第15話 勝利確定。しかし
ランダムで配られた2本の鍵を駆使して、扉を3回通過する。それができれば脱獄は完了となる。
ナンバー一致の鍵で開けられた扉からは、二人までが通過できる。
マスターキーで開けられた扉は開けた本人のみが通過できる。そしてマスターキーは挿したら二度と抜けない。
通過しなければならない扉が3枚なのに対し、配られた鍵は2本だけ。
協力と交渉は必須。それらを駆使して、ゲームのクリアを目指す。
これはそういうゲームだ。
ゲーム開始と同時に、桂木たちは一か所に集まっていた。
メンバーは
一回戦を同じブロックで戦った四人だ。
「つまり、クリアまでの道のりはこうなっているわけだ」
配られた封筒の裏面に、桂木は簡単な図を記した。
○エリア1(現在地)
→扉 1‐A、1‐B、1‐C、1‐D
○エリア2
→扉 2‐A、2‐B、2‐C
○エリア3
→扉 3‐A、3‐B
◎脱獄完了(ゲームクリア)
「俺たちはいま4人で組んでいるから、ここには合わせて8本の鍵がある。
この中に各エリアを突破する鍵が2本ずつあれば、現時点でクリアは確定だ」
「あるいはマスターキーが2本混じっていれば、ナンバー一致の鍵がひとつ足りなくても埋め合わせは可能ね」
「なあ、それって楽勝なんじゃ?」
桂木と桜海の確認に、吉田が楽観の漂う調子で口を挟んだ。
「だって12本のうち、8本がもう手元にあるんだよ?
それでもクリアができないパターンなんてあるんだろうか」
「そうね」
なかなか的を射た吉田の発言に、桜海が頷いた。
「私たちが勝てないパターンはたった二つだけ。
① 3の鍵を残る二名が独占している
② 3の鍵ひとつと、マスターキー二本以上を残る二人が所有している
このゲームで最後に問題になるのは、扉の数が少ないエリア3をどうやって突破するか。……なのだけれど、吉田さんの言うようにほとんど大丈夫と言っていいと思うわ。
ねえ? 桂木さん」
自分とまったく同じ桜海の見立てに、桂木は大きく頷いた。
楽勝であるかは確認を待つとしても、四人で組む自分たちがすでに大きく優位に立っていることはまぎれもない事実だ。
命がけのゲームに際して、油断する瞬間があることを桂木は良しと思わない。けれど、いたずらに不安を煽ることもまた望ましくない。
だからなにも言わず、桂木はただ首を縦に振った。
「よっしゃ! だったらさっさと勝ちを決めちゃおうぜ! 」
「……。桂木先輩は、それでいいですか?」
黙って話を聞いていた御代が口を開いた。
言葉はただの確認だが、なにか他にも言いたげなのは桂木の目にも明らかだった。
「先のことを話すのは、まず鍵の確認を済ませてからだ。
かなり低い確率とはいえ、必要な鍵を残る2名が独占していないとは限らない」
桂木の提案に全員が頷いた。
それぞれの封筒を開き、キーホルダーの文字を見せ合う。
桂木:2‐A、2‐C
御代:1‐B、2‐B
吉田:1‐A、M(マスター)
桜海:3‐B、M(マスター)
「えっと……1の鍵は2本、2の鍵は3本あるからオッケー。
3の鍵は一本しかない……けどマスターキーが2本ある。
ってことは」
「ええ。私たちの勝ち抜けは確定ね」
「よっしゃあ!」
吉田の叫びが、うすら寒い会場の空気を震わせた。その声に、桂木チームから離れた場所の二人は不安げな視線を向けた。
桂木チームがすでに勝ちを決めているなら、もはや他の誰とも協力する必要などない。もちろん残る2人を救う必要も。
けれど。
「できれば……その」
俯くようにして、御代は言った。「どうしたの? 御代ちゃん」必勝ムードとはかけ離れた調子で話す御代に、吉田が心配そうに聞く。
御代は言いにくそうに視線をさまよわせたが、最後はきちんと仲間たちの目を見て話を始めた。
「できれば、あちらの二人も仲間に入れることはできないでしょうか。だってあの二人も、私たちと同じ人間かもしれないです。
