第60話 桂木vsミシロ
『対戦カードが確定いたしました。
それでは第14ゲーム。ミシロ様vs桂木様のゲームを開始いたします』
第14ゲーム、ミシロが指名した対戦相手は桂木だった。
この展開は桂木の予想した通り。そして自分が予想済みであることは、ミシロも承知の上だろう。桂木はそう推測した。
出来レースが続いた第二ピリオド唯一の真剣勝負。
どちらか上を行くか。
桂木の出陣に
見ていてくれ。
エレベーターを降り、ホールの扉を開ける。
すでに着席しているミシロが桂木を迎えた。
鏡の中で行われた“悪魔の九択ゲーム”以来の顔合わせ。
桂木にとっては因縁の対決となる。
「さ、始めましょ。センパイ」
無邪気な悪意に、桂木は冷ややかな一瞥だけを返した。
「あら怖い」ミシロはやはり笑って肩をすくめた。
テーブルを挟み対峙する両者。
二人の間に存在する見えない緊張感に、控え室で見守る御代は息を呑んだ。
『賭けの投票が完了いたしました。
それでは第14ゲーム。スタート』
ディーラー、ルピスのコールとともにモニターの数字が動き出す。
制限時間は5分。先に口火を切ったのはミシロだった。
「さて。先輩にはわたしの仕掛けがどこまで見えているんでしょーね?」
カマをかけているとも取れるし、心理的な策略とも取れる。だがいずれにしても、桂木は乗るつもりでいた。
さっさと本題を引き出し、駆け引きに持ち込まなきゃいけない。
「
桂木の指摘に、ミシロはもったいぶる様子もなく頷いた。
「さっすが桂木先輩!
2人ともわたしの手の内にあるって」
それはそうだろう。桂木はミシロのスコア推移を思い浮かべた。
第2ピリオドでミシロは全ての勝敗予想を当てていた。
ならば
そしてそれは第1ピリオドに2度もミシロと接触した吉田以外にありえない。
「吉田さんのほうには作戦を教えてあげたんですよ。チームをつくれば良いのよってね。
もっとも、
どうやら吉田が
それは桂木にとって少しショックな話だった。
吉田は引け目を感じていたのだろう。吉田は第三ゲームの『トラップルーム』で一度だが桂木たちを疑った。
それを桂木が強く気にしているわけではなかったが、吉田がその件でチームへの加入に二の足を踏んだとしても不思議ではない。
そしてその不安を煽ったのはあいつだろうな……桂木は第1ピリオド後のインターバルで、
ミシロ戦での精神的消耗も相俟って、吉田はあっさりと
「まー別に吉田がセンパイについても、
わたしのプランは変わらない」
ミシロはカードの束を弄りながら桂木を見た。
そんな品定めをするような目つきに、桂木は「そうだろうな」と短く返した。
「お前の狙いは、4人組の多数派チームを作ることなんかじゃない。
自分を除いた6人で“3対3の組織を対立させること”なのだから」
「素晴らしいです。センパイ」
ミシロは目を細めて手を叩いた。
「そうですよ。このゲームは4人のチームを作れば勝つ。だからみんな4人のチームを作るのに必死なわけですね。
けどわたしは、あえてどちらかのチームに所属することをしませんでした」
「自分の所属を条件に、両チームからチップを巻き上げるためだな」
「ええ。
わたしは
そうすれば勝負を決めるのは“わたしがどちらのチームにつくか”
つまりキャスティングボートを握っているのは、どちらのチームにも所属してないわたしなワケです」
ついにミシロの口から謀略の全貌が語られた。
ならば勝敗はミシロを味方にできるかどうかに大きく左右される。
仲間を作らず単独で動いてきたように見せたのはフェイク。
全ては、自分が生殺与奪の権限を握るこの状況を作り上げるため。
それは悪魔と呼ぶに相応しい凶悪な手段だった。
「取引をしましょ。先輩」
そう言ってミシロは白い人差し指を立てた。
「あなたと
そしたら桂木チームを助けてあげます」
「法外だな」
「そんなことありませんよ。
わたしが味方しなければ先輩のチームは負けます。負けたら2人の失う寿命は80年。
けれどわたしが味方すれば勝利後に40枚ずつチップは戻るから、ダメージはひとり10年で済みます。
悪い話でもないでしょう?」
味方してやるかわりに寿命100年払え。足元を見るとかそういうレベルの話じゃなかった。
それも桂木だけじゃなく、
「またわたしを加えて4人になれば圧倒的優位。
さらに少数派から吉田を引き抜けば
けど提案を呑まなきゃわたしは
さてさて、どうしましょう。
頭のいい先輩ならわかりますよね?
