第61話 メッセージ

 第14ゲーム、第2ピリオド最終戦。

 桂木vsミシロの駆け引きが佳境を迎える。


 3対3の勢力図を作り上げたミシロにとって、ここですることは桂木に条件を呑ませることだけ。

 この対戦の勝利は約束されたものであるはずだった。


 しかし桂木は揺らがない。それどころかカードさえも先にセットし、勝利を断言する始末。


 このゲームは5枚のカードのうち、どれを相手が出すか分からないからこそ難しいゲーム。だから先にカードを出した側が勝ちを断言することなど、ミシロの常識ではありえなかった。


 普通に考えれば桂木の言うことはハッタリに違いない。それが一番説得力のある答えだ。

 しかしその仮説はミシロの勘が認めなかった。


 何か、ある。


 そう確信し、ミシロは思考を巡らせた。

 しかし桂木が見せる余裕の正体は分からず、彼女の思考には徐々に焦りが混じりはじめた。


「あと120秒」


「っ!」


 桂木のコールが静かに響く。彼女は表情こそ平静を装いながらも手の汗を拭った。


 そのときだ。ミシロはポケットにメモの切れ端が残されていたのに気がついた。


 これは……。


 それは彼女がつじや吉田に何かの指示を出すとき、メモとして利用するために持ち歩いていたものだった。そして紙に触れたのと同時に、この状況を打開しうる一つの策が彼女の脳裏にひらめいた。


 これを使えば桂木を嵌められるかもしれない。


 ミシロは指先だけで器用にメモを畳むと、桂木へそれを差し出した。当然、疑問符を浮かべる桂木。

 しかしミシロは彼が問うよりも先に口火を切った。


「メッセージです。吉田からの」

 

 彼女の言葉はもちろん嘘だ。この紙は白紙。吉田からの手紙などではない。


 しかしこれを使えば、桂木の出したカードを“完璧に見抜く”チャンスを作れるかもしれない。

 そんな作戦に彼女は思い至ったのだ。


 その先は出来すぎているくらいミシロの思い通りに進んだ。桂木はほとんど間髪をおかずメモに手を伸ばし、出さなかった手元の札4枚をテーブルの上に置いた。


 同時に桂木の集中力が手紙へと向けられる。


 テーブルに置かれた桂木のカードから目が離れる。

 

 ここがミシロの狙った隙だった。


「勝った」


 思わず心情がミシロの口から漏れた。

 

 その声が桂木の耳に届いた時には、彼女の指先が桂木の残り札4枚に触れていた。


「!?」


 ミシロの動きに気づいた桂木はその手を抑えようとした。

 しかしもう遅い。


 ミシロの手は4枚のカードを全て表側へとめくってしまった。


「馬鹿ですね。残りのカードを手から離しちゃうなんて」


 自分でそう仕向けておきながらミシロは桂木を嗤った。


「すでに出されたカードはどうやったって見ることはできません。勝負の前にめくれば反則負けが決まっちゃいますしね。


 けど残された4枚の手札を見れば、場に出されたカードはわかっちゃうじゃないですか」


 桂木の残り札が蝋燭の明かりに照らされた。

 桂木はすぐにカードを手元に寄せたが、すでにミシロは4枚のカードを全て暗記していた。


「相手のカードを奪ったら反則負け&寿命マイナス40年。

 けれど置いてある残り札をめくる分には、反則でもなんでもないです」


「じゃあお前、このメモは……」


「もちろん罠ですよ。

 

 折りたたまれたメモを開くにはふつう両手を使うことになります。残り札4枚をテーブルに置いてくれるかは賭けでしたけれど、先輩は油断をしていた。


 それに吉田からの手紙と言われ、一瞬ですけど思考が飛びましたよね。

 それがわたしの狙った隙です。


 残り4枚の手札さえわかれば、先輩が出した手札は読むことができますから」


 そう。ミシロは狙っていた。桂木がどんな策を仕掛けていようが関係なく勝つチャンスを。

 

 すなわち桂木の手に残された4枚の札を覗き見るチャンスを。

 

 相手の手と思考をふさぐ事で、彼女は見事に全てのチャンスをものにしたのだった。


「全部覚えちゃってますよ♪ センパイの残り札は1・2・4・5。


 あれだけ自信満々だったら何を出したかと思えば、3だったんですね。


 正直なんで3なのかさっぱりわかんないですけど、もうそんなの関係ありません」


 ミシロは手札から2のカードを抜き、桂木へ見せた。


 いまだに桂木の自信がどこから来ていたのか、ミシロにはわかっていない。


 だがもはやそんな事はどうでもよかった。

 テーブルに伏せられた桂木のカードは3。


 そこが確定しているのなら、自分の必勝は揺るがない。

 ミシロはカードをテーブルにセットした。

 

