第90話 覚悟

「何を言うかと思えば」


 不敵な宣告を下した桂木に対して、ミューもまた微笑のまま言葉を返した。


「次のピリオドで、お嬢様が死者デッドマンのカードを投票する? 戯言も甚だしいのです。

 

 あなたがどんな予想をしようが、死者の投票される確率は3分の1。これは不変の数値なのです。


 それにあなたはこのピリオドでも同じ宣言をした。今しがた終えたお嬢様との戯れで。

 けれど予想は外れ、結果は引き分けに終わった。


 そんなあなたの言葉に力はないのですわ。桂木様」


「そう思うのは勝手だ。だが此処条」


 威圧的な此処条の言葉にも、桂木は身じろぎ一つせず応じた。


「この状況に違和感を覚えないとすれば、お前には俺たちの戦略が見えてないということ。

 やはり最後に負けるのはお前たちだ」


「——これ以上、あなたの与太話がお嬢様の時間を割くのは好ましくないのです。

 行きましょう。お嬢様」


 桂木とのやり取りを切り捨て、ミューはアリスの手を取った。


 去り際にアリスは一度だけ桂木を振り返った。

 桂木もまた、アリスだけを見ていた。彼女にはそんな風に思えた。



 


 対戦ルームに入ると、ミューはまずアリスの椅子を引いた。


「少しお時間をくださいませ。お嬢様」


 穏やかに微笑むと、アリスは小さく頷いて椅子に腰かけた。


「それでは戯れを始めましょぉ。

 それでは此処条様。カードをお切りください」


 両者が着席したのを見届け、ディーラーはコールを行った。


 ミューは早々に口を開いた。ただその相手は、目の前に腰かける少女ではなかった。


「どう思うのです? クラリッサ」


 ミューはゲームを取り仕切るディーラーに……いや、彼女にとっては同族の悪魔に言葉を求めた。


「大幅にスコアの差をつけられ、仲間の信用を失った桂木にもはや逆転の目はないはずなのです。


 それなのに、桂木はここに来て妙な宣言をした。

 『次にお嬢様が投票されるカードは”死者だ』と」


 桂木 −40

 アリス +40

 

 スコアボードの数字を思い浮かべながら、ミューは桂木のげんをたどった。


「ハッタリなのは間違いないでしょう。けれど、それはきっと何かの狙いがあってのこと。

 感情に任せて無意味な挑発をする個体タイプではないのです。桂木千歳という人間は」

 

 ミューの言葉に、クラリッサもまた桂木という人間の姿を浮かべた。


 桂木が多くのプレーヤーと違うのは、彼女も分かっている。


 モニター越しにずっと見てきた。

 自分の作ったゲームで、桂木が次々と悪魔を敗ってゆくさまを。


 だから思うところがないはずはなかった。それでもクラリッサは口をつぐんだ。


「いまの私は“禁じられた遊びゲーム”のメインディーラー。

 いくらミューが大切な同志でも、肩入れするような振る舞いはできませんわ」


「——そう。全てのゲーム、およびシステムを作り上げたあなたの知恵があれば心強かったのだけれど、仕方がないのです。


 そもそも、平等なジャッジを命じたのは主催者である私。虫のいいことを言ってごめんなさいね」


 ミューの「ごめんなさい」に、クラリッサは「らしくもないことを」と微笑んだ。


「ミュー。あなたとお嬢様の結束は本物。


 そんなあなたが不安を抱くなんて、そんなにヒトという生き物は強いものだったかしら」


「そんなことは無いのです」


 言い放ったミューの目に、鋭い光が宿った。


「お嬢様のためであるならば、私はどんなことだって成し遂げる。

 

 この身を以て、お嬢様が望むことの全てを捧げるだけなのですわ」


 ミューの決意に、クラリッサは何も答えなかった。ただ黙って微笑んだだけだった。


「お待たせしました。お嬢様」


 ミューは正面を向き直ると、一枚のカードを切った。

 生者ヒューマンのカード。アリスに負けることは、わかりきっているはずのカードだ。


「此処条様のカードは生者ヒューマン、アリス様のステータスは悪魔デーモン

 この戯れはアリス様の勝利となります」


 クラリッサのコールが済む。

 同時に、表示されたミューとアリスのスコアが動いた。


「さあ、お嬢様。私に“生者ヒューマン”のカードをお切りください」


 幼子へ手ほどきをするような声でミューは言った。“死者”である自分を倒すように、と。


「ミューが言うのなら、私はそうする」


 アリスはミューの瞳を覗くと、少しだけ間を置いて、言われたとおりのカードを置いた。

 「いい子ですわ」ミューは穏やかに微笑んだ。


 勝敗を告げるコールが響く。

 アリスの連勝で、スコアはそれぞれ-20、+90となった。


 これでいい。


 スコアを大幅に落としてなおも、此処条の表情に陰りはなかった。


 私の戦いはゲームに勝つことではない。

 最後の目的が果たされるのなら、人間に敗れる屈辱の一つや二つ受けてやる。


 それだけを思って私は此処まで来たのだ。

 誓いを立てた、あの日から。

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