第84話 不測

『それでは第二ピリオドを開始致しまぁす。プレーヤーの皆様は投票を行ってくださいませ』


 メインディーラーであるクラリッサのコールと共に、電光掲示板に制限時間が表示された。


「桂木クン、まず僕らはどうしたらいい?」


 武藤は桂木を見据えて言った。桂木がアリスの方へ視線をやると、アリスもまた小さく頷いて見せた。


「投票フェイズの動きを確認しよう。それぞれが投票するカードはこう」


 3人がそれぞれ手札の全てをテーブルへ置く。なお第一ピリオドで投票したカードについては、ピリオドの終わりにディーラーから返却がなされた。よって3名のプレーヤーは現在、それぞれ3枚の手札を所有している。

 

 桂木:生者

 アリス:死者

 武藤:悪魔


 無言でそれぞれの投票カードを指し、桂木が口を開いた。


「それと……投票前後の注意事項も先に話しておこう。

 

 一つ。3人全員が投票を終えてここへ集まったら、必ず残りの手札をチーム全員に見せる事。


 二つ。今後はチーム全員がホールに揃っていない限り、鳴海・此処条との接触を行わない事」


 言葉を付け足した瞬間、武藤の表情がわずかに緊張したのを桂木は見て取った。

「誤解を恐れずに言うが」桂木はわずかに間を置き、顔を上げた。


「この作戦は誰か一人でも裏切れば破綻する。そして初対面の俺たちが、互いを完全に信用しきるのはどうしたって難しい。


 だから敵に付け込まれる可能性を減らすためにこういった作戦をとる。

 理解してもらえるか?」


「当り前さ」


 緊張した面持ちとは裏腹に、武藤の返事ははっきりとしていた。


「むしろ桂木クンがそう提案してくれる人で安心したよ。


 馴れ合いじゃないんだ。仲間だからこそ、疑いすぎるくらいで丁度いい」


 武藤の方も自分の信念を隠そうとはせずに言った。

 桂木は武藤に言葉を返すことも、頷くこともなくソファを立った。


「俺が最初に投票へ行く。

 その間、2人は他のプレーヤーと接触することなく待っていて欲しい」


 念を押し、投票ルームへと向かう。

 桂木が投票ルームの前に着いたとき、投票ルームの扉は自動ロックがかけられていた。桂木たちが作戦を練っている間に、もう投票ルームへ足を踏み入れたプレーヤーがいるみたいだった。


