームでございます』


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