第51話 その心の内側に
吉田とミシロの対決が終わったその直後。桂木はすぐさま、部屋の受話器で対戦相手を指定した。
ようやく回ってきた指名権。少しでも早く霧継(きりつぐ)との差を縮めておきたい。
そんな思いもあったのだろう。
桂木は足早にエレベーターへと向かう廊下を進んだ。
そんな彼の心情とは裏腹に、指名された彼女の足取りは重く。
桂木から遅れること5分。ようやくホールに姿を見せた。
「あ、あの……先輩」
おずおずと前にでる
足が震えていた。
「どうして、対戦相手にわたしを……?」
御代の顔はかつてないほどに強張っていた。
それはそうだろう。今回のゲームの“敵“は
「いいから座ってくれ。大丈夫だから」
「——はい」
大丈夫だから。その一言があってようやく、御代は椅子に腰掛けた。
『双方のプレーヤーが着座しました。
それでは5分以内にカードをセットしてください』
ディーラーの合図と共にモニターの数字が減り始める。
桂木はさっそく口火をきった。ここで接触できる時間はたったの5分。無駄口を叩いていられる時間はない。
「——俺が御代を指名したのは対戦のためじゃない。
手を組むためだ」
いつもより二回りくらい低いトーンで桂木は切り出した。目の前の御代にぎりぎり聞こえる程度の声量。
部屋で聞こえたディーラーの声から考えて、これなら他のプレーヤーにも内容を聞き取られることはない。そんな判断だった。
「て、手を組む?」
桂木に応じるかのように、御代が声を押さえて聞き返す。桂木は頷いて返した。
「俺たちのやっている勝負は、カードの読み合いだけで勝敗の決まる勝負じゃない。
この“零ゲーム“は、多数派を作るゲームだ」
御代は小さく「え?」とつぶやいた。
このゲームは1対1の対決と、運任せの予想でポイントを減らす個人戦のゲーム。そういう認識でいた。
一体どこに協定の入り込む余地があるというのか?
聞きたいことは山積みだった。しかし御代は黙って言葉の続きを待った。
桂木の雰囲気がいつもと違う。どこか焦っているように見える。
だからこそ、自分は動揺を見せられない。足を引っ張りたくない。そう思った。
「——いいか。なんとなく感じているかもしれないが、このゲームはガチで戦ってもろくにポイントを減らせない。
現に俺も一勝をあげているが、それでもまだ2ポイントしか減らせていないんだ」
指を立てながら、桂木はモニターに視線を移した。
残り時間と共に表示された“第6ゲーム“の文字。ここまで減らせたのはたったの2ポイント。
全21ゲームで25ポイントを消化する。
今のペースではどう考えたって現実的じゃない。
「対戦と予想だけではポイントを減らせない。
だったらどうすればいいか。答えは単純だ。
他のプレーヤーと手を組んで、出すカードを互いに決めておけば、確実に高得点を減らすことができる」
桂木は手札から1と5のカードをつまみ、御代に向けた。
「たとえば御代に指名権があるとにきは、俺が1を出し、御代は5を出してポイントを減らす。
逆に俺が指名できるときには御代を指名して、俺が5ポイントを減らす。
こうすればたったの2ゲームで、お互いに5ポイントも減らすことができるんだ。しかも確実にね」
「!
それじゃあさっきの……第4ゲームの結果はもしかして……」
先の第4ゲーム。霧継はあっさりとタテハに勝ち、5ポイントを減らした。
さすがに御代も同じく霧継の勝ち方を不審に思っていたらしく、説明を受けるとすぐにその推理へ行き着いた。
「ああ。おそらくだが、霧継も同じ手でポイントを減らしたんだろう。
霧継とタテハ。“トラップルーム“に続いて、あの2人はもう完全にグルだ。
おそらく次のピリオドでは、タテハが霧継に5のカードで勝つ約束をしているはず。
遅れをとってしまったけど、追い上げるにはこの方法しかない」
——桂木は「遅れをとった」と言ったが、実は霧継が作戦を思い付いたタイミングに桂木と大きな差はなかった。ただ霧継のほうが、指名順の関係で先に策を実行に移せただけのこと。
だがそんなことは知る由もない桂木にとって、先手を取られたという思いは拭えない。
桂木は視線を落とし、薄く唇を噛んだ。
「——とりあえず俺たちも、あの二人と同じように同じように決着を操作する。それが現時点で取れるいちばん合理的な手段なんだ。
協力してくれるかな」
「それはもちろん……」
御代は即答したが、どこか所在なさげに視線を彷徨わせた。
「どうかした?」
桂木が問う。すると御代は少し言いにくそうに、
「どうしてわたしを選んでくださったんですか」
と訊いた。
言葉の意味を頭の中で噛み砕く桂木。
それができたとき、彼は「妙なことを聞くな」と返した。
「それは御代がいちばん信頼できるからに決まってるだろ。
この作戦は裏切られたらどうしようもないし」
なにも意識せず出た言葉だった。
計略と裏切りに満ちたゲームの中にあって出た、信頼、という言葉。
しかし桂木は、そこに何の引っかかりも覚えなかった。
「御代とならうまくいく。単純にそう思った。
そんな説明じゃ、駄目か?」
「だ、ダメじゃないですっ!」
御代はぎゅっと目を閉じ、ぶんぶんと首を振った。
「そんな、先輩が私のことをそこまで……。
こんなの事実上のプロポーズと思っていいんですよね?」
「言ってないからな。
——それよりも時間がない。俺は1を出すから、御代は5を出せ」
タイマーに目をやり、桂木は小声でつぶやいた。
このターンで御代が5ポイントを減らす。次の御代の指名で、桂木は5ポイントを減らす。
それを3巡繰り返す。そういう指示だ。
しかし御代はビシッと手のひらを桂木に向けて言った。
「いいえ、ポイントを減らすのは先輩が先で。ポイントを減らす順番は、どっちが先でも同じですよね?」
「それはそうだが……」
「たまには私にカッコつけさせてくださいよう」
相変わらずテンションの落差がすげーな。そう言って微笑む桂木。
そんな彼を見て、御代はきゅっと唇を結んだ。
私は先輩にずっと助けられてばっかりで。
きっと私がいなければ、桂木先輩は1人でゲームを抜けるチャンスだってあったはずなのに。
それでも私を必要としてくれた。
必ずその気持ちに応えてみせる。
もし先輩がゲームに敗れそうになったら。
その時は私が——。
心の内側をいつもの表情に隠して。
御代はそっとカードをテーブルに置いた。
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