第83話 翳り
第一ピリオドの“戯れ”60分が終了し、プレーヤー5名は初めてのインターバルを迎える。
協定を結んだ桂木千歳、アリス、武藤一真の3名はホールの片隅で現状を確認し合っていた。
「これが第一ピリオド終了時のスコア。見ての通り、わずかだが俺たち3人がリードを奪っている」
桂木・アリス・武藤のスコアはそれぞれ+10。
そして鳴海・此処条のスコアがそれぞれ±0。
第一ピリオドでリードを広げた3人は、モニターに目をやり、そして再び顔を合わせた。
しかし誰一人として安堵の表情を浮かべる者はいない。
ひとつのミスでスコアはひっくり返る。それがわからない者は、もはやこのステージにまで残ってはいなかった。
「とりあえずは第一ピリオドと同じように“お互いを勝たせる”ことで、次のピリオドもチップ10枚を増やすことはできる。
それは可能だろうけど……」
「簡単にはいかないよねぇ」
武藤は苦虫を噛み潰すような顔で頭を掻いた。
協定さえ破られることがなければチップ10枚を増やせるのは確実。しかし協定を結んでいない鳴海と此処条が何も仕掛けてこなければの話である。
「必ず勝てる方法。つまりは残る2人がどう出ようが勝てる手段が必要なんだろ?
それを見つけなければ、僕らの協定さえ長続きするかわからない」
武藤の言葉に、桂木は何も返すことができなかった。今、3人を結んでいるのは不確かな信頼ただ一つ。
確実な手立てがないならいつ、誰が裏切ったとしてもおかしくはない。
桂木がモニターに目をやる。インターバルはたったの10分。
刻、一刻と第2ピリオドの投票開始時間が迫る。
「——3人」
桂木と武藤の視線がアリスに集まる。
いちごミルクのカップを両手に持ったまま、アリスは言った。
「私達は、3人でいる。最大多数となる、3人のチームを組んでる。
それで何かが、できれば」
「それを思いつけるなら苦労はしないよ」
武藤はため息交じりに口にした。
「確かに3人で組んでることがアドバンテージにはなるよね。けれど有利になるだけで、確実な勝利が得られる要素とは違う。
多数決ゲームじゃないんだからね」
武藤の言葉を聞きながら、おおよそ近い感想を桂木も抱いていた。
3人で組もうが、結局のところは鳴海と此処条を制する手段を思いつけない限り、確実な勝利などはない。
「半数以上、いても?」
そう続けるアリスに対しても、武藤は難しい顔のままだ。
「組んでいないプレーヤーはまだ2人いる。
そうなればゲームはこう着。
最後は残る2人に勝負の見えない“戯れ”を挑むか、仲間を裏切るしかなくなる。
第一ピリオドで差がつかなければ、それでもよかったんだけどね」
武藤の解説に、桂木も頷いて返した。
もしスコアが5人ともイーブンのままなら、鳴海と此処条が同じ作戦をとってくれることはむしろ好都合。
“単独勝利”と“全員勝利”に報酬の差がないのなら、桂木たちの提案を飲んでくれる可能性が高い。
……。鳴海と此処条が悪魔でさえなければ、の話だけどな。
そんなことを考えながら、桂木は会話する武藤とアリスに視線を戻す。
「——だから最後、引き分けにしたいと思うならさ。まずスコアで差をつけて、二人が協力せざるを得ない状況に持っていくしかない
結局はステータスを読み切るしかないんだよ」
「そう」
武藤とアリスのやりとりが終わり、再び場に静寂がやってくる。
とりあえずは第1ピリオドと同じ作戦をとることしかできないのか?
