第76話 ファイナルステージ

 会場に足を踏み入れた瞬間、突き刺さるような視線を桂木は感じた。


 ダンス・ホールほどの広さの部屋。それぞれ離れた場所に待機するプレーヤーたちが、訪れた青年へと目を向けている。


 バーのカウンターを思わせる椅子に一人。入ってきた扉とは別の扉の脇に一人。

 そして、骸骨のステンドグラスの真下に一人。大きなモニターの前に一人。今のところは四人だけの姿が室内に確認できる。


 桂木はそれぞれに一瞥を向けると、視線を部屋の内装に移した。これまで会場となった場所よりもやや広めの部屋だったが、太い柱も障害物もなく、全体を見渡すのに不便はない。


 天井にはステンドグラス。ホールの隅には扉が三つ。昇りと降りの階段がそれぞれ一つ。

 扉の上には、三種類の壁画。棚にビンの並べられたカウンターと椅子。そしてテーブルとソファがいくつか。


 これまでの殺風景な会場とはどこか雰囲気が違うな。そんな風に思いつつ観察をする桂木の前に、プレーヤーの一人が現れた。


「こんちわ」


 そう言って人の良さそうな笑顔を浮かべたのは、先ほどまでバーの椅子に腰かけていた男だった。

 明るめの茶髪にピアス。居酒屋のアルバイトにいそうな風体をしている。加えて大学の学友くらいのノリで寄越された挨拶に、思わず桂木も「初めまして」と返した。


「お! 挨拶を返してくれたのキミが初めてだよ。他の人は全然相手してくんないの。

 いやぁ、話せそうな人が居て良かった良かった。

 あ、オレ武藤。武藤むとう一真かずまね。よろしく」


 そう言って武藤は手を差し出した。桂木はほんの少しの間を置いたが「桂木千歳だ。よろしく」そう言って手を握り返した。


「——ふぅ。やっとリラックスできた気がするよ。桂木クンのおかげだ。

 もうマジで寂しいのなんのって。ほら、オレって黙ると死ぬタイプじゃん」


 いや知らないが。内心で突っ込みを入れた桂木には苦い笑みが浮かんでいた。

 しかし武藤は黙る様子などない。構わずに喋り続けている。


「ラッキーだったなぁ。キミみたいな人と会えて。

 これから命賭けてゲームするってのにさ。始まる前まで殺気立ってたら気がもたねーよな」


「随分と楽観的だな」


「や、そうでもないって。ぞっとしないわけないじゃん。負けたら寿命が減るんだぜ? 

 対戦相手っぽい連中も、やたら頭が切れそうだしさ」


 促され、武藤の指す先の人影を見る。ストライプのスーツに身を包んだ、三十代前半ほどの男が壁にもたれ掛るようにして立っていた。数枚のチップを握り、手の中で遊んでいる。

 だが桂木が顔をまじまじと見た瞬間には、その手を止め、男もまた桂木と武藤のいるほうへと顔を向けた。観察されていることに気が付いたらしい。


「やべ、こっち気づいたな」


 武藤は慌てたように視線を逸らすと、今度はバーのほうへと注意を促す。その先には女がバーの椅子でカクテルグラスを口に運んでいた。二十代の顔立ちながら、落ち着き払った所作から青年二人よりも年上らしさがにじみ出ている。


「まあ、確かに。雰囲気あるな」


 武藤に合わせるつもりで桂木が感想を口にする。


「だろ? そうだろ? やんなっちゃうよな。切れ者っぽい人とやるのはさ。

 でも、そんなのばかりじゃないのはせめてもの救いだよな」


 武藤は桂木に耳打ちすると、軽薄な笑みをその部屋の中央へと向けた。


 そこには大きな壁画を見上げる少女の姿があった。ブロンドの髪に黒のワンピースという、アクセントの利いたシルエットが差し込む月明かりの下に映える。身長は桂木の胸ほどにも届かない。そんな少女が瞬きもせずに三つの壁画へブルーの瞳を向けている。


「外国人の年齢って見た目じゃよくわかんないけどさ。あれ、どう見ても小学生くらいでしょ。

 いくらなんでもあんな子供には負けやしないって。


 申し訳ないけどあの子がいりゃあこのゲームの生き残りは楽勝だ。そう思わね?」


 武藤が同意を求める。確かに桂木にも少女の幼さはこの舞台に不釣り合いなようには見えた。だが桂木は少女の姿から目を切ることなく「どうだろうな」と短く口にした。


「確かにあの子は幼い。けど楽勝かどうかはなんとも言えないな。


 今の時点でわかるのは一つだけ。


 あの子もまた、このゲームまで生き残るだけの力を持つプレーヤーであるということだ」


 桂木が武藤の見立てを真っ向から否定する答えを返す。武藤は「成程ねぇ」そう呟くと、笑みを浮かべて桂木の肩へと手を置いた。


「油断しないタイプなんだね。桂木クンは。

 や、参考になったよ。一緒に戦うにしろ、そうでないにしろ」


 ——瞬間、桂木は少女に釘づけていた視線を武藤へと戻した。いや、自然と戻してしまっていた。


 まさか試してたのか? 俺がどういうタイプの人間かを。


 人懐っこく細められた目、しかしその奥にある鋭い眼光。


 桂木は確信した。この男は意味もなく軽口を叩いていたわけではないのだと。


 楽観的なのは自分のほうだったのかもしれない。桂木は戒めるように気を引き締めた。この場にいる以上、全員が何かしらの修羅場を勝ち抜いてきたプレーヤーに違いない。


 桂木や霧継キリツグのように一部の人間だけが群を抜いていた今までのゲームとは違うのだ。戦いの前だからといって油断は許されない。


 おそらく全員が強者。

 気を抜けば、あっという間に死ぬ。


 改めて桂木が武藤と少女に視線をやる。そのときだった。桂木を含む五人のプレーヤーが入ってきた扉とは別の、正面にある大扉が開いた。


 そしてその先に人影が浮かぶ。プレーヤーたちの注意が一斉にそちらへと向けられた。


 現れたのは仮面の女性だった。緩いツインテールでまとめられた髪と半分しか覆っていない仮面によって、女性の見た目をしていることがわかる。


『皆様、よぉこそお集まりいただきました。

 わたくしはゲームマスター兼、今回のゲームでメインディーラーを務めさせていただきます“クラリッサ”と申します』


 恭しい台詞とは裏腹に、どこか抜けたような声が会場にこだまする。クラリッサはスカートの裾を摘み小さくお辞儀をすると、その所作と示しを合わせたかのように、正面のモニターに明かりがついた。


『それでは皆様に楽しんでいただくゲームをご紹介いたしましょぉ。

 

 ファイナルステージの戦い、それは“禁じられた遊びゲーム”


 生者と死者、そして悪魔たちの戯れる最後のセレモニーですわ』

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