第48話 速攻

 4回戦、零ゲーム開幕。

 対戦相手を指名して行うゲームで、桂木は早々に指名を受けた。


 対戦相手は、タテハシオリ。

 三回戦で霧継きりつぐと共に桂木たちを苦しめた悪魔。


 ——しかしなぜタテハは俺を指名した?

 思考を働かせながらタテハの表情を覗く。


 新たなゲームに戸惑う様子や、勝負への緊張といった感じが桂木には見られなかった。

 すでに何らかの戦略があって勝負に臨んでいるのだろう。そんな雰囲気。


 “賭け”を行う5名のプレーヤーは桂木とタテハを残し、ホールを去っていった。

 プレーヤーにはそれぞれ個室があてがわれ、そこで観戦をすることができるのだそうだ。


 桂木たちも、この“対戦”が終われば個室に案内される。ゲームの前に、ディーラーからそんな説明がなされた。


 ——それにしても最初から指名をくらうとはな。


 さすがの桂木も、少しは心の準備をする時間が欲しかった。

 だが動揺を誘うのがタテハの狙いかもしれない。


 そう思い、桂木は指名されてから着席に至る今まで、表情ひとつ変えることはなかった。


『すべてのプレーヤーが“賭け”を済ませました。それではこれより対決を行っていただきます。


 制限時間は5分間。その間に両プレーヤーは1枚だけテーブルの赤い枠内にカードを置いてください。

 一度枠内に置いてしまったカードは変更できませんので、選択は慎重に。


 それでは、始め』


 そう言ってルピスはテーブルの脇に置かれたタイマーのスイッチを入れた。

 4:59……4:58とモニターに残りの時間が表示される。


 桂木がモニターに目をやっていると、タテハは颯爽と手札から一枚のカードを切った。


 そして置く。赤い枠内に。


 これでタテハはもう、カードを変更することができない。


「——も、もう置きやがった! どういう心臓してんだアイツ!!」


 個室のモニターで“対戦”を観戦していた吉田は思わず声を漏らした。


 開始5秒。まだ探り合いも何も行われていない。


 にもかかわらず、タテハは撤退不能の選択をしたのだ。


「何考えてんだ……まさか何も考えてないのか?」


 ——観戦者の吉田でさえ困惑する展開。そんなさなか、桂木は置かれたカードに目をやった。


 動揺を誘う。

 そのためだけに、こんな手を打つか?


「……いきなりだな。

 いいのか? 俺の出しそうなカードとか探らなくて」


 桂木の問いに、タテハは「かまいません」といつものトーンで返した。


「私はあなたの出すカードを探れない。ただ同じように、あなたも私の出すカードを読みきることは不可能でしょう。


 あれこれ考えても袋小路に行き着くだけ。

 時間の無駄です」


 極限の読み合い。そう銘打たれたゲームの最中に、タテハはそんなことをあっさりと言ってのけた。


 しかしその言葉を鵜呑みにするほど桂木も単純ではない。

 タテハの即決には必ず根拠がある。そう踏んだ。


 ——まあその根拠が何か? って話が重要なんだけど。


 桂木は思考を巡らせた。相手がカードを選ぶ最も現実的な基準はなんだ?


 それを考え始め、最初に至った案は“確率”だった。

 タテハはゲーム開始直後に、どのカードが最も勝ち得るかを考えたのだという可能性。


 もしそうだとすれば合点がいく。相手がそれなりに優れた数学的思考の持ち主なら、どのカードの期待値が最も高いのかを求めるのは難しくない。


 だったら、俺も同じように勝つ確率とやらをはかる必要があるが……。


「……。

 いいよ、俺も決まった」


 桂木は手札のカードを1枚つまみ、テーブルにセットをしようとした。


「ここで俺がカードを出せば、残りの時間はどうなる?」


 それを念のために尋ねてみる。

 ルピスは『同意があればすぐに勝負をすることも可能ですよ』と答えた。


「俺はかまわない」


「私もかまいません」


 両名の同意が得られ、3分を残したまま勝負開始。


 ルピスのコールがなされるとタテハは颯爽とカードをめくった。


 一度セットしたカードは変えられないのだから、もったいぶっても時間の無駄。

 そんなふうに考えているのだろう。


 めくられたタテハのカード。

 そこに刻まれた数字は“2”だった。


「……やっぱりあんたは頭の回転が速い」


 桂木は無意識に賞賛の言葉を漏らした。


「このゲームで最も期待値がいいのは“2”だよな。なぜならまず勝つ確率がいい。

 出せば60%勝てて、引き分けを除けば負ける可能性もたったの20%だ。


 まあ同じように“1”も勝つ確率は60%だが、こっちはリターンが少なく、何より負けたときのリスクがでかい。


 “2”で負けても相手につけられる差は1ポイント。けど“1”を出して負ければ相手と5ポイントもの差をつけられる。


 こう考えれば、最も期待値の高いカードは“2”。それが最も分のいい手といえるのは間違いないから」


 2は1にだけ負ける。1は5にだけ負ける。互いに負ける手はひとつだけ。

 だが1は負けた際にかなり大きな傷を負うことになる。そこが決定的な違いだ。


 タテハのカードを置いた速さ……あれはゲーム開始の時点で、タテハはすでにそこに気づいていたのだということ。


 強者ばかりを集めたと評されるこの“零ゲーム”。

 そこに招かれる資格を持つだけの相手。


 さすがはあの霧継きりつぐが味方につけているだけのことはある。


「——けどこのゲームに限って言えば、その戦略は通用しなかったがな」


 桂木がセットしたカードをめくった。

 そこには1の数字が刻まれている。


「俺の勝ちだ」


 その瞬間。タテハの瞳孔がわずかに広がったのを桂木は見た。


「このゲームにおいて“2”を出すのは最善の手だ。それは間違いない。


 だが最善の手というのは、裏を返せば、最も読みやすい一手でもあるということ。


 そこはきちんと考慮しておくべきだったな」


 モニターに映っている桂木のポイントが減り、25から24の数字に変更される。


『タテハ様のカードは2。桂木様のカードは1。

 よってこのゲームは桂木様の勝利!


 桂木様、及びその勝利の賭けたプレーヤーのポイントがそれぞれ1ポイント減ります』


 ルピスのコールと共に席を立つ。

 テーブルのカードを見つめて動かないタテハを尻目に、桂木はホールの出口へと歩いた。


その手には、小さなガッツポーズが握られていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る