第21話 誰も欠けることなく

 エリア3。『脱獄ゲーム』に臨んだ5人の人間は、ついに脱獄成功まで扉一枚の場所へ迫っていた。


 手元には3‐A、3‐B、そしてマスターキー1本。

 全員が助かるための鍵は全てが揃っていた。


「まったく、ひやひやしたよ桂木かつらぎ君」


 力が抜けたように、吉田は壁に背中を預けた。


「君がサクラミの取引に乗るって言ったときさ。マジで裏切られるかと思った」

「ああ……悪かったよ。でも裏切った感を出した方が、サクラミが作戦に気付きにくいかと思ってさ。

 まあ結果として、吉田をビビらせまくっただけに終わったけど」


「勘弁してくれよもう……寿命が縮んだって」

「大丈夫だ。チップが減っていなければ寿命は変わってない」

「な、慰めになってない!」


 吉田は桂木の微妙なSっ気を垣間見た。


「だがあの展開はさすがに、儂も驚きを隠せなかったな。

 御代みしろ君だけは落ち着いていたように見えたが」


 しばらく大人しくしていた御代に、辻が問う。

 御代は「いえ、私もどきどきしてましたよ」と胸を抑えた。


「でも考えたら、桂木先輩が私たちを裏切るわけないって思いました。

 そしたら自然に落ち着いていられて……。本当になんとなく、なんですけど」

「——通じ合っているのだな。君たちは」


「え? 本当ですか? お似合いですか? 私たち」

「いやそうは言っていないが……」


 御代慣れしていない辻が、戸惑うような視線を桂木に向ける。

 放っておきましょう。桂木の目はそう語っていた。


「まあ雑談はその辺にしてさ。桂木君、彼はどうするよ」


 少し離れた場所へと吉田が視線を送った。そこには桂木たちのやり取りを遠目にうなだれる上野の姿があった。


 先ほどまでの威勢を完全に失った上野は、盲従するように桂木へ鍵を手渡した。

 自分が助かるにはそれしかないと分かっているようだった。


「彼も自分では人間だって言ってるけどさ。信じられたもんじゃないよね。

 現にサクラミだって悪魔だったしさ」

「悪魔であろうがなかろうが、彼は一度、悪魔の側に肩入れをしている。

 今後を考えるなら、助けるかどうかは一考が必要ではないか? 桂木君や」


 上野の処遇について意見が交わされる。

 御代だけがそれに加わらず、ただ心配そうに上野を見ていた。


「一応、訊いてみよう。上野」


 桂木の声に、上野は憔悴した顔を上げた。


「お前は一回戦で多額のチップを奪われたと言ったな。もしこのゲームにも敗れた場合、残りのチップはいくつだ」

「残りは……枚だ」


 それを聞いた辻と吉田は、厳しい目つきをわずかに緩めた。

 彼らにもわかったようだ。上野はここで救われなければ、生還の可能性が大幅に低くなってしまうことを。


 ここで上野を切れば、自分たちの得られるチップは一人分増える。だが……。


「御代、お前はどうしたい」


 桂木はまだ意見を表明していない最後の一人、御代へ話を振った。


「遠慮なんかするな。自分の考えを素直に言ったらいい」


 桂木が一言を足すと、御代は結んでいた唇を開いた。


「私は、上野さんを助けたいです」


 そうして、思いの丈を思い切り口にした。


「上野さんは一回戦でたくさんのチップを失ったと聞きました。

 もしこのゲームで負けたら……そんな恐怖は人一倍、強いものがあったと思います。


 私だって、もしも一回戦でチップを失っていたらどんな行動に出ていたかわかりません。


 幸いにも私には桂木先輩や吉田さんが傍にいました。恵まれていました。

 でも、上野さんはそうじゃなかった。それだけの違いだったと思うんです。


 大した役にも立ってない私が、皆さんにこんなことお願いするのはおかしいです。けれど、どうか」


「何を言ってんだよ御代ちゃん!」


 流れも何もかもをぶった切って叫んだのは、吉田だった。


「御代ちゃんが役に立たなかったわけないよ! 作戦を立てる桂木君を、いつも一番傍で支えていたのは御代ちゃんじゃないか!」

「儂も同感だ。

 御代君がいなければ、儂がいま君たちとこのエリア3にいることも無かっただろう」


 口々に、御代への思いが語られる。そのどれもが心からの言葉だった。


「だそうだ、御代。胸を張っていい」


 桂木が微笑む。それで御代はやっと


「……はいっ!」


 向日葵みたいな、いつもの笑顔で返事をした。


「気が変わった。やっぱり僕、上野……くんを助けたいと思うよ。

 手に入るチップも+4枚でいい」


「この男がこの先、裏切らんとも限らない。

 が、桂木くん。君が良しとするのであれば儂も合わせよう。このチームのリーダーは桂木君、君なのだから」


 全員の視線が桂木へと注がれる。

 もう固まったようなものだな。


 桂木は小さく頷いた。御代の言葉を聞いたとき、桂木もまた、自分の心は固めていたのだった。


「決まりだな。俺たちのチームはお前を助ける。

 三人に感謝をしておけ。上野」

「……」


 上野は言葉にならないながらも、桂木たちに向けて頭を下げた。

 威嚇するかのような鋭さは消え、長い悪夢から覚めたような顔をしていた。


 そして5人は3の扉を突破する。


 扉の外は、山と木々と、河と湖が景色を彩る広大な平野だった。頭上に上った青い月が、目に映る世界と5人を照らしていた。

 ゲームのクリアを祝福するかのように。

 あるいは、新たなゲームへ進む彼らを歓迎するかのように。


『ゲームセットです』


 扉の外側に備え付けられたスピーカーから、タイムアップをアナウンスが流れる。


 二回戦“脱獄ゲーム”


 桂木たちは一人の命も欠くことなく、戦いの勝利を収めたのだった。

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