第25話 ゲームの本質

 瓶の中には100錠のカプセルが入っている。

 うち93錠は空。7錠には毒が入っている。


 交代でカプセルをとり、30ゲーム以内に相手に毒を飲ませれば勝ち。

 あるいは相手よりパスが少なく終われば勝ち。


 勝者はチップ10枚とパスで消費したチップを得られる。

 これはそういうゲームだ。


(一見……運任せのゲームに見えるが)


 手にした瓶を桂木は軽く手の中で揺らした。100錠のカプセルがじゃらじゃらと音を立てて混ざった。


(実のところはそうじゃない。運試しでも度胸試しでもなく、知恵比べだ。このゲームは。

 おそらく柚季ゆずきも気づいているだろう)


 柚季は自分からカプセルを飲む順について質問をし、即座に後攻を選んだ。

 何の戦略もなくゲームに臨むとは考えにくい。


 となれば勝負を決するのは、桂木と柚季。どちらの策が冴えているかの一点だ。


『さて、第1ゲーム開始。桂木さん、カプセルを飲むかパスかを選んでね』

「——。

 飲みます」


 第1ゲーム。桂木は瓶から一錠のカプセルを取り出し、掌にのせた。

 中身の見えないカプセル。重さはほとんど体感できなかった。


 中身が入っているような気もするし、そうじゃないような気もする。


 これが毒入りの可能性は7%。

 たったの7%に過ぎない。


 だが桂木はなかなか口に含むことができずにいた。わずかとはいえ、初手の即死すらありえるこのゲーム。


 いかに策があろうと、簡単に心を決められるはずがない。


「……」


 首筋がじんわりと汗ばむ。呼吸が細くなる。


 桂木が瓶からカプセルを取り出して、数十秒。

 しばしの時間を経て桂木は、意を決したようにカプセルを口へ放り込んだ。


 舌にのったカプセルを用意された水で一気に流し込む。

 少しでも恐怖の時間を削りたい。その本能が、桂木から躊躇の二文字を消し飛ばした。


 流れ込んだ水分が桂木の胃を冷やす。

 胃酸に落ちたカプセルが、じんわりと溶けて形を歪ませる。


 第1ゲーム、結果。


 桂木の身体に異変は起きなかった。


『はい、セーフ! お見事だね。

 さあ第2ゲーム。今度は柚季さんが先だよ』


 小瓶が柚季の前に移される。

 柚季は瓶に手をかけることもせず、チップ1枚をテーブルに置いた。


「あたしは、パスで」


 間も置かずに柚季は宣言した。空のカプセルは99錠中、92錠も残っている。


 まだ比較的安全圏ともいえるこの局面で、柚季は惜しげもなくチップを消費した。


 桂木は眼鏡の奥にのぞく柚季の瞳を窺った。臆してパスを選んだ女の目をしていなかった。

 なにか考えがあるのは間違いない。そんな予想が立った。


 確信に近い予想だった。


「いいのか? こんな序盤からパスをして」


 ルピスの手から瓶を受け取りつつ、桂木はカマをかけた。


「いまのうちに飲んでおかなきゃ、後半はもっと厳しくなるぞ。

 なにか考えがあるのか?」

「ううん」


 柚季は表情も変えずに首を振った。


「単に臆病なだけなんよ。あたしは。そんなすぐ、気持ちを決めるなんてできへん」

「そうか」


 桂木は怪訝な表情で相槌を打った。


 気持ちが決まってないのに、チップ1枚を必要とするパスを即断できるのもおかしいだろうが。

 そんな風に言いたげな顔だった。


「桂木さんは度胸があるんね」

「勝つにはこうするしかないからな」


 瓶の蓋を叩きながら、桂木は瓶に詰まったカプセルを見つめた。 

 

「この対決はどんなに長引いても30ゲームで終わる。

 ということは過半数の16錠を先に飲んだプレーヤーが必ず勝つということだ。


 いたずらに機会を逃すわけにはいかない」


 軽く瓶を振ると、桂木はカプセルを一つ取り出して口に運んだ。

 どうやら桂木は、先制してカプセルを飲み続けること。

 それこそが勝つために必要な条件と見ているらしい。


 第2ゲーム。結果はセーフ。

 また一つ、瓶の中から安全なカプセルが消えた。


『またセーフだね、桂木さん。

 さあ柚季さん、早くも2ポイントの差が開いちゃったよ。そろそろ攻めなくちゃ』


 再び毒の混じった小瓶が柚季の前へと移される。

 しかし柚季はまたチップ1枚を置いて「パス」の宣言をルピスに返した。


『……。いいのかなぁ。臆病チキンな真似ばかりしてると負けちゃうよ?』


 挑発めいたことをルピスが口にする。柚季は唇を結んだまま、悪魔の言葉を聞き流していた。


 桂木もルピスも、服毒ゲームというゲームの本質が見えていない。


 柚季は内心で呟いた。


 このゲームは勇気を振り絞ってカプセルを飲む者が勝つんじゃない。

 チップを惜しまず、パスを通しきれる者が勝つゲームなのだ——と。

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