第24話 服毒ゲーム

『わたしはディーラーのルピス。よろしくね。

 さあ、さっそく三回戦の予選ゲームを発表するよ!


 と言いたいところだけど、その前に教えなきゃいけないことがあるね。

 どうして今回は“予選”なのか、気になるでしょ?』


 控室の放送でプレーヤーたちが気にかけた事案について、ルピスは真っ先に触れた。


『今回ね。この会場で行うゲームには実に12人ものプレーヤーが残っちゃってるんだ。

 一斉にゲームをするには12人って少し多いよね。


 そこで三回戦の本戦は6人ずつのグループに分けて行うことになったんだ。


 この予選で勝った人は三回戦Aブロック、負けた人はBブロックという風に分けられるわけ。

 つまりこの予選は、グループ分けのためのゲームってことだね。


 予選の形式はみんな一律で一対一。ゲームの内容はそれぞれ違うけど、賭けるチップはどのゲームも10枚。


 あ、負けても本戦に行けないわけじゃないから安心してね。

 予選でチップがゼロになっちゃわなければ』


 安心しろと言われても無理な話だった。

 チップを賭けるということは、負ければ寿命を失うということ。本戦となんら変わりはないのだ。


 よそのブロックでは御代みしろや吉田が潰し合いになってやしないだろうか。

 というかあいつら一人で大丈夫なのか?


 いや、今は気にしたって仕方がない。そんな余裕もないはずだ。

 考えを振り払って桂木はルピスの言葉に耳を傾けた。


『さてここからは本題。ここで行うゲームについて説明をするよ。


 ゲームの名前は“服毒ゲーム”


 とってもシンプルだけど、そのぶん緊張感はたっぷりのゲームさ』


 “服毒”などと穏やかでない単語を、お気楽なトーンでルピスは言ってのけた。


『やりかたは至って簡単。

 瓶に入ったカプセルを交互に飲みあって、先に毒入りのカプセルを飲んだ方の負け。それだけだよ』


「え? 毒って、まさか……本物の?」

『当然だよね』


 とルピス。柚季ゆずきの問いに、表情一つ変えないで答えた。


『アタリはなんと、猛毒界のスーパースター“テトロドトキシン”。

 フグ毒って言えばわかりやすいかな?』


 テトロドトキシンとは、主にフグの肝臓などに含まれる有機化合物である。


 経口摂取によってヒトが死に至る量は1~2mg。その毒性は青酸カリの約850倍ときわめて強く、また解毒の方法も見つかっていない。

 要は、でたらめに危険な毒物ということである。


『そんな猛毒が、胃液に溶けやすいカプセルに入っているよ。

 今回は奮発して致死量二倍の希釈にしておいたから、苦しむ時間は短めで死ねるね。

 わお! 大サービス♪』


「大サービスて……」


 柚季の呟きには、戸惑いと、恐怖と、そして強い敵意が桂木には感じ取れた。桂木もまた同様の気持ちだった。


 アリを殺し合わせて笑っている——そんな残酷な無邪気さが、ルピスの一挙一動から滲み出していた。


『まあ勝てばチップは得られるし、命を落とすこともないから頑張ってね。

 さてここからが肝心の情報。聞き逃したらだめだよ』


 ルピスは桂木と柚季の向かい合うテーブルの中央に、透明の小瓶を取り出して置いた。

 中には白い薬品カプセルが半分くらいまでの高さまで詰まっていた。


『この瓶には今、93錠のカプセルが入っている。

 不透明でわからないと思うけど、中身は空っぽ。飲んでも全く害のないハズレのカプセルだね。


 これを飲むことができればセーフ。相手のターンに移るよ。


 そしてこれがアタリのカプセル7錠』


 ルピスの掌には、瓶に入っているものと同じカプセルがのせられていた。


『見た目はまったく一緒だけど、この7錠には致死量をぶっちぎりに超えたテトロドトキシンが入っているよ。

 こちらを先に飲んだ方が負け。


 つまりこのゲームは、自分は瓶から安全なカプセルを引きつつ、相手には毒のカプセルを引かせれば勝ちなわけだね』


 ルピスは瓶を手に取ると、手にした毒カプセル7錠を投入し、そして勢いよく振った。

 合わせて100錠のカプセルが、瓶の中を縦横無尽に跳ね回る。


 初めは毒入りの7錠を目で追っていた桂木だったが、すぐに無数のカプセル群に紛れ、どれがどれだかわからなくなった。


『手順はまず、先攻を選んだプレーヤーAがカプセルを飲む。そして毒を引かなければ、次の2ゲーム目はプレーヤーBがカプセルを飲む。


 それで平気なら次は3ゲーム目、またプレーヤーAがカプセルを飲む……って感じにゲームは進むよ。


 ただこのゲームには“パス”という選択もある。パスをするとカプセルを飲まなくても相手にターンが移るよ。

 二人ともパスを選んだ場合は、ディーラーがカプセル一粒を処理して1ゲーム終了。


 ゲームは全部で30ゲーム。先に毒を飲んだプレーヤーが出たら、その人の負け。


 30ゲームのうちにどちらも毒を飲まなければ、パスが多かった方の負け。


 パスの数が同じまま30ゲームが済んだら両方とも負け。

 賭けたチップは没収になるから、なるべく決着をつけるようにしてね』


 ルピスの話すルールの概要をまとめるのに並行して、桂木はこの“服毒ゲーム”の要旨を探っていた。


 注目すべきは“30ゲームで終了”のルール。そして“パス”の選択だと桂木は考えた。


 一方が死ななきゃ終わらないような、サドンデスめいたゲームとは違う。

 プレーヤー双方が生還できる決着も存在するということなのだ。


 まあお互いに最後までパスの応酬を続けたら共倒れ。チップは全て没収になるわけだから、30ゲーム全てをパスで通すことはできないのだが。


『ああ、あとパスには一回ごとにチップ1枚が必要だから覚えておいてね。


 パスで蓄積したチップは最終的に勝ったプレーヤーの物になるよ。

 つまり最初に賭けたチップ10枚+パスに使われたチップがこのゲームの賞金になるわけ。


 ゲームは30ゲームあるから、うまくいけば最大で40枚のチップが得られるよね。

 予選とはいっても大儲けの大チャンス!