 扉が開くまで30秒ほどの時間もかからなかった。

 中から出てきたのは、第一ピリオドでも投票ルームの前で桂木とすれ違った女、此処条だった。


「また、お会いしましたわね」


 此処条はすれ違いざま、桂木の脇で足を止めた。


「相談事はお済みになったのです?」


「……」


 問いかける此処条を無視し、桂木は投票ルームの扉へと手をかけた。


「——お話もしてくださらないのですね。つれない人」


 此処条の冷笑を背中に受けながら、やはり言葉を返すことなく桂木は扉を閉めた。


 その振る舞いは当然だった。他のプレーヤーとの接触禁止は桂木自身の言い出したこと。武藤とアリスが疑念を抱くような行為は極力、慎まなければならない。


 あいつは……確か此処条とか言ったか。


 桂木は投票箱にカードを投入しながら、先ほどすれ違った女の顔を思い浮かべた。


 このゲームは投票フェイズがゲームの局面を大きく左右する。にも関わらず、此処条はすでに投票を済ませ投票ルームから出てきた。


 ほとんど迷うこともなく。

 そして鳴海や桂木チームに取引を持ちかけることもせずに、だ。


 単に思い切りがいいのか、それとも……。


 ふとした考え事に桂木の動きが止まる。しかし掲示板に刻まれた制限時間(カウント)が眼に入り、急いで投票ルームを出た。

 投票ルームの滞在時間を超えれば反則を取られてしまう。それに第一ピリオドで投票ルームの観察は済ませている以上、長居する理由もない。


 とにかく作戦の遂行が先決。そちらに集中だ。

 桂木は自分に言い聞かせ、仲間のもとへと戻った。


 それから桂木と入れ違いにアリスが、続いて武藤が投票ルームへと入室。第一ピリオドとはうって変わり、5人のプレーヤーのうち4名が早々に投票を済ませる運びとなった。


 その中でただ一人、鳴海なるみかなめだけが20分の投票時間ぎりぎりに投票を済ませ、第二ピリオドの幕が切って落とされた。


 生者:2

 死者:1

 悪魔:2


 第二ピリオドのステータスはこのように表示された。


「第一ピリオドと全く同じステータスになったね。もっと偏ってくれた方のが楽だったんだけどなぁ」


 武藤の言葉に「結果は同じこと」と、アリスが口を開いた。


「最初に戯れる人が、引き分けになるかも知れないだけ。次に挑む人は必ず勝つ。

 最後にわたし達が勝つことは、かわらない」


「ま、そうなんだけどね。スコア調整なんか僕らはチーム内でいくらでもできるし。

 だよね。桂木クン」


「ん? ……ああ」


「どうかした?」


「いや、なんでもない。少しぼーっとをしてた」


「困るなー、これからって時に。

 しっかりしてくれないと。大将」


 そう言って武藤は桂木の背中を叩いた。


「それで、仕掛ける相手と順序はどうする? 特に決まりがないなら僕が……」


「いや、俺から行く」


 桂木は武藤の言葉を遮り、アリスと武藤の前に出た。

 作戦を提案したのは自分。だったら自分が先陣を切って、作戦を軌道に乗せなきゃならない。そんな思いが彼の胸の内にはあった。


「まず一つ、敵のステータスを暴いてくる。その後は頼む」


「——りょーかいしたよ」


 桂木が小さく頷いて、対戦ルームへと視線を向ける。


 扉の前には女の姿があった。

 まるで待ち侘びていたかのように、此処条ここじょう未夢みゆは妖艶な微笑みを浮かべた。



「それでは戯れを始めましょぉ。

 それでは戯れを申し出た此処条様。カードをお切りくださいませ」


 ディーラーの合図とともに、桂木と此処条の戯れが始まる。

 視線を向けながらも表情を作らない桂木に対し、此処条は静かに微笑んだ。


「カツラギチトセさん……お名前は、つねづね耳にしておりましたわ。


 全ての悪魔をその手で沈めたプレーヤー。魔界の脱出に最も近い一人、と。


 どうしたらそこまで勝ち続けることができるのです?

 私もその勝負強さにあやかりたいものですわ」


 なぜ此処条が自分の戦歴を知っている? 桂木がそんな疑問を浮かべるのは想定通りとでも言わんばかりに「今までに遭った悪魔からそのように聞いたのですわ」此処条はそう付け足した。


