第59話 戦意

「この『零ゲーム』の開始前から、すでに儂の裏切りは始まっていたのだ」


 辻の告白に澱みはなかった。


 開き直った、とはまた違う。彼の表情は、受け入れざるを得ない事実をただ語っているだけのように見えた。


「第三ゲーム本選。

 儂は『トラップルーム』なるゲームで悪魔ミシロに加担し、勝利した。


 手を組む際にミシロが出した条件は、『トラップルーム』及びその次のゲームにて奴の指示に従うこと。


 つまりゲームの前から約束されていたのだ。この裏切りは。


 最強の難敵となりうる二人、霧継きりつぐと君を倒すためにな」


 つじの告白によって、徐々にミシロの思惑が姿を晒し始めた。


 第2ゲーム『脱獄ゲーム』。

 

 桂木たちがサクラミとの駆け引きをしている別のブロックで、霧継きりつぐは他4名のプレーヤーを一瞬にして敗北の目前までに追い込んだ。


 その中の2名がタテハとミシロだった。


 霧継の実力を目の当たりにしたタテハは、霧継きりつぐと手を組むことで、勝ち残る道を選んだ。


 そして逆に、ミシロは霧継きりつぐに雪辱を晴らす道を選んだ。


 だが霧継きりつぐはこれまでのゲームで戦ったどの人間よりも強かった。


 とても単独で倒せる相手ではない。

 そう理解したミシロが至った答えは、自分の思い通りに動く駒を増やすことだった。


「第三ゲームの予選を君が戦っていた裏の出来事だ。

 

 神谷という男が君と同じ勝者ブロックへと進んだだろう。


 あれもミシロの布石だ」


「神谷……対戦相手の棄権によって勝者ブロックにきた彼のことですか?」


「そうだ。あのとき神谷に棄権を申し出たのが、ミシロだ。


 予選ブロックごときで霧継きりつぐが負けるはずがない。

 ミシロにはそれが分かっていた。


 だから霧継きりつぐの知らないところで手駒を増やすため、ミシロは敢えて敗者ブロックへと進む必要があったのだ。


 そして第三ゲーム『トラップルーム』。

 悪魔に歯が立たなかった儂は、奴の駒となってまでも、生き残る道を選んだ」


 辻の告白に、桂木は「成程……」と小さく呟いた。

 

 不可解に思われていたミシロの行動の全てが、繋がった気がした。


「第三ゲーム予選をわざと負け、霧継きりつぐの知らないところで仲間を増やす。


 流石のあいつも知らないことの対策は立てられないと踏んで。

  

 全てはこの『零ゲーム』で、霧継も俺もまとめて沈めるために振舞っていたわけか」


「その通りだ。

 そしてあの霧継きりつぐと引き分けにまで持ち込んだ君を倒すのに、君と手を組んだことのある儂は非常に扱いやすい立場にあった。

 

 桂木君。君は確かに鋭い。

 だがゲームが始まる前から仕込まれていた裏切りまで看破するのは容易いことではないからな。


 現に君はほとんど迷いもせずに儂を仲間に引き入れてくれた。

 すでに儂がミシロの操り人形であることも知らずに」


 語るつじの口元には、嘲笑うかのような微笑が浮かんでいた。


 自分自身を軽蔑しているかのような笑み。

 桂木にはそれがわかった。


「裏切りたくは無かった」


 二人きりの廊下に、消え入りそうな辻の声が響いた。


「この常軌を逸した苦境にて、それでも仲間と呼んでくれる君たちを裏切りたくはなかった。


 だが悪魔の恐怖に打ち勝てるほど、儂は強くなれなかった。


 例えチップ100枚を集めたとて、従わなければまたゲームに連れ戻されるかもしれない。

 そう思うと、奴にこうべを垂れることしかできなかった」


「わかります。

 でも……」


 桂木が言い淀むと、辻は微笑みながら天を仰いだ。

 

「できればこんなことをしたくなかった。君たちと同じように、人間としてあるべき姿を見失いたくはなかった。

 

 だが生きていればどうにもならない壁が立ちふさがることがある。

 信念を捨てなければならない時がある。

 

 今がまさにそうではないだろうか。


 ——桂木君。きみは確かに凄い。

 悪魔を恐れず果敢に戦い、勝利を収めてきた。


 だが今回ばかりはもう駄目ではないか。

 ミシロはこれまで戦ってきた悪魔とは次元が違う。


 だからこのゲームで得られるチップ40枚がどうしても必要だった。

 それでこのゲームを抜けられるのなら、やつの犬に成り下がってでも。そんな考えを捨てられなかった」


「……。

 え?」


 チップ40枚が必要だった。

 それでこのゲームを抜けられるのなら……? 


 胸のうちで、桂木は辻の言葉を繰り返した。


 そして視線を辻へと向ける。少し丸く曲がった背中。歳のせいもあるだろうが、戦いによってすり減った心がそうさせているようにも見える。


 それから桂木は、ポケットから自分の持っているチップを取り出した。


 このチップは寿命一年。

 最初の枚数は残りの寿命。


 あれ?

 でも、それなら。


つじさん」


 桂木の呼びかけに、つじは黙って顔を上げた。


「自分が持っているチップの枚数って……悪魔ミシロ以外の誰かに話しましたか?」


「いや、話すはずがない。

 もしそれを話せば、第3ゲームでミシロから分け前を得たことも告白しなくてはならなくなる。


 このことを知るのは、君とミシロだけだ」


「ですよね」


 確認の取れたまさにそのときだ。


 桂木の頭に、このゲームを制するための仕掛けが形を成した。


つじさん」


「今度は何だ」


「ひとつお尋ねします。

 もしも俺がミシロに勝つことができれば、もう一度……悪魔と戦う覚悟を取り戻してくれますか」


 つじから返ってきた視線はどこか冷ややかだった。

 できるはずがない。そう思っているのだろう。


 だがそんな瞳に、桂木はもう一度熱を取り戻して欲しかった。


「証明してみせます。俺たち人間が、悪魔に負けることは無いって。

 

 だからつじさんも約束してください。

 俺がミシロを倒したら、もう一度、俺たちと共に戦ってください」


「そんなことをできるはずが」


「可能です」


 桂木はつじに歩み寄り、ごく端的に、戦略の全貌を伝えた。

 すべてを話すのに一分。その間、つじは何も声を発せず、ただ静かに喉を鳴らした。


「……こういう作戦です。

 これなら悪魔を全員沈めて、俺たちは勝利できる」


 お願いします。そんな意をこめて頭を下げ、桂木は辻に背を向けた。


 返事は待たなかった。


 必ず彼はまた立ち上がると信じたからだ。


「俺の読みでは、第14ゲーム。ミシロは俺を指名してくるはずです。

 

  必ず勝ちます。見ていてください」


 

 決意と約束を残し、桂木はエレベーターへと向かった。

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