第16話 状況開始

「信用できるかよ。お前らの言うことなんかよぉ!」


 怒号にも似た上野うえのの威嚇が、会場に響いた。


「どうしてだ! 僕らと組まないと、君ら二人が勝ち抜くのは不可能なんだぞ!」


 触発されたかのような形で吉田も昂った声を上げた。

 上野は唾を吐くと、言葉もまた吉田に向けて吐き捨てるように言った。


「俺たち6人で勝ち上がって何の意味があるよ? 俺もお前らも、誰もチップが儲からねーじゃねえか。


 そもそも4人いてすでに有利なお前らが俺を救う? 罠に決まってる。

 助けるとか何とか言いながら、チップ奪って切り捨てる気なんだろ。


 うまい話なんてあるわけねーんだ。

 一回戦でこっちは身に沁みてわかってんだよ!」


 まくしたてるように言い切ると、上野は吉田に背を向けた。


「なにかあったんですね。きっと」


 上野の姿を遠目に見ながら、御代みしろは寂しそうに言った。


 悪魔を倒して人間みんなが勝ちあがる。そんなこの上ない円満の決着を、桂木かつらぎたちは一回戦で迎えることができた。

 しかしどのブロックでも平和な決着を迎えられたはずはない。そんな現実を、上野の姿が物語っていた。


 言葉を返せなくなった吉田が桂木たちのもとへと戻る。


「ごめん。説得……できなかった」

「気にするな。お前のせいじゃない」


 あの様子じゃきっと誰が行っても同じだっただろう。

 桂木はねぎらいの意味をこめて、戻ってきた吉田の肩をたたいた。


「先にご年配の方……つじさんを先に当たるほうがよさそうでしょうか。

 よければ私が行きますよ。おじいちゃんおばあちゃんにはウケがいいんです。私」


 いや、ウケとかそういうのでなんとかなるんだろうか。

 御代のノリに突っ込みたいところではあったが、桂木はなにも言えなかった。


 おそらく自分が行ったところで、彼らの頑なな態度は崩せない。

 御代はそういう方面に長けているかもしれないが、いかんせん直情的だ。


 まだ可能性がありそうなのは……。


「私が行くわ」


 名乗り出る声は、桂木が視線を向けるよりも先に発せられた。

 声の主は桜海さくらみだった。


「ひとつ考えを思いついたの。

 私が、あの二人を動かしてあげる」


 私に任せて。そう残して、桜海は上野の方へと向かった。


 凛とした立ち振る舞いに、自信に満ちた表情。モデルみたいに綺麗な姿勢で歩くさま。


 根拠はないけれどなんかうまくいきそう。

 桜海の雰囲気を見て、御代と吉田はそんなふうに思った。


「ゲームが始まる前にちょっと聞いたんですが」


 桜海を見ながら、御代が神妙な顔で言った。


「桜海さんってチアリーディングをやっているそうですよ。ゲームには関係ないですけど」

「——!」


 ……。

 本当に関係ないな!


 なぜ今言ったんだ……。問い直す気にもならず、桂木は桜海の挙動に集中した。


 上野が自分の傍に来た桜海に気づいた。寄るんじゃねーよ! 上野のとげとげしい叫びが、桂木たちの所へも届く。


 しかし桜海のほうは声が小さく、やりとりの内容まではわからない。


「説得はうまくいってるのかな」


 吉田が心配そうな表情だった。桂木は表情こそ変えなかったが、桜海と上野の様子は注意深く見守った。


 桜海がなにか長く話している。すると上野は徐々に大人しくなり、彼女に視線を向け始めた。


 それから2分ほど話すと、桜海は辻の側へと足を運んだ。ここでも桜海が長く話しているようだったが、やはり内容までは桂木たちの耳まで届かない。


 辻の方はというと、桜海が話を進めるにつれ徐々に顔が青ざめていった。


 そして話が終わったのか、桜海はかがめていた腰を伸ばして桂木たちを向いた。


 その表情には、どこかクールな彼女が今まで見せなかった、満面の笑みが浮かんでいた。


 瞬間。桂木たちの背中を強烈に冷たいものが走った。


 何が起きているのか、その現状を彼らが理解したわけではなかった。

 痛烈に予感がしたのだ。嫌な予感が。


 それは桂木たちが笑顔の裏に隠されたものを。

 桜海の悪意を汲み取ったからに他ならない。


「説得完了。

 かつ

 状況開始」


 桜海が片手を挙げた。それを合図に、今まで硬直していた上野が突如として1‐Bの扉へと走った。


「! なんだ……? なにが起きた!?」


 上野の姿が扉の向こうへ消えた頃になって吉田が叫んだ。彼に答えを返したのは、起伏のない桜海の声だった。


「なにって、説得が成功したのよ」

「意味わかんないって!」

「でしょうね。では教えてあげる。


 実は私、悪魔なの」


 その告白に、桂木たち3人は呆気にとられるばかりだった。


 桜海彩は——サクラミアヤは悪魔。桂木たちも言葉の意味は飲み込めた。

 けれど頭の整理はつけられず、話についていくのがやっとだった。


 人間たちがそんな状態でも、サクラミは構わず畳みかける。


「一回戦ではバレなかったけれど、実は私、悪魔なの。

 だからこのゲームではあなたたち三人を裏切って戦うことにするわ。


 だってこのまま皆が仲良く勝ち上がり。ではあまりにつまらないもの。

 ヌルい現状は一旦壊してあげるから、私を楽しませて頂戴」


 そして翻り、サクラミは悠然と1‐Aの扉を出て行った。


 もちろん、それは桂木たちにとって阻止しなければならない事態である。

 けれど思考が凍結したままの三人にはそれができなかった。サクラミの狙い通りに。


 ただ呆然と、敵が出ていく背中を見送ることしかできなかった。

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