第55話 俯瞰

 残り6分。説得すべきはあと1人。


 桂木は自室に戻り、計画の展望を思い浮かべていた。


 御代みしろつじを仲間に組み込むことのできた現時点で、メンバーは3人。

 御代が吉田を説得することができれば4人。


 それで勝利の構築が完成する。


 仮に霧継きりつぐやらミシロやらが同じ作戦をやろうとしたところで集まるメンバーは3人だ。

 4人で組む桂木たちよりもポイントを減らす際に運の要素が絡む。


 圧倒的有利になることは疑いない。


 あとは吉田がメンバーに加わってくれるかどうかだが、桂木はあまり心配していなかった。


 御代は彼の知る限りじゃ最も裏表のない人間の1人。吉田もそれは感じていることだろう。

 だから疑心暗鬼を理由にチーム加入を断ることはないと予想できる。


 そして吉田がいま置かれた危機的な状況も追い風だと思われた。

 

 吉田の暫定スコアは7ゲーム終了の時点で23。

 1位のキリツグが16、次点の桂木が17。

 最後の勝者枠である3位のミシロが19。


 そう考えると吉田のスコアは圧倒的に低い。

 このまま何の手も打てなければ逆転どころか差は開くばかりだ。


 だから吉田は自分たちの策に乗る。

 必ずそうなると桂木は思っていた。


 戻った御代みしろからこんな報告を受けるまでは。




 

「……説得できなかった?」


 桂木の確認に、御代は申し訳なさそうにうなだれた。


「手を組んだら真っ先に吉田のポイントを減らす。

 そう提案してもか?」


「……。はい」


 まるでわけがわからなかった。

 最も敗北に近い男が同盟への参加を拒否をする……これは何を意味しているのだろうか。


 桂木の脳細胞が一気に熱を帯びてゆく。


「理由は? 何か言っていなかった?」


「いえ、それが何も」


 御代は小さく頭を振った。


「何も教えてはくれませんでした。

 ただお前たちとは手を組めない、って」


 今にも泣き出しそうな表情で御代は語った。

 

 作戦の遂行ができなくなったということよりも、吉田が自分たちから離れた悲しさ。

 説得のできなかった自分の無力を嘆いているように見えた。


「ただ」


 御代はこのように前置きを挟んで言った。


「吉田さんの部屋のあるフロアで、霧継きりつぐさんとすれ違いました」


 ……!


 陰のある御代の表情。その理由のひとつが理解できた瞬間だった。


 霧継に先を越されたという可能性。


 桂木たちと同じように4人でチームを組むという作戦を思いつき、絶望に暮れている吉田を霧継が先に取り込んだ。

 そういう可能性だ。


 もちろん姿を見かけただけという現時点では、あくまで仮説でしかない。

 だがあまりに絶望的な仮説に、桂木の全身を冷や汗がつたった。


 霧継はタテハと組んでいる。これは第1ピリオドの流れからもう確定していることだ。


 ここに吉田が加わったとすれば……敵はすでに3人でチームを作り上げている可能性がある。


 これで状況は3vs3。


 しかし桂木たちはこのピリオドで、吉田と辻の説得にしか動いていない。

 一方の霧継はおそらく吉田の説得に成功している。


 ということは残るタテハが、同じ悪魔であるミシロの説得に動いていたと考えるのが普通だ。

 

 同じ悪魔であるなら、そこの交渉に躊躇いはないことだろう

 

 情報を整理するべく、桂木はテーブル脇のメモ用紙とボールペンを取った。



 

・桂木チームの動き

 

桂木が御代と手を組む。

桂木は辻の、御代は吉田の説得に動く。

辻の説得は成功。

吉田の説得は、おそらく霧継に先を越されたために失敗。


・霧継チームの動き(推測)

 

