第17話 破壊された鍵
「そんな……サクラミさんが悪魔だったなんて。一回戦でちゃんと確かめたのに」
「嘆いても仕方がない。立て直すぞ」
嘆く吉田に
とりあえず新たに分かったことは二つ。
サクラミが悪魔であること。
そして胸に触れて悪魔を判別する方法は、必ずしも正確ではないことの二点だ。
「改めて現状を確認しよう。ただ……冷静に聞いてくれ。
今のサクラミの裏切りで、俺たちは一転、窮地に追い込まれた」
「どういうことですか? 先輩」
「いいか。いま俺たちのチームが持っている鍵はこの通り」
そう言って、桂木がペンを走らせる。
桂木:2‐A、2‐C
御代:1‐B、2‐B
吉田:1‐A、M(マスター)
「ですよね。サクラミさんが抜けた今、そういうことになります」
「だがこの6本のうち、1‐Aと1‐Bの2本はもう使えなくなった」
「え? なんでさ」
吉田が裏返った声を上げた。
「上野とサクラミが、マスターキーを使って扉を出たからだ」
桂木は扉の、特にドアノブの部分を見るように促した。
鍵穴にはサクラミと上野の挿した鍵がそのまま残っている。
「マスターキーは挿したら二度と抜くことも、回すこともできない。
つまりもうあの扉に鍵を挿すことはできないということだ。
マスターキー最大の利点はどんな扉も開けられることじゃない。抜けないというリスクを逆手に取れば、ナンバー一致の鍵を潰せることにある。
サクラミはそれに気がついて、上野とともに俺たちの鍵を使用できなくした。
説得の時点ですでに俺たちは先手を取られていたんだ」
「……っ」
桂木の説明で、御代と吉田はサクラミアヤという敵の怖さをにわかに捉えはじめた。
しかしサクラミの仕込んだ毒はこんなに薄いものじゃない。自身も頭を整理しながら桂木は続ける。
「つまり現在、俺たちが使える鍵は4本。
桂木:2‐A、2‐C
御代:2‐B
吉田:M(マスター)
そうなると何が変わるか。俺たちは三人のうち、一人しかエリア2へ進めない。
だって吉田の持つマスターキーしか、もう1の扉を開けるすべがないから」
「じゃあ先輩。三人のうち二人は……」
このままじゃ、負ける。そういう状況をサクラミは作り出した。
誰もが認識していたが言葉にはできなかった。
「あ、でもさ!」
何かを思いついたのか、沈んだ顔をしていた吉田が身を乗り出した。
「こちらにはまだ一人、辻さんが残ってる! 彼と協力できればもしかして!」
相手がこちらを見ていることもはばからず、吉田は離れた場所の辻を指した。
「確かに。辻さんが1の鍵を持っているなら、まだ勝てる可能性はありますね」
「その考えは間違ってないよ。ただ」
それも簡単な話じゃない。サクラミが彼に話したこともひっかかる。
辻はサクラミとの会話の最中、明らかに青ざめた顔をしていた。
サクラミは彼に何を吹き込んだ?
「とにかく、です」
桂木が押し黙り、硬直した空気をほぐすように御代が言った。
「辻さんと交渉しないことには、どうにもできないわけですよね。だったら難しくてもチャレンジあるのみです!
時間も限られていますし。ね? 先輩」
現実を受け入れた上で、御代は前向きなことを言った。理想を大切にするが、現実から目を背けない考え方。
変なところでバランスの取れた娘だな。険しかった桂木の表情が少しだけ緩んだ。
「私に行かせてください。説得、私が挑戦してみます」
できるかどうかはわかりませんけど……。語尾に浮かんだ言葉は飲み込んで、御代は立ち上がった。
「ぼ、僕も行くよ」
「ありがとう、吉田さん。心強いです」
にっこりと御代が笑う。見ている方が支えられるような笑顔だった。
御代の言葉をきっかけに、攻勢のムードがにわかに高まった気がした。桂木もそれは感じていた。
けれど現状が好転したわけではない。逆転のためには、どうしたって策が必要になってくる。
この状況に一石を投じる策が。
……。
「わかった。とりあえずは、辻の説得を御代と吉田に任せる。頼んだぞ」
その言葉に二人は力強く頷いた。
そして桂木は。
「俺はその間、ひとつの可能性を検証する。
——御代。それ、貸してくれるか」
「? それって?」
「右手に持ってるやつだよ」
指摘されて、御代はようやく手に持ったタオルの存在を思い出した。汗を拭くために控室から持ってきたものだ。
「何に使うんですか? こんなの」
「検証だよ。こいつが必要なんだ」
「で、でもだって、私が汗を拭いたやつですよ。汗くさいかもしれないんですよ?」
「大丈夫だ。気にしないから」
「私が気にするんですっ!」
「……ああもう」
頑なな御代に、桂木は頭を掻いた。こんなやりとりに時間を割いている余裕はない。
「作戦の構築に必要なんだ。勝つためのな」
腹のうちに秘めた構想の尻尾を、ついに明かす。
桂木の戦略。
耳にした御代と吉田は、あんぐりと口を空けた。
「わかったらさっさと貸す」
「ひゃっ!」
急に腕をつかまれ、御代は文字通り変な声を出した。
それでも抵抗はすることなく。最後は従順に、桂木にタオルを渡した。
「……嗅いだって、いい匂いなんかしないんですからね」
「俺は変態か。妙な心配しないで行け」
「——了解です」
最後に軽口を交わして、チームは分散した。
受け取ったタオルに桂木は視線を落とす。そして鍵。
キーホルダーと鍵をつなぐ細いチェーンが、手の中でじゃらりと鳴った。
上手いことやれば逆転のすべはまだある。
待っていろ、サクラミ。
すぐに追撃してやるから。
桂木はサクラミの出て行った扉を見据えた。
黒くて重たげな鉄扉一枚を隔て、桂木とサクラミはお互いの立つ場所を見ていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます