第58話 信じたくて

『それでは第13ゲームを開始します。

 オーナーの桂木様は対戦相手をご指定ください』


「——行きましょう。つじさん」


「ああ」


 桂木はチームを組んだときに取り決めたローテーションに従い、つじを対戦相手に指名。

 部屋を出て、2人でホールへと向かった。


 このゲームではつじが桂木に勝たせ、桂木のポイントを5つ減らす算段となっている。


 ホールへと続くエレベーターはロックを解除されていた。しかしホール以外のフロアを指定しても、ボタンが光らない。


 これはインターバルの時以外、ホールと個室以外の行き来をできなくする措置だった。

 

 しかし桂木は、それに加えて、辻の個室がある2階へも行けなくなっていることに気がついた。


 辻が桂木の個室にいることは運営側も把握済み。

 そして容認していることがうかがえた。


 桂木たちはまっすぐにホールへ向かい、到着。

 事前の約束どおり、桂木の勝利にて対戦は決着した。


『このゲームは桂木様の勝利。

 桂木様のポイントが5つ減らされます』


 モニターに刻まれた桂木の数字が11となる。残るゲームは8ゲーム。


 次のピリオドでもう一度5ポイントを減らせることを考えれば悪くないスコアだ。


 ただ首位の霧継きりつぐのスコアはゲーム開始前の時点9(賭けを当てていれば8)。


 この差はどこかで埋めなければならない。


 ディーラーのコールを聞きながら、桂木はそんなことを考えた。


『それでは両プレーヤーとも、控え室にお戻りください』


「行こう。桂木君」


 つじに続くような形で桂木はホールを出た。


 扉の向こうにはちょっとした通路があり、その先にエレベーターがある。


 桂木は改めて通路をざっと見渡た。

 ただの通路。監視カメラも、おそらく盗聴器のようなものもない。


 部屋には御代みしろがいる。

 ホールも映像が筒抜けだ。


 話をするならここしかない。


つじさん。

 ちょっとお話、よろしいですか」


 聞くと、「部屋では駄目なのか」そう言ってつじは足を止めた。


「ここでお願いします」


「わかった。して、話とは」


「ミシロとのことです」


 つじはわずかに眉を吊り上げた。

 そんな彼の反応を見ながら、桂木は続けた。


「第2ピリオドの流れを思い出してください」


 桂木はさきほど書き上げたメモを辻に手渡した。


 そこには第2ピリオドの対戦表と、その結果をまとめたものが書かれている。


「第2ピリオドもあと1ゲームで終わりです。そして現在はこういう結果になっている。

 なにかおかしいと思いませんか」


「ミシロのゲームに関してか?」


「ええ」


 目を細めて用紙に見入る。つじはほとんど間を置かず、答えを返した。


「ミシロが一度もゲームを戦っていないな」


「どういうことか……おわかりですか」


「ふむ。

 ……ミシロが実は、霧継きりつぐチームの一員になっていないという事か?」


 この結果だけで確証がもてるものではないが。


 そう付け加えるつじに、桂木は頷いて返した。


「ええ。ミシロが霧継と手を組んでいるのなら、対戦には姿を見せるはずです。


 けど現状からすれば、ミシロが霧継チームに入っていないのは変じゃないですか」


「確かにな。

 我々が3人。敵が3人。

 その状況で、ミシロが霧継チームの誘いを断る理由はない」


 霧継きりつぐチームは3人を揃えている。


 ゆえにミシロは、自分が霧継きりつぐに加担すれば4人(多数派)のチームに所属できるのだ。そうなれば圧倒的優位な立場を得られることは間違いない。


「——ただ実は、そのロジックはもう解けています。


 変だと言うのは、別のことなんですよ」


 桂木の言葉に、つじは少しばかり怪訝な顔をした。しかし黙って言葉の続きを待つ。


つじさんや俺の推理によると、ミシロは霧継きりつぐチームに入っていない。

 そしてもちろんうちのチームにも入っていませんよね。


 にもかかわらずこのスコアだ。

 そこなんですよ。変なのは」


 俺はミシロの名前の横にあるスコアを指差した。


「奴のスコアは現在13。

 霧継きりつぐと俺のスコアに次ぎ、つじさんと並ぶ暫定3位タイです。


 俺たちはチームを組んでいるから、仲間との協定で確実に5ポイントを減らせる。

 おまけに賭けの結果も操作できているからこそこのスコアなんですよ。


 けどあいつはどのチームにも所属していない。

 ってことは勘で勝敗を当てることしかできないはずなんです。


 それなのに奴の賭けは第2ピリオドの間ずっと百発百中だ。

 これはつまり」


 改めてつじを見据える。つじもまた射抜くような視線をこちらに向けていた。


霧継きりつぐチームとうちのチームに、ミシロへ情報を流している人がいるってことです」





 本当は、ずっと前から桂木は違和感を覚えていた。


 第2ゲームでミシロは辻に何を言ったのか。

 

 つじはなぜ、ここに来る前の戦いのことをも含め、ミシロのことを何も話さないのか。

 ずっとひっかかってはいたのだ。


 でも考えたくなかった。

 仲間は何があっても仲間だと、かたくなに信じていたかったのだ。


「第1ピリオドの間にミシロが接触できたプレーヤーは2人だけ」


 言いながら自然と拳を硬く握っていた。


「第2ゲームで指名を受けたつじさん。

 そして第5・第7ゲームで奴と戦った吉田です。


 この2人を除き、ミシロへ情報を流す協定を結べた人物はいません。


 ミシロへうちのチームの情報を流していたのは……辻さん。

 あなたなんです」


 静寂の廊下に宣告が響く。

 通路を飾るろうそくの明かりがちらつき、揺らめいた。


「今俺がそうしているように……ゲームを終えた後、廊下で話す分には誰にも内容を聞かれることはありません。


 そこでですよね。ミシロが辻さんに裏切りの策を持ちかけたのは。


 そしてうちのチームの情報を流すときには、逆にホールのカメラが利用できる」


 俺はきわめて簡潔にミシロのトリックを明かした。


 ミシロは第1ピリオドのゲーム後、廊下で吉田とつじに裏切りの唆しをしたこと。


 そして第2ピリオドではホールのカメラを利用して、ほかのプレーヤーにはわからないように情報を流していたこと。


 つじがこれまで俺に協力してきたのは、すべてミシロの筋書き通りだったということ。


 胸の痛みを噛み殺しながら、全てを口にした。


「俺の言ったこと……なにか間違っていますか」


 顔を上げ、皺に覆われたつじの目元を桂木が見据えた。


「間違っているなら言ってください。

 自分は裏切ってなんかいないと、言ってください」


 願いとも、祈りともつかない言葉が口をつく。


 つじはゆっくりと目を閉じた。

 そして硬く結んでいた唇をゆっくりと綻ばせ、一言だけ言った。


「すまない」


 ——21ゲーム中13ゲームが経過。


 第二ピリオドの終了を目前として、小さな綻びは崩落へと向かっていくのだった。

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