第85話 誘導

 何が起きた?


 対戦ルームを後にした桂木の表情は呆然としていた。

 そして、それは彼を迎えた仲間も同じだった。


「どういうことなんだよ……いったい」


 食って掛かるように、武藤は桂木の襟首を掴んだ。


「必勝法はどうなった! なんでキミが負けて戻る!?」


 桂木は黙って目を逸らした。答えることができなかった。

 対戦を行った桂木本人にさえ、まだ何が起きたのかわかっていなかったから。


「桂木クンの策は必勝法だった……なのに負けた……もしかして」


 呟きとともに、武藤の表情が険しくなった。

 そして桂木の身体を突き飛ばすと、表情を隠すように武藤はうつむいた。


「わざと負けた……のか? そういう取引を持ちかけられたのか」


 武藤の声は震えていた。「違う」と桂木は慌てて否定した。

 しかしその続きは言葉にならなかった。言い訳さえできないほど、桂木は平常心を保つことができていなかった。


「——信じたかったんだけどね」


 そう残して武藤は桂木のもとを去って行った。


 そして一緒にいたアリスも、何を言うこともないまま桂木の傍を離れた。

 

 第二ピリオド半ば、桂木は仲間と策を同時に失う。


 ——俯いたまま肩を落とす桂木の背中をカメラ越しに見ながら、悪魔たちは口を開いた

  

「これは彼、おわったんじゃない?」


 ゲームを監視するモニターを見て、ピエロのような風貌の悪魔が嗤った。


「必勝法は崩され、苦労して手に入れた仲間はいなくなっちゃった。

 簡単に立ち直れっこないね。彼が、ヒトである以上はさ」


「そうね。私もそう思うわ」


 ルピスの言葉に、同じくゲームを監視していた悪魔もまた同調をした。


「ヒトの身体は、ココロというものが支えていると聞く。いかにカツラギチトセが優秀な頭脳を持ち得ても、ココロが乱れては、その力を存分に発揮することはできない。

 

 そしてその乱れたココロを支えてくれる仲間さえ、彼の傍にはいなくなってしまった」


 悪魔は手元のノートを開くと、桂木かつらぎ千歳ちとせのデータに目を落とした。

 そこには第一ゲームから第四ゲームまでの戦局が事細かに記されていた。


 桂木はどんなときも仲間を信じた。彼の仲間も、信じることでそれに応えた。


 即ち彼の強みは、信じる仲間がいたことの強さだった。


「単独の強さなら、おそらくは霧継きりつぐ玲奈れいなのどちらかが頂点。先の零ゲームでは、桂木は仲間とともにいたことでようやく霧継の領域を少し上回った。


 けれど今はそれがない。

 だから、彼があの方に敵うはずはない」


 悪魔の分析は冷静で、そして公正だった。

 この時点でほとんどの悪魔は桂木の敗退を確信した。


 一部の者たちを除いて。


「どう思う? ミシロ」


 少し離れてモニターを見つめていたミシロに、サクラミは聞いた。


「私が桂木と戦ったのは第2ゲームが最後。その後のことはわからない。

 直前のゲームで桂木と戦ったあなたはどう思うの?」


「——どう思うも何も、普通はこれで折れるでしょ」


 ぶっきらぼうにミシロは応じた。


「今の彼に仲間はいない。しかもあの方までゲームに参加をしてるんじゃ勝ち目なんてないでしょ。99%ね」


「残りの1%は?」


 その言葉にミシロは押し黙った。サクラミはそれ以上問う事をしなかった。無言のまま、椅子に腰かけることなく扉の前で立っているタテハに視線をやった。


「桂木千歳ならわかりません」


 直立不動、無表情のままタテハは口にした。


「おおよそ逆転など不可能な戦局であることは確かでしょう。しかし彼ならわかりません。

 彼なら、このゲームを……いえ、このゲームで終わらせることだって」


 冷たい視線先にはひとり、ホールに佇む桂木の姿があった。


「彼にあの時の覚悟が残っているのなら、もしかして」


 タテハの脳裏に浮かんでいたのは、ここを出ていく仲間たちの見送りを桂木千歳が拒んだシーンだ。


 桂木が拳を固く握り、呟いた言葉をタテハは覚えている。





必ず生きて帰る





 ——誰にともなく口を開くと、桂木は顔を上げた。


 その表情かおに絶望の色はなく。

 その瞳には静かな炎が燃えていた。


「反撃開始だ」


 マイクの拾った呟きが監視ルームに流れた瞬間、観ていた悪魔たちは息を飲んだ。


 そうでなくては。


 小さなため息をつくと、タテハは誰にもわからないくらい少しだけ微笑んだ。




 


 反省は終わり。とりあえずは情報の整頓だ。


 静かに分析をはじめる桂木。まずは作戦が破られた理由からだ。


 3人がステータスを分散して、敵にステータスを特定させない方法。あの作戦が破られるとしたら、仲間の裏切りしかあり得ない。

 それはわかっているし、作戦の前からわかっていた。


 だからこそ桂木も武藤も、アリスもお互いがお互いを監視していた。その結果、作戦を開始後に他のプレーヤーと接触を行う事は誰もできなくなった。それは確かだ。


 つまり裏切りが始まったのは、作戦開始の後ではない。

 作戦を始める前から、裏切り者は誰かと通じてたということ。


 でも俺が作戦を思いつく前から裏切りの算段を立てるなんてことが可能なのか?

 

 もし別の手を思いついていたら、事前の打ち合わせなんて……。


 ——。

 いや、まさか。


 状況を振り返る。

 そして桂木はある仮説にたどり着いた。


「俺が作戦を思いついたんじゃない。思いつくように、誘導されたんだ」


 そして気がつく。きっかけは全部、自分が救った少女の言葉だということに。





『私達は、3人でいる。最大多数となる、3人のチームを組んでる。


 それで何かが、できれば』

 



『半数以上、いても?』




 そうだ。俺は罠へと誘導されたんだ。


 騙されたんだ。


 あの少女、アリスに。

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