 しっかり作戦を立てれば、魔界脱出に大きく近づくよ』


 桂木も柚季も、冷めた目でルピスを見た。

 チャンスがあればその分だけリスクも高まる。


 両者は表裏一体だ。


『さて、ゲームの説明はほとんど終わったよ。何か聞きたいことはあるかな?』


 もはやプレーヤーたちにとって恒例となった質問タイム。先に手を挙げたのは柚季だった。


「順番は……どう決めるん?」

『ああ、そっか。言い忘れてたね』


 うっかりしてたよ、とルピスは頬を掻いた。


『基本的には1ゲームごとに交代だよ。けどパスをした場合、次のゲームはパスをしたプレーヤーから始まるから覚えておいてね。


 最初の先攻・後攻決めはコイントス。

 いまのうちに済ませちゃおうか』


 ルピスがやや厚みのあるコインを取り出す。

 一つの面が白、もう一方の面が黒。変わったデザインのコインだった。


『白と黒なら、どっちが好き?』


「じゃあ……あたしは黒で」

「なら俺は白だな」


 答えが出そろったと同時に、コインが宙へと弾かれて落ちた。

 表面は黒。選択権は柚季が得た。


「あたしが決めていいんね。後にするわ」


 柚季は迷わず後攻を選んだ。


 全30ゲームのうちのたった1ゲーム、その順番を取れなかったにすぎない。

 それだけなのに、桂木の表情は物憂げだった。


 クラッシュ・チップ・ゲームとはまた別の“一撃死”。

 その恐怖は、人を神経質にするには十分だった。


 致死量二倍のテトロドトキシン。飲めばチップの増減なんか関係なく即死する。


 こんなゲームがどこもかしこもで行われているのか?

 そう考えると……いや。


「ディーラー、質問だ」


 考え込んだように小瓶を見つめていた桂木が、急に口を開いた。


「どのブロックでもこんな危険なゲームが行われているのか。三回戦の予選ってのは」

『危険って?」


「即死のリスクがあるようなゲームなのかってことだ』

『そんなの知らないよ』


 考えるそぶりも見せず、ルピスは言った。


『どのブロックでどんなゲームが行われるかなんて、ゲームマスターくらいしか知らないよ。


 あ、ゲームマスターは全部のゲームを作った悪魔のことね。クラリッサっていうんだ。


 わたしはこのゲームを取り仕切るだけ。聞かれても答えられないよ』


「そうか……」


 桂木が静かに瞼を閉じた。浮かんだのは御代や、ともに戦った仲間の姿だった。


 彼らもいま、どこかで死と隣合わせの戦いに臨んでいるのかもしれない。

 そう思うと額に冷たい汗がにじんだ。


「——優しいんやね。桂木さんは」


 声をかけたのは、どこか寂しげな表情の柚季だった。


「こんな場面でも、人のことを心配してあげられるんやね。

 立派やわ。すごく。

 あたしには……そういうのないから」


 話し方は穏やかでも、柚季の声はどこか達観したような、熱のない声だった。


「あたしは人の心配までできひん。必死に自分のことだけ守らな、ここまで生き延びることもできんかった。


 今まで戦った人や……桂木さんみたいな人のことを、死なせたいなんて思ったことない。

 けど最後は、やっぱり自分が可愛いんよ。


 だから桂木さんのことが、あたしには眩しい」


「柚季さ」

「それでも、戦わなきゃならん」


 芯の一本通ったような、真っ直ぐな視線が桂木を射抜いた。

 覚悟を決めた人間の眼だった。


「あたしは負ける気ないから。このゲーム。生きるために」

「——そうか」


「……。ごめんな?」

「謝ることなんてない」


 答えながら、桂木は微かに、けれど自然と微笑んでいた。


 柚季の考え方。心の持ちよう。

 その全てから滲む人間臭さが、桂木は嫌いじゃなかった。嫌いにはなれなかった。


 こんな状況じゃなかったら。もし別の出会い方をしていたら、きっと……。


 桂木は居ずまいを正すと、再び柚季と正面から向き合った。


「ゲームは俺も全力で戦う。勝たなきゃならないのは同じだからな。


 ただし、柚季さんを死なせたいかは別の話だ。

 俺は俺のやり方でゲームを攻略する」


 桂木は初めて、向かう相手に敵意とは別の感情を吐露した。


 自分の弱さを晒しながら、それでも覚悟を固めた相手に対する。

 それは純粋な敬意だった。


 柚季は言葉もなく、ほんの一瞬だけ目元を緩ませた。

 だが視線を小瓶に移すと、スイッチが入ったみたいに沈黙した。思考が始まったようだった。


 さて、俺も切り替えだ。

 柚季がそうしたように、桂木もまた100のカプセルが詰まった小瓶に視線を落とした。


『質問は出つくしたみたいだね。それじゃあ始めようか。

 三回戦予選、“服毒ゲーム”

 スタート!』

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