第56話 勝つために

桂木チーム:桂木かつらぎ御代みしろつじ

霧継チーム:・タテハ・吉田

ミシロチーム:ミシロ


◇◇


『インターバルの20分が経過いたしました。まもなくゲームの再開となります』


 室内にディーラーのアナウンスが流れる。桂木は御代みしろつじの3人で集まり、控え室でそのアナウンスを聞いていた。


『各階をつなぐ階段が封鎖されます。

 3分後に第8ゲーム。タテハ様と霧継きりつぐ様の対決を開始いたします』


 ぷつん、と放送が切れたのを確認し、3人でモニターを見つめる。霧継きりつぐが勝つと思うならA。

 タテハが勝つと思うのならB。

 どちらかのボタンを押せと指示が出ている。


 桂木たちはテーブルの上ののボタンを見下ろした。


 うち二つはもともと桂木の部屋にあったAとBのボタンだ。


 そして残りの4つは御代みしろつじがそれぞれ自分の控え室から持ち込んだ投票ボタンである。


 他の部屋から投票できることの確認ができた以上、チームは固まっていたほうがいい。

 そのほうが急な作戦変更にも対応できる。

 

 おそらく霧継きりつぐチームも同じ事をしているだろう。

 ……ということは。


「奴らのチームも全員、チーム内での賭けの予想は的中させてくる。

 口裏を合わせているだろうからな。


 一方で敵チームの結果を当てられる可能性は半分。50パーセントだ。


 霧継きりつぐとタテハのどちらに賭けるかは各自の裁量に任せようと思う」


 桂木の提案に、御代みしろつじは言葉もなく頷いた。


 普通に実力の勝負なら、過去の実績から見て霧継きりつぐが勝つ可能性は濃厚だろう。


 しかし今回は結果の決まった出来レース。勝敗はコントロールされている。


 その結末は純粋に勘で当てるしかない。


 各自が勝つプレーヤーの予想を済ませる。


 桂木とつじ霧継きりつぐの勝利に賭け、御代みしろだけがタテハの勝利に賭けた。


 結果、タテハの出した手は5。霧継きりつぐの出した手は1。


 御代みしろだけが正解をし、ポイントを1つ減らした。


「運にも……見放されたか」


「先輩らしくありませんよ」


 視線を落とす桂木に、毅然とした声が届いた。御代の声だ。


 しかし一瞬、桂木には彼女の声とはわからなかった。

 今まで聞いてきた不安げな声調とは違ったのだ。


「まだ13ゲームも残っています。

 こんな序盤で諦めるなんて、らしくないじゃないですか!」


「残り13ゲーム、か」


 まだ折り返し地点にも来ていないこの状況。

 むしろゲームがまだ中盤に入ったばかりの現状は、むしろ不都合な状況だと桂木には思えた。


 なぜなら彼は敵チームを、ミシロも含めて4人と認識している。


 相手が一人多いなら、賭けの結果によってゆるゆると差をつけられてゆくだろう。


 御代みしろの言葉は前向きだが、根拠のない強がりに過ぎない。


 桂木はそんなことを思った。


「人数の多い相手チームの方が、賭けの差でスコア差が有利に動く。

 

 運に味方でもされなきゃ、勝ち目は見えない」


「たとえ運が味方しなくても、私たちは最後まで桂木先輩の味方ですよ!

 ね、辻さんっ」


 そう言って、つじのほうを向く御代みしろ

 

 つじは皺の寄った眼を伏せて「ああ」と呟いた。


「まだ何も終わってないです。チャンスは必ず巡ってきますよ。


 でも諦めたら、そのチャンスは掴めない。

 だから、そう……最後の瞬間まで絶対に考える事を止めちゃいけない。


 わたしはこれまでのゲームで、先輩から教わってきたつもりですから」


 そう言ってグッと拳を御代みしろ


 顔は笑顔だったが、その手はわずかに震えているのを桂木は見逃さなかった。


 御代とて置かれた状況は同じ。

 敗北の恐怖は同じはずなのだ。


 それでも恐怖をかみ殺し、仲間への激を飛ばしている。


 強くなった。


 桂木はそう思った。


『それでは第9ゲーム。

 つじ様と御代みしろ様の対決を始めます』


 碌な打ち合わせもできないままアナウンスがなされる。


 硬直したチーム事情とは裏腹に、ゲームだけは淡々と進んでゆく。


「時間です。行きましょう。つじさん」


「あ、ああ。しかし今の彼を一人にするのは」


 つじは眉をひそめて視線だけこちらを向く。


「対戦の順序は変更できる。それなら……」


「大丈夫です。

 私の知っている桂木先輩は、こんなところで終わる人じゃありませんから」


 強く言い放つと、御代みしろは桂木を振り返らずに扉を出ていった。

 それに引っ張られるようにしてつじも部屋を出ていった。


「……最後の瞬間まで考えることを絶対にやめちゃいけない、か」


 二人の背中を見送って、桂木は御代の残した言葉をつぶやいた。


御代は自分に言い聞かせるような言い方をしていたが、桂木はそれが自分へのエールだと思った。



 

 —そういえば、ここに来て最初の戦い。クラッシュチップゲーム。


 勝てたのは、俺が捨てかけた可能性を、優理は最後まで捨てちゃいなかったからだったな。



 

「ありがとう。

 少しだけ目が覚めた」


 ぱしん! と音が響くくらいの強さで両頬を叩く桂木。


 強くやりすぎてちょっと涙が出たが、その分鬱屈とした気分はいくらか紛れた気はした。


 まだ何も終わってない……その通りだ。


 いまは勝機なんて見えないが、1ゲーム後、2ゲーム後はわからない。


 弱気になっている場合じゃない。

 そんなんじゃ掴める勝機も掴めないぞ。


「そうだ。考えるんだ。

 いま。

 勝つために」


 桂木はテーブルの隅に放り出したメモの束を、静かに自分の元へと引き寄せた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る