第34話 第二ピリオド

 第2ピリオド開始。桂木かつらぎ御代みしろの見た文字はAとBだった。

 だが桂木たちはその情報をさばく余裕も、精査する余裕もなかった。


 すべての意識は第1ピリオドの、不可解きわまりない結果に向けられていた。


 6人全員で避難したルームB。

 結果はセーフルーム2人に、トラップルーム4人。


 意味が不明にもほどがある。

 桂木の表情には動揺が滲んでいた。


「なんなんだ、この状況」


 第1ピリオドの情報を粗い字で書き記しながら、桂木は漏らした。


「写真の抑止があってなおも、俺たちは罠にはめられた。そんなことどうやって……。


 それに俺たちは6人全員でルームBにいた。ディーラーのコールがあるまで、誰一人としてよそのルームには行かなかった。それは確かだ。


 なのに2人だけがトラップルームを逃れた。

 これはいったい……」


 6人が同じ部屋にいて、そのうちの2人だけが罠を回避しているという現象。


 罠を回避した2人とは誰なのか。

 それも気になるところではあるが、まず2人が「どうやって」罠を回避したのか。


 その解を得ない限りなんの推理もできない。


 更に言えば、敵はどうやって霧継きりつぐの必勝法——写真の抑止を無力化したのか。それもまったくの謎だった。


 なんの準備もできないこの場所で、霧継と立羽たてはが写真を偽造するのは不可能だ。

 しかし吉田と神谷も、霧継の写真を見ずして嘘をつくことなどできるはずがない。


 “誰も嘘をつけないのに誰かが嘘をついている”


 模擬ゲームと同じ性質のパラドクスが、桂木たちを襲った。


「くそ、まったく答えが見えてこない。

 あと2ピリオドしかないってのに」


 焦ってはいけない。わかってはいても、冷や汗が止まらなかった。


 誰を疑えばいい。どこまで疑えばいい?


 表示された残り時間が、逃れようのない重圧となって桂木の肩にのしかかった。


「桂木君」


 そのとき、聞きなれた声が桂木を呼んだ。

 ルームAにいたはずの吉田が、御代を除けるように桂木の脇に立っていた。


「聞きたいことがあるんだ。正直に、答えてくれるかな」


 吉田の声はどこか冷めていた。それに瞳も。

 先に異変に気がついたのは御代だった。


「桂木先輩は嘘なんてつきません」


 嘘をつく前提の口ぶりに、御代は口を尖らせた。

 だが吉田は「桂木君と話しに来たんだ。御代ちゃん」柔らかい口調で返すと、また冷ややかな視線を桂木に向けた。


「模擬ゲームと第1ピリオドで嘘ついたのって、桂木君なんじゃないの?」

「!?」


「霧継さんと立羽さんには写真があった。絶対に嘘なんてつけない。

 だったら嘘吐きはもう、桂木君しかいないじゃないか」

「ま、待ってください」


 言葉を返せなかった桂木の代わりに、御代が声をあげた。


「桂木先輩にだって、この状況が理解できてないんです! 吉田さんと同じように困ってるんです!

 それに疑うなら……同じルームの私も含まれるんじゃないですか」


 真っ当な言いぶんを御代は返した。

 しかし疑惑を固めた吉田は、納得とは程遠い顔をしていた。


「そうだね。神谷君もそう言った。

 確かにそうだよ。御代ちゃんだって容疑者には含まれる。僕個人としては、御代ちゃんは違うと思うけどね」

「だったら先輩も」

「桂木君ならわかんないよ。賢い桂木君ならさ。御代ちゃんもひっくるめて、全員を騙す事ができるかもしれない」


「! そんなことッ!」

「本気で策を巡らした桂木君に、騙されない自信はある?」


 その問いに御代は言葉を詰まらせた。


 悪魔の九択。

 クラッシュ・チップ・ゲーム。

 脱獄ゲーム。


 御代は誰よりも多く桂木の戦いを見てきた。だからこそわかる。

 桂木がどれだけ、頭の切れる人間なのか。


 つまりは敵に回せば、どれだけ手強い存在であるのかも。


 わかるからこそ、御代は二の句を継ぐことができなかった。


 “桂木ならばもしかして”


 今まで御代と吉田を支えてきたそんな期待。

 その強さが、ここにきて裏目に出たのだった。


「容疑者は桂木君しかいない。そして桂木君なら、こんな不可解な状況を作り出せるだけの知恵がきっとある。

 これだけ揃ってもまだ、桂木君を信用していいのかな」


 肌を刺すような緊張感。息苦しい静寂。

 御代でさえ言葉を発せずに立ち尽くすばかりだった。


 この先、弁明のチャンスがあるかわからない。桂木は必死で言葉を探した。

 だがどの理屈も、吉田を納得させるには至らないと思えた。


 自分はやっていないということの証明……いわゆる“悪魔の証明”。

 その難しさがハードルの一つ。


 そして自分自身も、吉田を疑っているという負い目が、もう一つのハードルだった。


 自分が疑っておきながら、相手には信じろなどと言えようはずがない。


「話してくれないんだね。だったらもういい。

 もう、いいよ」


 そう残し、吉田はルームAへと戻っていった。


 桂木と御代は、無力感を味わいながら、その背中を見送ることしかできなかった。

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