第22話 饗宴の前夜

 牢獄からの脱獄を果たした彼らが、チップの支払い手続きのアナウンスを耳にしたのは直後の出来事だった。


『右手の階段を下りたところに、地下道があります。そちらをお進みください』


 それだけ告げ、放送は途切れた。


 真っ先に上野が、そして続くようにしてつじが階段を下りた。


「あれ? 桂木かつらぎ君は行かないの?」

「少し外の空気を吸ってから行く。久しぶりに密室の外に出られたからな」


 桂木は大きく空気を吸い込んだ。


「私ももう少ししたら行きますね」

「じゃあ僕も……」


 桂木と御代みしろに合わせようとした吉田だったが、言葉を途切れさせた。


「いや、やっぱいいや。先に行ってるよ」


 踵を返すと、吉田は手を振った。御代はそんな吉田を「お疲れ様です」と言って見送った。


「二人っきりになっちゃいましたねー……」


 なんとなく御代は口にした。何も考えずに言った言葉だった。


「——。

 ふ、ふふふ二人っきり!?」


 なんとも器用なことに、御代は自分の言葉で自分の状況に気がついたようだった。


「どうしたんだ? 急に固まって」


 桂木が御代を覗き込む。


「いえ何でもっ!」


 御代は固まった顔で後ずさった。


「そ、そういえば月が綺麗ですよね」


 露骨な話題変更なのは承知の上だったが、火照った顔を見られるのが嫌で、御代は頭上の満月を指した。


「蒼い満月なんて見られませんもんね。素敵じゃないですか?」

「そうかな」


 桂木は浮かない表情で空を見上げた。


「俺はあまり好きじゃないな。ここが元の世界とは違うってことを、嫌でも意識させられる」

「あ……ご、ごめんなさい」

「いいんだ。……少しナーバスになっているのかもしれない。気を遣わせてごめんな」


 繕うようにして桂木は微笑んだ。


 珍しいな、先輩がこんなふうに思いつめるなんて……。なんだか新鮮さを感じながら御代は桂木の顔を横目に眺めた。


 そしてアンニュイな桂木もちょっといいなぁ、とか思っていた。


 普段はばりばりのスポーツマンで、でも本とか好きで頭はよくって、なかなか無敵だと思っていた先輩もこんな顔をするんだ。物腰も繊細で柔らかいし……。


 瞬間、御代の脳は雷光のように閃いてしまった。

 これはもしかして、俗に言うところの吊り橋効果ってやつなのでは? と。


(も、もしこれがドキドキの必殺シチュエーション“吊り橋の上の男女”!

 なのだとすると……するならば、わたくし御代みしろ優理ゆうりにとって逃すことのできない大ちゃんす!


 意中の男子と吊り橋に乗ったなら、あとは恋の滝つぼに真っ逆さま。倫理の板を踏み外し、愛の奈落にフォール・イン・ラブ♪


 よくわかんないけど、たぶん今そんな感じ!? 


 

 今なら桂木先輩も、私の誘惑にコロっといっちゃうんじゃないですかッ!?)


 いっちゃっているのは他ならぬ彼女だが、御代の頭はそんなことばかりをフルスロットルで考えていた。

 ゲームの最中よりもむしろ脳細胞が活性化しているくらいだ。


「あ、あのう、桂木先輩」


 こくん、と唾液を飲み込んで御代は口火を切った。


「その……二人っきりですね」

「? そうだな。それさっきも聞いたぞ」


「ここに来たときと一緒ですね」

「来たとき? ——ああ、御代の家にいた時か」


 まさかこんなことになるとは思ってなかったな、と桂木が苦笑する。


「あのときは邪魔されちゃいましたけど……私、先輩に伝えたいことがあったんです」


 とく、とく、とく、とく。

 心臓の高鳴りに耐えながら、御代は言いたいことを頭の中にまとめていた。


 伝えなきゃならない気持ちがある。

 今なら、私はそれを言える。


「あの、私、先輩と——」


『桂木様、御代様。手続きへお越しください』


「手続きへ——! ……手続き?」


 突如として入ったアナウンス。御代は目を点にした。


『受付締切の時間が迫っております。すぐに会場へお越しください』


「のんびりしてる場合でもなさそうだな。行こうか。御代」

「……はい……」


 高まりきった気運を削がれた反動だろうか。御代はどんよりしたテンションで、桂木の後ろに続いた。


「込み入った話なら、元の世界へ戻ってからまた聞くよ。

 二人で話す時間なら、いくらでも作れる」


 御代の気持ちを知ってか知らずか、桂木はそんなことを言った。

 振り絞った勇気が、御代は少しだけ報われた気がした。


「ん?」


 階段を下りる最中、桂木が急に足を止めた。それに合わせて御代も階段の途中で立ち止まる。


「どうかしましたか?」尋ねると、桂木は切り立った崖の上の辺りを指した。


 そこには、自然ばかりの光景に、ぽつんとひとつの人工物。古城がそびえていた。


「お城……ですよね、あれ。なんであんな場所に?」

「さあ。——悪魔たちの住処だったりしてな」


 ぽつぽつと明かりの見える窓を見ながら、桂木たちは答えの見つけられない推測を交わした。






 そして桂木たちが、城を遠目に見ている頃。桂木たちの見ている建物の一室には、各ゲームを取り仕切るディーラーたちが集いつつあった。


「——シェリアはまだなの?」

「手続きが遅れているそうよ」


「あの子、何ブロックだったっけ」

「Cブロックじゃなかったかしら」


「Cね。目ぼしいプレーヤーはいるの?」

「確か、一人いると聞いているわ。


 名前は……そう、桂木かつらぎ千歳ちとせ。これまでのゲームで全て勝利。

 それも悪魔だけをピンポイントで倒して勝ち上がっているそうよ」


「へえ、面白いことする人間がいるのね。でも面白いのならこちらにもいるよ。

 今まで全てのゲームで単独勝利し、チップを奪い尽くしている人間が」


「その二人って、順当にいけば三回戦で当たるらしいわね」

「そりゃあ見ものだね。

 今まで悪魔だけを倒してきた人間と、相手を問わず全滅させてきた人間の対決かぁ。

 どっちが勝つかな」


「賭ける?」

「そのゲームに関わらない私らは、賭けても怒られないわよね。

 じゃあ私は桂木の勝利にチップ10枚! あなたは?」


「そうね……。

桂木が敗れる方に、チップ100枚を賭けておこうかしらね」





二回戦 脱獄ゲーム 了

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