頭を下げるか、死ぬか。どっちかお得か」
メンバー4人を揃えられるかはミシロの腹一つ。
場は完全に自分の支配に置かれた……そうミシロは認識しているようだった。
それは確かに凶悪な作戦には違いない。
だがミシロの提案は全て桂木の予想した範疇にあった。
「——。それだけか。
なら残念だったな。負けるのはお前のほうだ」
一瞬、きょとんとした表情に変わるミシロ。
だが少しの間を置いて、ミシロは薄ら笑いを浮かべた。
「何を言うかと思えば。ハッタリですか?」
「ハッタリでもなんでもないさ」
そう言って桂木は5枚の手札を軽く弾いた。
「お前の戦略は全て予想していた通りの内容だった。
つまり、ここからお前がやろうとしている事も全てわかっている。
断言しよう。このゲーム、お前が支配できるものは何もない。
それをこれから見せてやる」
桂木は5枚の手札からカードを1枚抜き、テーブルへセットした。
対戦終了までは、まだかなりの時間を残している。
「え?」目を見開くミシロの唇からそんな声が漏れた。
「……何のマネです?」
「だから言っただろう。お前のやろうとしていることはわかってるって。
このゲームでお前がどのカードを出すかって事もな。
だから先にカードを出そうが問題はないんだよ」
「はぁ?」
ミシロは首を傾げながら手元の5枚に視線を落とした。
対戦で出すカードは相手の反応を見てから決めること。だからミシロは現時点で、どのカードを出すかなんて決めてはいない。
にもかかわらず、桂木は先にカードを出した。
まだ確定していない未来を読めていると宣言をした上で。
「——もしかして、プレッシャーかけてます?」
細められた眼がセットされたカードに移される。
「プレッシャーをかければわたしが安全策に出て、出すカードが絞れるって考え。
だとしたら芸がないですよ。センパイ。
それはわたしが吉田に仕掛けた心理戦と逆のことをしているだけ。
わたしに通用するわけないじゃないですか」
「どうだかな。
ま、色々と考えてみるといい。何をしても無駄だけどな」
挑発じみた桂木の言葉に、ミシロは思考に入った。
ハッタリ一つに命を預けられる局面ではない。さすがに何かある。
ミシロはそう考えた。しかし彼女は取引でケリをつける見込みだったこともあり、駆け引きで時間が必要になる展開は予定外だった。
考える時間は残り半分もない。ミシロの表情から徐々に余裕が削られてゆく。
「あと120秒」
残り時間のコールをしたのは桂木だった。
カードと睨めっこをするミシロを、椅子の背もたれに体を預けながらただ見ている。
——ここで主導権を与えるわけにいかない。
少し予定とは違うけど……ここは確実に叩く。
ミシロは唇を結び、ポケットから紙を取り出した。
メモ帳の切れ端か何か? 桂木にはそう見えたが、折りたたまれていて一見した限りでは分からない。
そしてミシロは紙を桂木に差し出して、こう言った。
「メッセージです。吉田からの」
え?
小さな声を漏らす桂木。
その声にかすかな戸惑いの色が混じっているのを、
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