遊びでゲームに参加する悪魔にとっては、チップはおもちゃの一つに過ぎないかもしれません。
けれどもし二人が人間だったら、チップを失う事は命を失う事と同じです。そしてチップを奪うことは、命を奪う事と同じです。
そんなことばかり言っていられない状況なのは……わかってます。
わかってますけれど、私にはどうしても割り切れません」
皆さんはどうですか? 御代が瞳で問う。
「……」
桂木は——いや、三人の仲間は思わず押し黙った。
常識のもとで考えるなら、御代の言うことは倫理に裏打ちされた正論に違いない。
人が人の命を奪うわけにいかない。それが正しいことなのは、桂木にだってわかっている。
けれどこの状況。奪わなければ自分が奪われる世界で、道徳を貫くことが果たして正解なのか、不正解なのか。
あるいはどちらでもないのか。
誰にも断言できようはずもない。
御代は自分の考えを押しつけるような言い方をしなかった。
だから桂木も吉田も「綺麗ごとを」と、切って捨てることはできずにいた。
特に桂木は。
一回戦で御代の真っ直ぐさに救われた桂木は、他のプレーヤーに比べてその思いは一段と強かった。
「じゃあ、こうしよう」
思考を働かせた末、桂木はひとつの落としどころを見出した。
「とりあえず向こうの二人とは話をする。そして二人が悪魔かどうかを“鼓動の場所”で確認し、人間なら救う。
心臓の鼓動が右にあれば悪魔。それは一回戦でわかったことだしな。それを使おう。
もし仮に両方が人間だったとしたら、このゲームでチップを増やすことはできずに終わってしまう。でも、ここで手を組めば次のゲームで協力できる仲間は増えるし、戦略も大幅に広げられるだろう。
メリットとしては充分だ」
二人を救う意義を、自分なりの言葉で桂木は説いた。
善意の感情に訴えるのではなく、損得の感情に訴える……そんなやり方で。
桂木の言葉に、桜海は考え込むような仕草を見せた。
「——そうね。桂木さんの言うメリットは確かに魅力的。
それに可能なら、御代さんの言うように残る二人を助けられる方が気持ちは楽よね。
気持ちが楽なら、それはゲームにだって影響するはず。
私は賛成するわ」
桜海が立場を表明すると、彼女の顔色を窺うようにしていた吉田も
「わかった。僕も、協力するよ」
と、自分の意志を固めた。
「みなさん、ありがとうございます」
御代は頭を下げた。まるで自分が救われたかのような顔をしていた。
「よっしゃ! そうと決まれば善は急げだ。さっそく話をしてくる!」
「お、おい」
桂木の静止も待たずに吉田が二人のもとへ駆け寄ってゆく。桂木は小さくため息をついて、吉田の背中を見送った。
どうにも猪突猛進タイプのメンバーが多いな。うちのチームは。
そんな風に思っていると、御代が
「もう。猪突猛進なんですから」
と言った。え? お前が言うの?
「それより先輩、ありがとうございました」
「なにが」
「さっきの説得ですよう」
かっこよかったです♪ と御代が笑顔で付け足す。
「私じゃとても、あんな風にみなさんの気持ちを動かすことなんてできませんでした。
やっぱり先輩はすごいですね!」
「そんなことはない」
「もう。謙遜しちゃって」
桂木の脇を御代のひじがつつく。本当に謙遜なんてしているつもりはなかった。
吉田と桜海の判断を動かしたのは、自分一人の力じゃない。そんな風に思ったからだ。
吉田と桜海を動かしたのは桂木だが、そんな桂木を動かしたのは、御代だったのだから。
「でもやっぱり、先輩は素敵ですよ。
さすがは私の見ほ……じゃなくて見込んだ男性ですね!」
「何でちょっと上から目線なんだよ」
桂木は手刀を作ると、軽く御代のおでこを小突いた。
そんな漫才みたいなやりとりが繰り広げられる一方で。
説得に臨む吉田の側は難航——というよりも、完全に修羅場と化していた。
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