第62話 最後の敵

 第二ピリオド終了。プレーヤー達は『零ゲーム』最後のインターバルを迎える。


 部屋に集って最終決戦への打ち合わせをする者。仕掛ける策の手筈を入念に確認する者。7名の動きは様々だ。


 桂木の勝利を見届けたつじはひとり廊下を歩いていた。

 御代みしろに見送られた部屋を背に、階段を降りる。


つじ


 その途中。五階に降り立ったとき、彼の名前を呼ぶものがいた。

 息を切らせて彼を待ち受けていたのは、桂木との対決を終えたばかりのミシロだった。


「作戦変更よ。霧継について、桂木チームを潰すわ」


 ミシロの言葉に、つじは静かな剣幕を返した。


「儂は桂木の指示で動けばよい。お前がそう言ったのではなかったか」


「そんなのはもういいの。状況は変わったのよ。

 

 桂木の動きが全く読めない。このままじゃ危ういわ。だから二人で霧継きりつぐチームと」


「何を言っている」


 早口のミシロに反し、つじの唇は悠然と動いた。


「危ういのはお前一人だ」


「は?」


「儂は単独で霧継きりつぐチームにつく。お前は必要ない」


「何……を言ってるの」


 見開かれるミシロの両眼に、つじの冷たい視線が重ねられた。


霧継きりつぐチームはすでに三名。儂を加えて四名だ。ならばもはや、先刻のゲームでポイントを減らせず、チームの負担としかならないプレーヤーを加える道理はない。

 

 お前はもう終わったのだ。

 せめて潔く、残りの時間を過ごすと良い」


「自分が何を言ってるか分かってんの?」


 固まった表情に、ミシロは嘲るような笑顔を無理やり作った。


「トラップルームで約束したよね。このゲームは全面的に協力するって。


 それを反故するのはわたしを敵に回すってことよ? 仮にこのゲームを勝てたとしても、人間界に戻れたとしても、わたしは貴方に仕返しするチャンスがあるの。いくらでもね。

 

 それがどういう意味か」


「儂はもう逃げない」


 静かな決意が、つじの顔と重なる。

 ミシロは今までに見たことのない人間の“表情”を見た気がした。


「確かに一度、儂は悪魔であるお前に頭を垂れた。だがもう逃げはしない。

 桂木に教えられたのだ。

 立ち向かうことの意味を」


「いい気になるんじゃないわよっ!

 

 貴方、絶対に後悔させてあげる。これで終わったと思わないことね」


 叫びが、廊下に木霊する。空気が震えた。

 しかしそれを受ける老人の表情は微動だにすらしなかった。


「いつでも来い。返り討ちにしてみせよう」


 去らばだ。


 つじは視線も向けずに、悪魔へ言葉を置き去りにした。

 その背中をミシロは睨みつけるのが精一杯だった。




「……という訳だ」


 インターバル残り十分。

 四階にある霧継きりつぐの部屋にて、三人は静かに辻の話に耳を傾けていた。


「儂とミシロの同盟関係はすでに崩れ去った。もはや桂木チームに残っても勝算は五分以下。ましてや単独で必要数のチップを手にすることはできない。

 だから申し出に来た。儂をチームに加えて貰いたい」


 突然の訪問者の申し出に、タテハは神妙な顔を浮かべて霧継きりつぐに視線を向けた。


「信じてよいものでしょうか」


 霧継きりつぐは相変わらず微笑を浮かべている。返事はないが、タテハはかまわず続けた。


つじがこちらのチームに加われば私達の勝利は確実になるでしょう。

 

 ただもしも、彼が桂木チームの回し者となれば話は別です。チームに裏切り者が混じれば、口裏を合わせて勝敗を操作する作戦は全く意味を成さなくなる。

 

 ここは慎重に検討すべきではないでしょうか」


「90%」


 タテハの問いに、霧継きりつぐの返した言葉は数字だった。


つじさんが桂木チームの回し者である可能性は90%といったところでしょうね。

 

