第49話 戦慄
第1ゲームを勝利で終えた桂木はエレベーターに乗り、指定された個室へと移動した。
ビジネスホテルのようなつくりの簡素な部屋。テーブルの奥には、ゲーム会場の様子を映すモニターがある。
椅子の背もたれに体を預ける桂木。急速に力が抜けてゆくような気がした。しかし、会場に姿を見せたプレーヤーの姿を見て、両頬を叩いた。
連続で指名を受けないとも限らない。
指名されなかったとしても“賭け”への参加がある。思考を切らすべきではない。
(第2ゲームの指名権を持つプレーヤーは……
椅子に腰掛けた辻の横顔がモニターに映っている。
映像が荒く表情まではよくわからない。しかしピリついた緊張感は伝わってくるような気がした。
『では辻様。“対戦“の相手をご指名ください』
ホールのアナウンスが俺の個室にも流れる。音声は他のプレーヤーも聞き取れるように配慮がなされているようだ。
辻は誰を“対戦”相手として指名するだろうか。老人の口がゆっくりと開かれたとき、桂木は少し身を固めた。
さっきの不意打ちのような指名が脳裏をよぎる。
「儂はミシロユウリを対戦相手として指名する」
「!?」
「——ああ、指名の順で7番目の方のな」
指名順で7番目の方。それは
全く心臓に悪い……。おそらく御代の方も同じ気分だろう。胸を撫で下ろしながら、桂木は大きなため息をついた。
しかしこのゲームにおいて、同じプレーヤーネームの奴が2人いるのはなんとも紛らわしい。なんとかならないものだろうか。
そんなことを考えているうちに、ミシロユウリ(悪魔)がホールの映像に現れる。
辻vsミシロユウリ。
第2ゲームの対戦カードが顔を合わせた。
『それでは“対戦”に参加していない5名の皆様。
勝利すると思われるプレーヤーに“賭け《ベット》”をしてください』
モニターに示された「オーナー(ツジ)=A、チャレンジャー(ミシロ)=B」の文字。テーブルの脇には「A」のボタンと「B」のボタンが置かれていた。
コードはつながっていない。ワイヤレス式のようだ。
これを押して選択しろってことか。すぐに把握し、桂木はボタンを凝視した。
AとB。色分けされたふたつの文字。モニターを見る限り、ツジに賭ける場合はAを。ミシロに賭ける場合はBを押せという意味なのだろう。
桂木は悩むことなくAのボタンを選択した。悩まなかった理由は、悩んでも意味がないと思ったからだ。
賭ける側は彼らのゲームメイクにまったく手を出すことができない。判断材料はどちらの力量が上かを見極めること。その一点しかないのだ。
そして辻の勝利を予想した根拠は、それなりに彼の実力がわかっていることだ。
桂木と辻が共に戦った2回戦、脱獄ゲーム。
説得に向かった御代とのやりとりを見る限り、彼は決して思考の浅い人間ではなかった。桂木にはそう思えたからだ。
(ゲーム前に御代が聞いた話だと、辻さんが3回戦の予選で戦ったのは
そう悪い“対戦”にならないだろう)
それから桂木を含む5名の賭け《ベット》が完了。辻とミシロの“対戦”が始まる。
展開はほぼ桂木とタテハがやったときと同じ。両者ともにほとんど無言の時間が過ぎ、20ほどを残して両者ともカードをテーブルにセットした。
『それでは、勝負』
ディーラーのコールとともに両者の手が開示される。
出したカードはお互いに“2”。
対戦は引き分けに終わった。
『このゲームは引き分けです。
今回のようにゲームが引き分けとなった場合には、賭けに参加していたプレーヤーも含め、得点変動はありません』
結果の発表時に補足の説明がなされる。どうやら“対戦”が引き分けに終わると、全てのプレーヤーの得点が現状維持のまま次のゲームに行くらしい。
桂木の場合は第1ゲーム勝利時に引かれた1ポイントだけが有効。
つまり残りポイントは24のままであるということだ。
(減点はできなかったか。まあそれはみんな同じ。
だが……)
軽いため息をつきながらモニターを見る。粗い映像に無表情な辻と、ほほえむミシロが映っている。
ミシロの口元が少し動いているようにも見えたが、部屋に音声は流れてこなかった。
ディーラーのコールははっきり聞こえたが、小声の場合は拾えないマイクらしい。
話しているように見えたのはミシロだけだった。対する辻は反応を見せることなく、さっさと会場を後にしていた。
何を話した? ……いや、そもそも辻はなぜミシロを指名したのか。
微かな引っ掛かりを覚えながら、吊り上がったミシロの口元に目をやる桂木。
しかしすぐさまディーラーのコールが響き、桂木の思考はそこで終わった。
次は第3ゲーム。御代が“対戦“相手を指名する番。
——俺を指名しろ、俺を。
そうすれば少なくとも引き分けにはできる。敵にポイントをくれてやることなく終われる。
桂木は両手を握ってモニターに視線を送るが、御代が視線を泳がせながら指名した相手はタテハだった。
(——そうだよな。“対戦”って言い方なんかされたら、味方と思ってる人間を指名しづらい。
御代も普通にそう考えているんだ)
くそ。今は連絡する手段がないのがもどかしい。
これじゃ知恵を貸してやることもできない。御代は自力でタテハに勝つしかない。
さて……どうなる。
またもやすぐにカードを置くタテハ。それに対し、あれこれ探るような声をかけるものの、最後は決定的なものを掴めないままカードを置く御代。
返されたカードは互いに“2”。
第2ゲームの結果をなぞるように、両者の引き分けに終わった。
(こう両者が保守的なスタイルでいると結局誰もポイントを減らせなくなるのか。
それはそれで厄介だな)
第3ゲーム終了時点で桂木が減らせたポイントは未だ1。残り18ゲームで24ものポイントを減らせるんだろうか。
他のプレーヤーも同じ条件とはいえ、桂木の脳裏に不安が過ぎった。
しかしその直後の第4ゲーム。
『オーナーの手は、“5”。チャレンジャーの手は“1”。
このゲームは霧継様の勝利。ポイントが5ポイント減らされます』
——やりやがった。
ここにきてキリツグが最大のリードを獲得しての勝利。桂木の額を冷たい汗が伝った。
モニターの中では霧継が“5”の札を手元に戻している。
いつもどおりの澄ました表情で。この勝利が当然の結果であったかのように。
しかし彼女が会場に背中を向ける間際。桂木は霧継の口元が不気味に歪んでいるのを見逃すことはできなかった。
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