第7話 突破口

 コールがなされるのと同時に、モニターの数字は制限時間のカウントを始めた。


 相手より多くのチップをベットすれば勝ち。少なければ負け。

 負けたらベットしたチップは砕かれる。


 最終的にチップが最も少なかった者が敗者。他の者は勝者として5枚のチップを得る。

 これはそういうゲームだ。


 ルールを聞いた桂木の第一印象はというと、とにかく残酷。その一言に尽きた。


 負ければ目の前で自分の寿命が砕かれる。その恐怖は、精神的なダメージは計り知れないものがある。それがひとつ。


 そして二つ目、三つ目は……プレーヤーそれぞれが今まさに実感していることだろう。

 桂木かつらぎは脇の御代みしろに目を向けた。顔から血の気が引いていた。


「桂木先輩……どうしましょう。

 誰かが……誰かひとりが必ず負けるんですよね。このゲーム」


 御代の言葉は確信をついていた。そう。チップを残そうが、そうでなかろうが、敗者が必ず出るこのゲーム。

 それが自分でない保証は、どこにもないのだ。いかに天真爛漫な御代といえど恐怖を覚えないはずがない。


 そう桂木は受け取った。けれど続く御代の言葉は、桂木が予期していたものと少し違った。


「負けたら寿命が減らされてしまう。勝つにしても誰かのチップを、寿命を奪わなきゃ……いけないんですよね。

 どうやって止めたらいいの? そんなのって私……!」


 御代は寿命を奪われることと、他者の寿命を奪わなければならいこと。

 その二つを同じレベルで恐怖しているようだった。


 そういう考えもあるか。いや、でもだからこそ。


 桂木は部屋を見渡した。それぞれが様子をうかがい、場はこう着状態にあった。

 年齢は全員がさほど変わらない。他のプレーヤーの持つチップが読み切れずに勝負をためらっているのももちろんあるだろう。


 しかし同時に抱くのは、御代と同じ感情だった。

 人として、人から命を奪うことの恐怖。そういう人間らしい感情が、極限状態の中で、ギリギリの秩序を保たせているのだ。


 でもそんな状態も長くは続かない。そう桂木は読んだ。


 やや遠くにいる吉田は、どうしていいかわからずに頭を抱えていた。

 混乱した状態で正着な判断を下せるはずがない。ひとたび勝負の空気が生まれたら、カモにされる展開は目に見えている。


 血で血を洗う争いが始まるのも時間の問題だった。プレーヤーたちの限界も近い。御代も含めて。


 ——だったら。

 俺が、この状況を収める。


「全員、俺の話を聞いてほしい」


 桂木の言葉で、プレーヤーたちの視線が一気に集まった。

 そして続く言葉は、ゲームに臨む者たちの認識に風穴を開けるものだった。


「このゲームには、全員で勝ち残れる手段がある」


 ——!


「ほ、ほんとか桂木君っ!」


 真っ先に駆け寄ってきたのは吉田だった。それを皮切りに、他三名のプレーヤーも全員が桂木のもとに集った。


 もちろん警戒の色は消えない。むしろ強めた者さえいる。

 けれど桂木は、彼らが抱く恐怖も疑念も、すべてねじ伏せる覚悟でいた。

 己の論理で。


「順を追って説明するよ。まず思い出してほしいのは、俺たちがここに連れてこられた理由からだ。

 御代。お前はどうしてここに来ることになった?」

「え?」


 それは先輩も知っているはずじゃ? 一瞬だけ疑問を抱いたが、構わず御代は答えた。


「悪魔の暇つぶしで、ここに連れてこられました」

「吉田は?」

「そりゃ、僕も同じだけど」


 他の人は? 桂木が問うと、全員が同じ事情であることを明かした。ついでに自分の名前も。

 話を聞き終え、桂木は「だったらさ」そう口火を切った。


「悪魔の暇つぶしが目的なら、そのメンバーに悪魔がいないのはおかしいだろ」


「! い、言われてみれば! じゃあ……」


 吉田が大きく反応する。他のプレーヤーも明らかに表情を変えた。


「ああ。この中の誰かが悪魔だ。そいつを負けさせればいい。

 そうすれば俺たち人間は全員で勝ち残ることができる」


「「お、おおーッ!」」


 ……。


「って、あれ? なんでみんな、そんなテンション低いの?」


 御代と吉田が戸惑うように声を重ねた。

 すると答えを返したのは、二十代後半の(ように桂木には見える)女性、藤浦ふじうらみさとだった。


「悪魔を負けさせて、人間みんなで助かるっている考えはとっても素敵だわ。

 でも、それは難しんじゃなくて?

 だって私たち、みんな初対面なんだもの。人間か悪魔かなんて、判断がつかないわよ」


 のんびりとした物腰ではあるが、藤浦は現状を正しく認識しているようだった。

 そしてその考えは残る一人も同じようで。


「そうね。悪魔を特定する方法がない状態じゃ、桂木さんの掲げる手段は理想の域を出ない。

 それとも何か方法があるの?」


 ポニーテールの学生、桜海さくらみあやが尋ねた。

 桂木は間をおかずに「ある」答えた。


 方法がないなら、こんな無茶は提案できやしない。桂木はひとつ大きく息を吸った。


「方法は、全員がお互いの胸元を触れあうこと。そうすれば悪魔が誰かを特定できる。


 悪魔は人間の姿をコピーできるけど、中身……つまり内臓まで精密にコピーしているとは考えにくい。その必要がないからな。


 もしそうなら、人間の姿を借りているだけの悪魔には


 もし胸を触って、そこに心臓の鼓動がない者がいたなら、そいつが悪魔だ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る