「これで終わりです」


 ミシロの勝利宣言と同時に、モニターに表示されていたカウントが止まった。


『両プレーヤーの手が出揃いました』


 抑揚のない話し方をするディーラー、ルピスのコールがどこからか響く。


『それでは、オープン』


 勝負の瞬間。ミシロはこぼれる笑みを隠そうともせずに、場のカードをめくった。

 彼女の手は2。桂木の手札にはなかった、3に勝つ最高の手だ。


 そして……対する桂木もまた、ミシロと同じく、その表情に笑みを浮かべていた。


 そんな態度の意味が分からずテーブルに目を落とすミシロ。


 そこには。


「……いち?」


 桂木の1のカードが置かれていた。


 目を疑い、何度も瞼をこするミシロ。

 しかし何度見返しても、当然だが数字は変わらない。


『オーナーの出したカード“2” チャレンジャーの出したカード“1”

 このゲームは桂木様の勝利となります』


 ディーラーのコールが流れ、それとともに桂木のポイントが1ポイント減らされた。


『これにて第2ピリオド全てのゲームが終了いたしました。

 それでは20分のインターバルを挟み、最終ピリオドを開始いたします。それでは控え室へお戻りください』


 コールを受け、桂木は無言で1のカードを手札に加え席を立った。


「ま、待ちなさいよっ!」


 狼狽えを隠しきれない叫びが、桂木の背中へ向けられた。


「な、なんでセンパイが“1”を……。

 ていうか手札に“1”のカードは残ってたじゃ……」


「ああ。残ってたさ。お前の見た通りだ」


「じゃあ何でっ! なんで場にも“1”のカードが出されてるわけっ!?」


 プレーヤーに配られたカードはそれぞれ1~5までを1種類ずつ。


 だからミシロの見た残り札に1・2・4・5が残されていたなら、桂木の出した勝負札は3と考えるのは道理だ。それは正しい。


 しかし桂木もまた道理が分かっていたからこそ、そこに先手を打っていたのだ。

 桂木は小さなため息を漏らすと、5枚の札をミシロに向けた。


「これが俺の手札だ」


「……っ!?」


 薄暗いホールにおいても、ミシロの身が強張ったのが桂木にも見えた。


「先輩の手札……1・1・2・4・5?」


 桂木の手札にはどういうわけか3がなく、1の札が2枚入っていた。


「なにがなんだか分からない顔をしているな。

 いいだろ。教えてやる」


 冥土の土産のつもりか、それすらも策略のうちか。桂木は自分の仕掛けを明かした。


「ゲーム開始時に配られた札はお前も知ってのとおり各プレーヤー5枚、1種類ずつだ。そこを逆手に取らせてもらった。


 俺がなんらかの事情でテーブルに残り札4枚を置けば、お前は隙を見てそれを覗こうとするだろ?


 そして上手く覗ければ、残り4枚の手札にないカードから俺の出した勝負札を推理できる。

 それが自分の隙だとも知らずに」


「まさか」


「ああ。テーブルに残り札を置いたのはわざとだ。


 お前は俺の残り札4枚(1・2・4・5)に3が無いことを見れば、俺の出した手を3と判断して2のカードを出す。


 だから勝負が始まる前に御代みしろから


 つまり俺は最初から1のカードを2枚用意しておいたんだ。場に出す用と残り札に混ぜてお前に見せる用にな。


 だから手札に1を残しながら、場にも1のカードを出せたってわけさ」


 桂木は最初から言っていた。俺には全てわかっている、と。


 それはハッタリでもなんでもなかった。

 御代みしろにカードを借りるという下準備は、ここに来る前から相手の動きを予測していなくては出来ない芸当だ。


 ミシロは手札を覗き見たとき勝利を確信したが、それすらも桂木の手の内だったということになる。

 そして2を出すことになったのも桂木に操作された運命だったということになる。


「ちなみに欲張って5のカードとかで勝とうとしなかったのは、警戒される可能性を減らすためだ。


 お前は知っているからな。2は安全策で出しやすいカードだって。


 そしたら結果は案の定ってとこだ」


 考えられないくらい冷たい汗が、言葉にできないほどの驚愕と共にミシロの顔へ滲み出る。


「これでわかったろ。俺の言ってることはハッタリなんかじゃない。


 お前の作り上げた構図を崩す手はもう出来上がってる。


 俺たちはお前なんかに負けやしない。

 じゃあな。悪魔」


 言い放つ瞬間。桂木はホールの様子を中継するカメラに顔を向けた。


 そして呟くように、囁くように。

 これまで押さえ込んできた声を形にした。


 人間おれたち悪魔おまえなんかに負けやしない。


 そんな様子をモニターで見守るプレーヤーたち。そのメッセージが何人に届いたかはわからない。


 しかし桂木が口を閉じた瞬間、つじは静かに席を立った。


 自分のすべきことを成すために。


「——行かれるんですね」


 モニターへ視線を釘づけたまま、御代みしろが背後のつじへ声をかける。


「ご武運を」


 そんな御代のエールに、辻は力強く頷いて返した。

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