「あなたはきっと、あなたが思っている以上に有名人なのですよ」


「全く嬉しいと思わないな」


「そう? でも私はあなたとゲームをご一緒できて幸運だったと思うのですわ。


 あなたと手を結ぶことができたなら、ゲームで悪魔に負けることはない」


 少し上目づかいに此処条は桂木を見た。


「最初に説明があったけれど、このゲームは強者ばかりが集められたとても過酷なゲーム。

 そのうえ桂木さん。あなたまで対戦相手にいるとあっては、私が一人で勝つことなんてできっこないのです。


 だからお願いがしたいのです。

 私をチームに入れて欲しいの」


 水気を含んだ甘い声が、桂木の耳をくすぐる。

 黙って聞いていた桂木は小さく息をついた。そして


「見え透いた芝居は止めろ」


 此処条の媚びるような台詞を、まるごと切って捨てた。


「仲間になりたいのなら、ゲームの前でもインターバルの時にでもいくらでも誘えたはずだ。

 なのにわざわざ戯れを挑んで、2人きりの時を狙ってお前は提案を持ちかけてきた。そこに裏がないはずあるか。


 お前の狙いは俺を裏切らせて武藤とアリスを沈める事。

 そして3人で組む俺たちの協定を崩すことだ。


 少数派になった此処条、お前がトップに立つにはいまやそれしか方法がないからな」


 桂木は断言すると、敵意を持って此処条を睨みつけた。

 これ以上の御託に付き合う気はないとでも言わんばかりに。


「心外なのです。信用していただけないだなんて。

 ……でも、だったら」


 視線を落としていた此処条が、ゆっくりと顔を上げる。


「戦うしかないのですわね」


 此処条の真っ黒の両眼が、桂木を見据えた。


 そして刹那。


「私のカードは、コレなのです。

 勝負」


 此処条未夢の手から一枚のカードが切られる。


 そのカードが桂木を刺す確率は、純粋に3分の1。そのカードには、“悪魔”の柄が描かれていた。


「此処条様のカードは“悪魔”。桂木様のステータスは“生者”

 よってこの戯れは、此処条様の勝利となります」


 此処条の刃が、桂木の急所を捉えた。


 駆け引き無しから、ノータイムの一手。

 いかに策を巡らすことに長けた桂木といえ、想定できた展開ではなかった。


 しかし。


「ディーラーに申請する。

 このまま戯れを継続させてくれ。指名相手は、此処条未夢だ」


 ディーラーのコールののち、桂木もまた間を置かずに返した。その表情に微塵の戸惑いも見せることさえもなかった。


 これでいい。


 そう呟く桂木には、薄い笑みが浮かんでいた。


(敵から挑まれた戯れを落とすところまでは、最初から織り込み済みの展開。

 俺の仕事は返しの勝負で勝ちを拾い、そのゲームで知り得た敵のステータスを仲間に伝える事。


 俺がひとつ落とそうとも、武藤とアリスが勝てばチームとしては勝利なんだ。

 それに……)


 意趣返しとても言わんばかりに、桂木がノータイムでカードを取り出す。そして此処条の喉元へと、カードの先を向けた。


(お前のステータスは悪魔か生者のどちらか。そしてこのゲームでお前が切ったカードは悪魔。


 だったらお前のステータスは“生者”で確定だ。

 

 今の俺にとっての最優先は仲間に確実な勝利をもたらすこと。

 しかし俺自身だって、ただ負けてやる気はない)


 桂木のカードがテーブルへと置かれる。此処条が出したものと同じ“悪魔”のカードが。


「折角だ。拾える星は、拾わせてもらう。

 勝負」


 桂木の手がカードから離れ、ライトの明りにカードの絵柄が晒される。ディーラーはその柄を確認すると、小さく息を吸った。


 これで桂木と此処条は一勝一敗のイーブン。

 そして次とその次の戯れでは、ステータスを知る武藤とアリスが確実に此処条に勝つ。


 なにせ必勝法があるのだから、桂木チームが敗れるはずなどない。


 桂木はコールの瞬間……結果を突きつけられるその瞬間まで、そう信じていた。



「桂木様のカードは“悪魔デーモン”。此処条様のステータスは“死者デッドマン

 よってこの戯れは、此処条様の勝利となります」



 何?



 桂木にとって、耳を疑う言葉。

 想定されていたものと全く逆の結果が室内に響く。


 そのコールを受け入れる……それどころか頭で理解することもできないうちに、此処条は席を立ち、桂木を見おろした。


「ふたつ連続しての勝利で、私は+50。

 桂木さん、あなたは-40。


 残り3ピリオドでスコアの差は90。

 とても追いつける差ではないのです。

 

 あなたがこの先、何をしようとも」


 宣告を残し、此処条は対戦ルームを後にした。

 その背中を、桂木は追うこともできなかった。ただ視線を落とし、わけのわからない現実を受け止めるので精一杯だった。


 嘘……だろう? 何故……。


 三回戦での霧継きりつぐ玲奈れいなとの対決を除き、一度も破られることのなかった桂木千歳の“必勝法”が、ここで初めて破られる。


 最終決戦にして起きた異常事態。


 桂木のこめかみを、冷たい汗が伝った。

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