第54話 暗躍

「—というわけなんです」


 御代みしろと別れて2分後。


 桂木はつじの個室で交渉に臨んでいた。


「俺と優理ゆうり……あ、人間の御代のことです。それで2人。

 いま優理が吉田との交渉に当たってくれているから、辻さんさえ協力してくだされば」


「それで4人。

 次のピリオドから作戦は実行可能になるというわけだな」


 4人を集めて“対決”と“賭け”の両方を出来レースにする。


 そんな桂木の作戦を辻はすぐに理解した。


「桂木君の話によれば、タテハとミシロは悪魔。

 霧継は……前のゲームの話を聞く限り、とても手を組むことは出来まい。


 良かろう。君の策に乗ろう」


「ありがとうございます」


 好意的な辻の言葉にも、どこかかげった表情で桂木は俯いた。


 とても交渉がうまくいった表情とはいえない。


「どうした?」


 怪訝さ半分、心配り半分の調子で辻が問う。


 対して桂木は取りつくろうこともなく、端的に質問をした。


「第2ゲームでのことで、お聞きしたいことがあります」


 話しながら、桂木の頭に浮かんでいたのは第一ピリオドの序盤。第2ゲーム。


 辻とミシロが引き分けに終わったゲームの光景だった。


「あのとき……小声でミシロが辻さんに話していましたよね。

 あれ、何を言われたんですか?」


 ゲームが終わった直後、マイクが拾えない声で何かを話していたミシロ。

 それを受けて無言で席を立った辻。


 その時の光景がずっと頭の片隅に引っかかっていた。


 ずっと意識していたわけではない。

 だが霧継きりつぐがタテハを取り込んだことをきっかけに、ミシロの行動が気になりだしたのである。。


 4人でチームを組めば勝つ。そこまではいい。


 だがもしも、チームを組む前から何か手を打たれていたとしたら。


 後々、作戦にひびが入る可能性だってないとは言えない。


「あれか」


 辻は少し思い返すような間を置いて答えた。


「安い挑発だ。

 別段、報告するようなものでもない」


 もともと言葉の少ない辻は相変わらず端的に答えた。


 ……。ミシロは吉田のときのように、挑発で辻さんの手を操ろうとしたのだろうか?


 しかしミシロが口を開いていたのは“対決“の後。

 ならばのちのゲームへの布石?


 桂木の中で疑問が払拭しきれない感じはあった。


 しかし吉田の方の交渉がうまく行っているか気になっていることもあり、桂木はそれ以上の追求をしなかった。


 それがゲームの展開に影響を及ぼすことも知らずに。


「—とにかくありがとうございました。

 辻さんが協力してくれなかったらこの作戦は成立しなかった。


 あなたが仲間でいてくれてよかったです」


「いや……。

 儂もそれで救われるのだから、お互い様だ」


 辻はそう言うと、静かに視線を逸らした。





 それから今後の打ち合わせをして桂木は辻の個室を去った。


 辻は桂木の姿が廊下に見えなくなったのを確認すると、クロゼットに潜んでいた人物に合図を送った。


「行ったぞ」


 キィと甲高い音を立てて扉が開かれる。


 中から現れたのは先ほどまで話題に上っていた女……いや悪魔の、ミシロユウリだった。


「やっぱり辻さんを仲間に取り込もうとしたわね。

 先輩ったらほんとわかりやすいんだから」


 彼女は全てを聞いていたのだ。


 桂木の戦略。それを成立させる手順まで。


 —そして、それらは全てミシロの予想の範疇だった。


「みーんな予想通り。思ったより簡単に勝てそうね。

 前祝いとかしちゃう?」


「軽口はいい。

 次はどう動けばいいか、指示を出せ」


 静かな剣幕を含むツジの声。

 ミシロは興をがれたとばかりに肩をすくめた。


「ノリ悪いんだー。ま、いいけど」


 そうして彼に今後の方針……すなわち桂木の策を破り、同時に霧継チームを敗者へと沈める戦略を提示する。


「第2ゲームで伝えた通りよ。

 辻さんは桂木先輩の指示通りに動いてくれればいいわ」



 桂木の策を破るために、桂木の指示に従う。



 矛盾丸出しの言葉を、悪魔はさらりと口にした。


「辻さんは先輩たちの指示に従ってくれればいいの。


 そしたら結局、最後に勝つのはあたしだからね」


 ミシロがくすくすと微笑む。ブービートラップを完成させた子供のように。


 ツジには彼女の意図がまるで読めなかった。

 だが彼女の思惑に、底知れない悪意が潜んでいることは察しがついた。


 桂木君は強い。しかしおそらくミシロには敵うまい。


 くすくすとわらう悪魔を横目に、辻は拳を握った。


 二回戦の脱獄ゲーム。桂木が悪魔サクラミを破った姿を間近で見ながら、辻は一筋の希望を抱いた。


 この男ならもしかして。そう信じた。


 —知恵比べという土俵ならば、桂木君はミシロにだって遅れをとるまい。


 だが。

 

『あなたが仲間でいてくれてよかったです』


 そんな桂木の言葉が、辻の胸を締め上げた。


(……本来の彼ならもっと追及したはずだ。

 あの時のミシロとのやりとり。そして前のゲームで起きたことも。


 儂が本当に敵の手に染まっていないか。

 確認する必要性を、桂木君なら十分に理解していたはずだ。


 でも、そうしなかった。それはただ……)


 ただ彼が、仲間を信じたからに他ならなかった。


 桂木君には人間としての心がある。

 でも、だからこそ。


 人は悪魔に勝てない。


 —そんな思いに背を向けるように、辻はミシロの残る個室を後にした。

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