禁じられた遊びゲーム

ここプロ

序章 悪魔の九択ゲーム

第1話 戯れの始まり

 今日こそ先輩に告白する。


 今、私の部屋には先輩がいる。それも二人っきりで。


 夢にまで見たシチュエーション。でも、夢のまま終わらせたくない。 

 

 だから言う。今日こそ好きって。


 絶対言う。

 



 ——テスト勉強に困っている話を先輩にした。そしたら「過去問があるから貸そうか」と言われた。


 解き方を教えてくれませんか……? 勇気を出してそう言ったら、先輩は私の部屋に来てくれた。


 チャンスの神様には前髪しかない、って聞いたことがある。

 一度過ぎ去ればもう掴むことはできないという意味。


 失ったチャンスは戻ってこない。

 今日言えなきゃ、もう二度と言えないかもしれない。




 どくん。どくん。どくん。





 跳ねる心臓の音を聞きながら、彼女は——御代みしろ優理ゆうりはスカートのすそをキュッと握った。


 机に広げられたキャンパスノートの束。口実のための小道具たちは、もう御代みしろの目に入っていなかった。

 

 広すぎる大学のキャンパス。いつもは遠くの席から眺めることしかできなかった横顔が、今はすぐそばにある。

 少し手をのばせば触れられる距離にあるのだ。


「なあ、御代みしろ。お前……全然集中してないよな」


 テキストから顔をあげると、青年は——桂木かつらぎ千歳ちとせはそう言った。 


「あ、ご、ごめんなさい先輩!」

「いいよ。けど珍しいよな。努力家の御代みしろが勉強に身が入らないの」

「え……努力家?」

「大学の講義、いつも最前列の席に座るから」


 どうせ勉強するからには一番いい席に座る。それは御代の癖だった。

 だから大学の授業はおのずと最前列の席で受けていた。


 しかしそれを桂木かつらぎが気づいていたのは驚きだった。

 週に二回、同じゼミで話す機会がある間柄でしかないのに。



 あれ、それって先輩も私のこと見ててくれたってことじゃん?

 これはあるんじゃないの、脈ってやつが! ていうか何にも思ってないなら、まず一人暮らしの部屋にこないでしょ?

 いけるよ優理ゆうり! 声出してこ!



 自分で自分の背中を押す御代。しかし饒舌な心の声とは裏腹に、唇はしおらしく閉じたままだ。

 そんな御代を前にして、桂木はため息をつきながらテキストを閉じた。


「何かあるんだろ。話してみなよ」


 桂木は御代と向き合うように居ずまいを正すと、穏やかな声でそう言った。




 はいやってきましたよ! チャンスの方が向こうから歩いてきましたぁ!

 もうね。ここで言えなきゃ女がすたるってもんですよね。

 なんのために二時間かけてメイクきめてオシャレしたわけ?

 全ては今! この瞬間のためでしょ優理ッ!!




 御代は白い桜の髪留めにそっと指を触れた。一度だけ、なんでもない会話の最中に桂木が「似合う」と言ったものだ。


 なんでもいい。私に勇気をください。


 唾を飲み、大きく息を吸う。

 クローゼットの横の大きな鏡には、向き合う二人の姿が映っていた。


「先輩、聞いてください。私は……」  

「ちょっと待って」


 桂木の制止に、御代は喉に急ブレーキをかけた。

 手のひらを御代に向ける桂木の視線は、彼の右側に向けられている。


 その先には姿見があった。


 釣られるように視線を送る御代。人一人がすっぽり入る鏡に、キョトンとした表情の御代と険しい表情の桂木が写っている。


「なんかおかしい。なんだ、この鏡……」

「? 鏡がどうかしたんですか」

「——なあ御代。少しそこから離れて」 


 桂木がそこまで言った時。

 御代は鏡の中の自分が、嗤ったのを見た。


 今までに見たことのない自分の表情。

 呆気に取られていると、鏡の中の御代はゆっくりとその手を伸ばした。


 鏡面から伸びる自分の手が、自分の手首を掴む。

 そして。


 気がつくと御代は自分の部屋ではない、別の場所にいた。


 どこまでも続く、紫と紺の混ざったような色の空間。


 ——鏡の中の自分が突然動いた。それから自分の手首を掴み、鏡の中に引きずり込んだ。


 何が起きたのかは御代にもわかった。

 しかし何が何だかわからない。


「悪い御代……引っ張ったが間に合わなかった」


 隣では額に汗をにじませた桂木が、御代の肩の向こうがわへ視線を送っている。


 感じた気配に御代も振り向いた。その先には、御代にも見慣れた姿の女がいた。


 水色のワンピースに緩いウエーブのフレアスカート。黄緑のパンプス。

 ぱっちりと開いた二重。小さな顔。薄く淡い唇。

 黒髪のセミロング。

 白い桜の髪留め。


 そいつは見れば見るほどに、彼女にとっては

 御代ミシロ優理ユウリと同じ姿かたちをしていた。


 女は無邪気な笑顔を浮かべてこう言った。


「ようこそ。私たちの世界の入口へ。

 せっかくだから、私と遊んでいきましょう。


 拒否権は、そうね。ありませんわ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る