第1ピリオドの時点で霧継がタテハと手を組む。

インターバルが始まってすぐ霧継は吉田の説得に、タテハはミシロの説得に動く。

吉田の説得には成功。ミシロは不明。



「いや、ミシロの方はもう不明じゃないな」


 桂木は不明の文字に二重線を引いた。


「ほぼ確定だ。

 ミシロは霧継チームが3人のメンバーを揃えた事を知れば、必ず奴らに加担する。

 だって自分さえメンバーに加わればチームの勝利は揺るがないんだから。


 奴らはインターバルが始まってすぐに動いていた。

 俺たちは遅かったんだ」


 御代に説明していたタイムラグが明暗を分けたといえるだろう。

 同じ作戦でも霧継のほうが速かった。


 その差が勝負を分けることになってしまった。


 桂木はそういう認識をした。

  

 現状はおそらく3vs4。霧継チームが4人を集めたとするなら、暫定的なポイントに大きな差がついていない以上、桂木チームは圧倒的に不利な状況に立たされたということになる。


 おそらくは逆転が困難なほどの状況に。


「けど霧継だってトラップルームでの禍根があった。どうやって短時間で吉田の説得を……?


 ……。……っ!


 駄目だ、このままじゃ負ける」


 桂木はここにきて初めて、リアルに敗北の未来を想定した。


 ピンチはこれまで何度もあった。

 だがいずれの場合も、わずかに残る勝ち筋を見失わずに桂木は戦ってきた。


 だが今回ばかりは違う。何も打つ手が見つからない。


「相手の誰かを裏切らせれば……いや無理だ。相手チームに勝利が見えている以上それは難しい。

 だったら……」


 あらゆる選択肢を探る。

 しかし行き着く先はすべて越えることのできない行き止まりだった。


「桂木先輩……」


 御代は桂木の名前を呼び、いつものように前向きな言葉をかけた。

 しかし桂木の反応はない。


 それほどの状況に追い込まれた。

 青ざめた桂木の顔を見て、御代は理解せざるを得なかった。


◇◇



「……そう。説得できなかったの」


 一方でこちらは霧継の控え室。

 タテハは相変わらずの無表情で、説得の結果と過程を報告していた。


「はい。おそらく誰よりも迅速にミシロの元まで辿り着いたつもりできたが、彼女は私の提案に首を縦には振りませんでした。

 理由も何も言わずに」


「そう」


「桂木チームに先を越されたということでしょうか」


 彼女はもちろん知る由もないが、タテハは桂木の想定している現状とほとんど似通った仮説を口にした。


「だとしたら非常に由々しき事態です。

 吉田を引き込むことができたとはいえ、こちらのチームは3人。


 相手は桂木・御代みしろに、おそらくは辻と悪魔ミシロで4人です。

 

 スコア最下位の吉田を抱えている我々のチームは、このままでは高い確率で敗れるでしょう」


 タテハもまた理解をしていた。このゲームは4人のチームを作るべきゲームであると。

 だからこそ自分たちの不利を理論的に把握できているのだ。


 しかしズレがあるのは、桂木もまた自分たちが負けると思っていること。


 そう。

 桂木だけではなく、敵対するタテハもまた自分が敗者になることを恐れている状況にあった。


 桂木たちは自分たちが3人、霧継チームが4人だと思っている。


 しかし霧継チームは自分たちが3人。桂木たちは4人だと思っていた。


 そこに存在する矛盾は何だろうか。


 タテハの問いを受けた霧継は瞳を閉じ、そして静かに唇を開いた。


「桂木の他にも暗躍をしている人物が居るわね」


 霧継は静かに微笑んだ。


「でも大丈夫。わたくしたちはこのまま3人で組む。

 それだけでいいわ。


 黒幕はもうわかっているもの。


 それに、敵の作戦への対処法もね」


「対処法?」


「見ていてくださればわかるわ」


 いつもの調子で話す霧継。タテハはそんな彼女を表情なく見つめている。


「まずは桂木と、の知恵比べになるでしょうね。


 わたくしたちは、その決着をただ待つだけでかまわないわ。


 さて、どちらが上をいくことになるのかしら」


 ふふ、と小さく微笑んで霧継がモニターを見つめる。


 7つのプレーヤー名とそのスコアが薄暗い部屋に煌々と輝いている。


 桂木。

 霧継。

 そして黒幕。


 果たして誰の策がゲームを制するのか。


 運命の第二ピリオドが始まる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る