誰もがそう考え、投票の準備を始めようとした矢先だ。
3人。
半数以上。
ステータスを読み切る。
会話の中にあった言葉が桂木の脳裏に浮かんだ。
そしてそれらが徐々に、思考と思考を繋げてゆく。
「まてよ? それなら」
桂木は顔を上げた。
「つながった。
勝てる。3人なら。
このゲームには必勝法がある」
その言葉は、投票ルームへ向かおうとしていた武藤の足を止めた。
「え?」
「投票にはまだ行くな、武藤」
桂木は武藤に着席を促した。怪訝な顔をしながらも、テーブルを挟んで桂木の正面に腰を下ろす武藤。
そしてバーカウンターへ飲み物を注ぎに行ったアリスを呼び寄せる。
3人が揃うと桂木は「確認をさせてくれ」そう口火を切った。
「このゲームはどうやったら確実に勝てる?」
桂木の質問にアリスが小さく首を傾げる。武藤は少しだけ考えると「そりゃあ、ステータスを知ることでしょ」と、答えた。
「全員のステータスがわかればこのゲームには必ず勝てるよね。
でもそれができないから苦労してるんじゃないか」
「だな。どのステータスに何人いるかはわかっても、誰がどのステータスかなんてわからない。
けど3人で組めば、プレーヤー5人のステータスがわかる」
!?
驚愕の表情を浮かべる武藤に、桂木は更に続けた。
「いいか、方法は至ってシンプル。
“俺たち3人で、生者・悪魔・死者にひとりずつ投票をする”のさ」
3人で囲むメモに桂木がペンを走らせる。
「どのステータスに何人が投票したか。プレーヤーに知らされる情報はそれだけだ。
でもさっき言った方法を実行すれば、俺たち3人は敵2人のステータスを知ることができる」
そう言い切り、桂木は指を立てた。
「俺たちが3人で各ステータスに一票ずつ投票すれば、その時点で生者1・死者1・悪魔1。
そして鳴海と此処条が投票を終えると、2か3になっているステータスが確実に鳴海と此処条のステータスということになる。
そうなればあとは簡単。
敵のステータスは2種類しかないなら“確実に負けないカードを切ればいい”
例えば敵が生者と死者なら、こっちは生者のカードを切る。
敵が死者と悪魔なら、死者のカードを切る。
こうすれば“戯れ“を挑んだ際に、俺たちが負けることはもうない。
しかし敵の方はどうだろうか。
こっちは各ステータスへ一票ずつ投票している。だから手を組んだとしても、安全牌のカードなど存在しない。
こっちが挑んだ戯れなら、俺たちは必ず勝つか引き分ける。
しかし敵はそれに気づいても同じことができない。
これを残る4ピリオド繰り返す。そうなれば俺たち3人は緩やかにリードを広げていけるだろう。
そしてリードを奪われた鳴海と此処条は、俺たちに協定を申し出るしかなくなる。
それでゲームは終幕。
つまりは、完全勝利だ」
「桂木クン、半端ねえな……ッ!」
説明が終わってしばし流れた静寂を破ったのは、感嘆の声だった。
「それなら……それならいける! 僕ら3人で固まっていれば、勝てるっ!」
武藤は桂木の理論を完全に汲み取ったようだった。
彼の脳裏に強く焼き付いていた“裏切り”の懸念。それも残る2人との接触さえ監視しあえば起きることはない。
何せ必勝法が生まれたのだ。もはや裏切るメリットが3人にはない。
「アリス。君はどう思う?
これで完璧に勝つことはできるだろうか」
桂木が問う。武藤とは全く対照的に、アリスは相変わらず表情を変えずにいた。
ただ端的に「良いと思う」そう答えた。
「完璧かは、終わるまでわからない。けれどこれで近づいたことは確か。
私たちの、勝利に」
必勝のムードが場を満たした。
武藤もアリスも、桂木さえもこのゲームの勝者は決まった……3人はそれぞれにそう確信した。
(これで勝てる。勝てる、はずだが)
武藤のハイタッチに応じながら、桂木は視線を落とした。
作戦に穴は見当たらない。武藤もアリスもそれを後押ししてくれている。
それなのに、胸のうちのどこかに不安のようなものが燻っているのを桂木は感じていた。
(何だろう、これは。今までに感じたことのない……)
立ち尽くし、動悸の早まる胸を押さえつける。
そして、第二ピリオドの開始を知らせるブザーは鳴った。
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