第75話 開幕
全ての始まりは、日常の1ページに潜んでいた。
ゼミの後輩に勉強を教える。あの日の予定はそれだけのはずだった。
机を挟んで向き合う後輩が何かを言いかけた。
そのとき、クローゼットの横にある大きな鏡が、突然光を放った。
気がつくと、鏡の中に引きずり込まれていた二人。
その日、文字通り命を賭けた戦いが幕を開けた。
——電池の切れかかった携帯電話に目を落とし、
ゼミの仲間と撮った写真が液晶に映っている。
後輩の女の子と並んで笑う自分。鼻の先に迫る悪夢の気配などまるで感じている様子はない。
暢気なもんだったな。何が待っているかも知らないで。
握られた数枚のコインが、手の中で擦れる音を立てた。一枚が一年の寿命で換算されるチップ。そしてそれを奪い合う悪魔のゲーム。
第1ゲーム『クラッシュ・チップ・ゲーム』
第2ゲーム『脱獄ゲーム』
第3ゲーム『トラップルーム』
第4ゲーム『零ゲーム』
知恵を絞り、自らを奮い立たせ、仲間と手を取り合い、時に心折れそうになりながらも、彼は過酷なゲームを生き残ってきた。
そして次のゲームはきっと自分の戦う最後のゲームになる。確信めいた予感を抱きながら、桂木は黒いチップに目を落とした。
自分の寿命を具現化したチップ96枚。
元の世界へ戻るのに必要なチップはあと4枚。
この馬鹿げた遊戯も次で終わりだ。
きっと、あの穏やかだった毎日を取り戻してみせる。
スマホの明かりを落として顔を上げる。瞬間、壁にかかった時計のふたつの針が12の文字に重なった。
「お時間です。桂木様」
部屋の入り口より聞こえた声を受け桂木は立ち上がった。
薄暗い廊下を、案内人の持つランタンの明かりがぼんやりと照らしていた。
スーツ姿に身を包んだ女の後について歩く。桂木はその背中に「今回は案内人なのか」そう小さく言葉をかけた。
「ええ。私はもともと、プレーヤーを志願していたわけではありませんから」
淡々とした声調で、タテハは語った。
「私の仕事はプレーヤーの力量を測ること。ゲームへの参加はその手段のひとつに過ぎません」
「成程。なら俺はあんたに“選ばれた”わけだ」
「その通りです」
答えるタテハの脳裏には、第3ゲーム・第4ゲームで強敵たちと渡り合った桂木の姿が浮かんでいた。
「第1・第2ゲームではフジウラとサクラミを相手に勝利を収め、前のゲームでは遂にあの
あなたは認められたのです。次のゲームに相応しいプレーヤーとして」
「相応しい、か。
ずっと疑問に思っていたが、どうして人間の知恵を試すようなマネをする」
桂木は燻っていた疑問を口にした。
「ゲームの目的は暇つぶし……何度もそう言っていたな。だがそんな戯れのためになぜ調査なんて面倒なことをする必要がある?
お前たち悪魔にはまだ別の狙いがあるんだ。
俺にはそういう風に思えてならない」
これまで澱みなく言葉を返していたタテハが沈黙した。その反応だけで桂木にとっては自分の仮説が裏付けられたも同じことだった。
昇りきった階段の先に大きな扉が現れる。
タテハは扉に両手をかけると「——あなたが、もしも」桂木のほうを振り向かずに言った。
「あなたが次のゲームが終わって尚も生き残っていたのなら、全ての疑問にお答えをしましょう」
タテハははっきりと約束を口にした。
なぜそんな約束ができる? 桂木にそんな疑問が浮かんだのは当然のことだ。悪魔が自分たちの目的を話すメリットなど何もない。
タテハにも桂木の胸に生じた疑問が分かっていた。分かっていながら、答えは胸の内に留めた。
『あなたは次のゲームできっと死ぬ。だから約束しても構わない』という、端的な答えを。
やや重い金切り音を立てて扉が開く。
桂木は謎を払拭できないまま、タテハに促され部屋へと足を踏み入れた。
扉が閉じる直前、見えなくなる後ろ姿にタテハは深々と頭を下げた。
「桂木様。あなたでさえこのゲームを生き残ることは極めて難しい。
それでも……せめて御健闘を」
その呟きは厚い扉に阻まれ、廊下の闇へと吸い込まれていった。
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