第45話 決戦の舞台

 俺たちがこの世界につれてこられて、3日が経つ。

 

 第1ゲームのクラッシュ・チップ・ゲームから始まり、次で第4ゲーム。

 時間にしてみればわずか3日。

 けど人生で最も長く感じた3日間だった。


 寿命というチップの賭かった、文字通り命がけの戦い。

 これまではなんとか勝利を積み重ね、一歩ずつではあるがゲームの離脱に近づいている。


 チップの枚数は現在72枚。

 ゲーム離脱まであと28枚だ。


 最初のころに比べれば、チップに余裕はできてきた。

 それでもゲームで負ける恐怖が消失するわけではない。


 賭けられるチップの額はまちまちだが、直前の3回戦は30枚のチップが賭けられた。ひとつの敗北で30年もの寿命を失うことだってあるということだ。


 気を抜いていい理由にはならない。絶対に生きてこの世界を出るのだ。


 このと一緒に。


 ベッドで寝返りをうつ御代みしろに、桂木は視線を送った。

 御代はほっぺたを枕に押し当てながら、むにゃむにゃと口を開いた。


桂木かつらぎせんぱぁい……もう食べられませんよう……」

「すごいな。お前マジで」


 寝言とわかっていながら、つい桂木はツッコんでしまった。


 極度の緊張で桂木はこの3日、ろくに眠れなかった。そんなプレーヤーは少なくないだろう。

 そんな彼らを尻目に、御代は夢の中で何か食べているのだ。

 しかもお腹いっぱい。

 

 本当に平和な娘だ。

 半分呆れながらも、桂木は自分の表情が緩んだことを自覚していた。


 ——俺ひとりだったら、心が保たなかったかもしれない。

 ここまで戦えたのは、傍に御代がいてくれたからこそだ。


「必ずもとの世界に帰してやるからな」


 もしもの時は……御代。

 お前だけでも。


 最後の言葉は飲み込んで、眠っている御代の肩を揺らした。


「おい、起きろ御代。もうすぐ時間だぞ」

「え、あれ? 私の巨大オムライスはどこですか……?」

「そんなもん食ってたんかい」


 目を擦りながら、ぼんやり桂木の顔を見つめる御代。

 それからキョロキョロと部屋を見渡すと、再び桂木に視線を戻した。


「あれ、ここ先輩の部屋……。

 

 先輩の部屋ッ!?」


 叫んだかと思うと、御代は急に布団で顔を覆った。


「わ、私、いつの間にか寝ちゃってました……?」

「ああ。でも何をそんな驚いてるんだ」


「だって私、今すっぴんじゃないですか!」

「気にしてる場合か。これから悪魔と命のやりとりしようってのに。

 ていうかお前、メイクなんてしてたのかよ」


「先輩とお会いするのに何もしてないわけないじゃないですか!

 ちょ、ちょっとあっち向いててくださいよう」



 

『プレーヤーの皆様。ゲームの準備が整いました』




 会話を遮るように流れたアナウンス。

 スピーカーを見つめながら、桂木と御代は息をのんだ。


『会場へとご案内いたします。控室をご退出ください』


 時計は0時を指していた。

 この部屋に来てからちょうど24時間。


 穏やかな時間は終わりを告げた。

 再び命のやりとりが始まる。誰かの命が消える。


 気を抜けば、その“誰か“は自分になるだろう。

 

 スイッチ入れろ。


 必ず生きて帰る。

 御代を守る。


「行こう。御代」


 口にした桂木の目には、冷たい光が宿っていた。


「で、でもメイクが」


「まだ言うか……。

 そんなもの必要ない。御代は今のままで十分だ」


「——え?」

「ん?」


 あ。しまった。

 桂木は慌てて口を押さえたが、時すでに遅し。

 御代のアンテナは反応していた。


「今のままで十分……ってあれですよね。つまりそういうことですよね!?

 やだなあ、もう! 先輩ってば!

 素直に言ってくれていいのに。“すっぴんでも可愛いよ“って」

「あ、いや」


「毎朝僕の味噌汁を作ってくれないか、って言えばいいのに!」

「そこまで言ってないからな」


 ある意味スイッチの入った御代にため息を返す桂木。

 扉を開けると、そこには黒いスーツに身を纏う案内人がいた。


 人の形をしてはいるが、おそらく悪魔の一人だろう。


 案内人について歩く間、桂木と御代は意識的に何も考えないようにしていた。

 悪魔を前にして思考を働かせると、えてして余計な感情を芽生えさせてしまうからだ。

 




 個室を出てから、5分ほど歩いただろうか。

 一度屋外へと出て、レンガ造りの橋を渡り、桂木と御代はその場所へと到着した。


 空には縁起の悪い色をした月が昇っている。

 赤い月光が、目の前にそびえる古城を照らしていた。


「この城が今回の会場なんですか?」


「ええ」


 御代の問いに、案内人の悪魔は短く返事をした。


「今回のゲームは少々特別ですゆえ」


「特別なゲーム?」


「今回のゲームは、特別なゲストが観戦されるゲームなのです。

 ゆえに会場、ゲーム内容ともに趣向を凝らしたものとなっております。


 そこでゲーム前にひとつご相談なのですが」


 その提案は全て他のプレーヤーにも話しているとの前置きを挟んで悪魔は言った。


「今回のゲームにつきましては、強者ばかりを集めて行われる極めてレベルの高いゲームとなります。

 ゆえに自信がないと思われるのであれば、ここで降りて別ブロックへとゲームへと進んでいただいても構いません。


 こちらとしても、特別なゲストに退屈なショーを見せるわけにはまいりませんのでね。


 お二人は……」


「関係ない」


 悪魔の言葉を遮ったのは、桂木の一言だった。


「誰が相手でも、俺は生き延びるために必要なことをするだけだ。

 どこで戦おうがそれは変わらない」


「わ、私もです!

 桂木先輩と一緒に戦います!」


「——。

 そう言ってくださると思っておりました」


 微かに笑みを浮かべると、悪魔は城内へと通じる扉に手をかけた。


「どうぞお入りください」


 重たい扉の向こう側。

 強者のみが進むことを許された場所。


 それは恐怖か。

 それとも武者震いか。


 手に滲んだ汗を拭うと、桂木と御代はホールへと足を踏み入れた。


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