第46話 邂逅

 ホールへ足を踏み入れると、すでに3名のプレーヤーが集合をしていた。


 三回戦で敵として戦った悪魔、タテハ。


 そして桂木かつらぎ御代みしろを最後まで苦しめた霧継きりつぐの姿もあった。


「——強い人ばかりと聞いていましたが、やっぱり霧継さんもいましたね」

「まあ、当然だろうな」


 霧継の脇には、見慣れたケースが置かれていた。


 中には100枚を超えるチップが詰まっている。

 今まで奪ってきた寿命が詰まっている。




“命を欲しがる人はいくらでもいるもの。たとえ何を差し出そうとも、ね“


 

 

 三回戦の終わりで耳にした霧継の声が蘇った。

 あいつの目的は、100枚を超えるチップを人間界に持ち帰ること。


 好きにはさせない。

 必ずゲームに勝つ。


 敵意の視線に気づいているのかいないのか。

 霧継は悠然とした表情で、文庫本に視線を落としていた。


「あ、先輩! 辻さんもいらっしゃいますよ!」


 残る一人は第2ゲーム“脱獄ゲーム”まで同じブロックで戦ってきた老人、つじ誠三せいぞうだった。


 第3ゲームの予選では敗れ、桂木たちとは別の敗者ブロックに進んでいた彼。

 ここにいるということは、別ブロックで行われた“トラップルーム”は勝ち上がってきたということだろう。


 自力で?

 あるいは……誰かと手を組んで?


 桂木はぐるりと会場を見渡した。

 予選で桂木と戦った女性、柚木ゆずき麻耶花まやかの姿がない。


 まだ来ていないだけかもしれないが……彼女は辻によって敗退をさせられた可能性がある。


  複雑な表情で思案する桂木をよそに、御代は辻に声をかけていた。


「辻さん、ご無事でよかったです!」

「ああ。御代くんもな」


 再会を喜ぶ二人を尻目に、桂木は会場を見渡した。

 トラップルームの時もそうだったが、会場そのものに攻略のヒントが隠れていることもある。

 

 中央にはテーブル。そして向かい合うように配置された椅子がある。

 クラッシュ・チップ・ゲームで使われた机のように、特別な装置が組み込まれている様子はない。いたって普通のテーブルだ。


 双方の椅子の後ろには通路、その向こうには上りの階段がある。どこに繋がっているかはわからない。

 

 会場には複数の監視カメラらしきものがある。

 ゲームの判定に使うものだろうか。それとも反則の監視?


 ——そして最後はモニター。


 ゲーム開始まで

 残り 4分。


 そう表示されている。

 あれもゲームが始まったら使うのだろうか。

 

「桂木せーんぱい♪」

「おわっ!?」


 いきなり飛び込んできた声、それに甘い香り。

 柔らかい感触を背中に受けながら、桂木は素っ頓狂な声を上げた。


「いつの間に背後に回った! 忍者かお前は!」


 抱きつきながらくすくす笑う少女に、桂木はふと小さな違和感を覚えた。


 御代がぶっ飛んだアプローチを仕掛けてくるのはいつものこと。

 しかし彼女の方から体に触れてきたことは、今まであっただろうか。


 それにあいつ、辻さんとしゃべっていたはずなのに……。

 そう思って、視線を上げる。


「せ、先輩……?」


 辻との会話をやめ、呆然とこちらを見ている御代の姿がそこにあった。





 2人の御代みしろ

 じゃあ、この女は——。





「あーあ、混乱しちゃってますね。

 ダメですよ、そんなことじゃ」


 ソイツはゆっくりと唇を寄せると、桂木の耳元に囁いた。


「わたしですよ。わ・た・し」


 そう言って御代は……いや、御代の姿をしたソイツは桂木の手首を掴んだ。

 そして自分の右胸に、桂木の手のひらを押し付ける。


 そこには鼓動があった。


 右胸の鼓動。

 悪魔であることの証明。


「お前はまさか……」

「おひさしぶりです、先輩。鏡の中でお会いして以来ですね♪」




 


 その言葉で、桂木の脳裏に、あの日の映像がフラッシュバックした。




 悪魔の九択ゲーム。

 鏡の中での戦い。



 鏡に映った御代の姿を奪い、日常を奪った悪魔。 



 御代とは逆の位置につけられた桜の髪留めが、赤く光っていた。



「ニブい先輩も、やっと気づいていただけましたね。


 わたしは、ミシロユウリ。

 あなたの大事な御代みしろ優理ゆうりちゃんの偽物でーす!

 

 ま、御代ちゃんがゲームで命を落とせば、私が本物になっちゃうかもですけど」


 強烈に無邪気で、しかし悪意のある笑顔を向けるミシロ。

 桂木と御代は示しをあわせたように胸を押さえた。


 動悸が収まらない。


「こんなに簡単に騙されるようじゃ、先が思いやられちゃいますよ?

 ま、本戦ではちゃんと楽しませてくださいね」


 そう残して身を翻す悪魔。ミシロユウリ。


 その背を見送りながら、桂木と御代の二人はただの一言も発することができなかった。


 蘇る悪夢。その再来。


 頭の中をぐちゃぐちゃにかき混ぜられるような思いだった。

 

 そんな二人の姿を遠目に見ながら。


「……。

 なんだか面白いことになっているようね」


 文庫本に栞を挟むと、霧継は唇に笑みをたたえた。


 ——それと同時。最後の一人、吉田が会場に到着。

 そして残り時間のカウントはゼロとなり、モニター横のスピーカーが震えた。


『全てのプレーヤーが出揃ったようですね』


 声と共にホール両脇の階段から上がる壇へ現れた悪魔。

 ニューギニアの呪術師やらが愛用していそうな仮面をつけている。


 対照的に身体のほうは西洋風の黒スーツをぱりっと着こなしていて、なんとも不思議ないでたち。

 容姿はわからないが、声から女性ということだけはプレイヤーたちにもわかった。


『みなさま、よくぞこれまでのゲームで命を落とさずにここまでお越しくださいました!


 まずは自己紹介をさせていただきましょう。

 私はメインディーラーを務めさせていただく、ルピスと申します。


 さて今回も、皆様には寿命のチップを賭けてゲームに臨んでいただきましょう。


 その名も『零ゲーム』


 5枚のカードを用いた、極限の読み合いでございます』


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