 桂木チームが私達に勝つにはこちらのポイント獲得の阻害と、情報を横流しさせる手段しかない。

 このタイミングでつじさんが来たとなればそう考えるのが妥当でしょう。


 でもね」


 霧継きりつぐはこのときはじめてつじに視線を向けた。


 あるいはその背後で糸を引いているであろう人物。

 桂木かつらぎ千歳ちとせの姿を視線の先に浮かべたのかもしれない。


つじさんが裏切り者かどうかを確かめる術が、私達にはない」


 タテハと吉田の表情が同時に引きつる。

 表情が動かないのは向かい合う老人と女だけだった。


「私達が必勝を手にするにはつじさんを引き入れる必要がある。

 けれどつじさんが裏切り者かどうか、見抜く手段はないのよ」


 沈黙が流れる。タテハは霧継きりつぐの現状認識を受け、思考を働かせるように言葉をなくした。


 どうしても欲しい“4人目のプレーヤー”を相手チームにあえて送り込む。

 裏切り者かどうかを確認するすべがないことをわかった上で。


 たったそれだけのことで、タテハと吉田の二人を揺さぶった。

 リーダーである霧継が手を誤れば、チーム崩壊の目もあるだろう。

 

 これが、桂木というプレーヤー……。


 吉田はかつて共に戦ってきた男の姿を思い出した。


 クラッシュ・チップ・ゲーム。

 脱獄ゲーム。

 そして彼らが袂を分かつこととなった、トラップルーム。


 どんな苦境にあっても桂木は諦めず、そして沈着にゲームを制してきた。


 そんな彼の強さは、御代みしろに次いで多く桂木の戦いを見てきた吉田が、最も良くわかっていることだった。


(一度はつじさんに裏切られて、こんなに追い込まれて。

 それなのにまだ)


 吉田の拳に力が篭る。

 その手を、何も語らず立つつじだけが見ていた。


つじさんが裏切り者か。そうでないか」


 ——それは本当に突如のことだった。

 

 沈黙を破ったのは霧継きりつぐの一言。

 五枚のカードをつじの目の前に掲げると、霧継きりつぐは不敵な笑みを浮かべた。


「この現状を打開する方法があるわ」


「……何?」


「皆さん。手持ちのカードを全て出して」


 霧継きりつぐの指示でタテハが、そして少し遅れて吉田が手札を出す。


 戸惑う表情の辻に、霧継の射抜くような視線が向けられた。

 従うことがチーム入りの条件……。無言の圧力に、辻もまた手札をテーブルに置く。

 

 計20枚のカードがテーブルに出揃った。

 それを確認した霧継きりつぐは、この硬直状態を打開する策を示した。


「この手札20枚をチームで管理することにしましょう」


「ど、どういうことだよ?」


「プレーヤーは出すカード一枚だけを持って、残りのカードを全て部屋に残してホールへ向かうの。


 こうすれば約束されたカード以外を出すという裏切りは出来なくなるでしょ」


「……!」


「ここに残されたカードを奪うことはできない。だって他人のカードを使用不能にしたらルール違反。最下位が決定してしまうもの。

 負ければチップ40枚を失う。裏切る意味もなくなるわ。

 

 つまりね。こうすればつじさんがの。


 そうなればあとはゲームを消化するだけ」


 霧継きりつぐはモニターに映るスコアボードを指差した。全員の視線がモニターに集中する。


「わたくしのスコアが現在7。つじさんを加えて順当にスコアを減らした場合、第19ゲームでスコアがゼロになるわ。


 そうすればその場でゲームセット。

 いちばん怖い桂木さんと、悪魔ミシロの指名ターンには二度と回らない。


 これで私たちの勝利。

 もう逆転はありえない」


「……完璧」


 タテハは表情にこそ出ないものの、内心で舌を巻いていた。


 そして確信する。

 このゲームを支配するのは、この女。霧継きりつぐ玲奈れいなであると。


「はじめからこうなると思っていたわ」


 霧継きりつぐの眼には、トラップルームの決着のシーン。

 彼女がはじめて計略を阻まれたときの光景を思い浮かべていた。


「桂木さんがミシロに敗れるわけがない。必ず最後は、彼とわたくしの一騎打ちになる。


 だから最後の最後。

 この瞬間に桂木さんを詰み切る方法だけを思い描いてた。


 裏切り者を送り込んでくること。

 最後に桂木さんに指名の権利を与えずに終えること。

 

 はじめからこの手段で、彼から寿命を獲るためだけの展望だったのよ」


 霧継きりつぐの笑みが一層、その純度を増した。


「そしてゲームが終わるそのときまで、わたくしは桂木さんの動きから眼を切らない。

 

 もちろん貴方たちの動きからもね。

 それで良いかしら」


 鷹のような眼光が三人に向けられる。それはまさに、全てを牛耳る支配者の目。


 彼女の視線に縛られたうちの一人、つじの額には一筋の汗が伝った。


 ——これで、終わる。


 最後の敵が、桂木の前に立ちはだかる。

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