第94話 人間

 アリスが失格となり、プレーヤーは4名に減った。


 桂木、武藤、鳴海はそれぞれミューへと戯れを挑み、それぞれ勝利。30枚のチップを奪った。


「動かないね、此処条のやつ。このまま失格になるつもりかな」


 第4ピリオドも終了を迎える間近。

 ソファに掛けたまま動かないミューを遠目に、武藤は言った。


「彼女のステータスは分かっているし、そう怖いってこともないんだけどさ」


「まあ……そうだろうな」


 武藤の軽口に、桂木は半分だけ同意した。


 武藤の言う事は確かだ。4名のプレーヤーのうち、桂木のチームは3名。

 単独のミューに逆転の目はほとんどない。0%にすら近い。


 しかし桂木は、ミューという女はそれでも、見下していい存在ではなかったと思った。彼女の胸にあった、何か強い目的の意識。執念。それは時に、数値や理屈だけでは説明のできない何かを引き寄せることがある。


 必ず生きて人間界に帰る。そう約束した桂木千歳がそうであったように。

 

 あるいは桂木がかつて戦った人間。病床に伏す妹の為、必ず寿命を手に入れて帰る……そう誓いを立てた霧継きりつぐ怜奈れいながそうであったように。


「まあ、結果が出るまで気は抜けないけどな」


 そう桂木が付け足すと、武藤は


「やっぱ油断しないタイプだね。桂木クンって」


 いつか言った言葉を、改めて口にした。


 そしてブザーが響いた。第4ピリオドの終了を告げる合図だ。


 結局、最後までミューは戯れを挑むことをしなかった。プレーヤーは各ピリオドのうちに、一度は戯れを挑まなくてはならないというルール。


「規定により、此処条ここじょう未夢みゆ様は失格となります」


 クラリッサのコールが、ミューの敗退を告げる。

 決着を前にして、全ての悪魔がこのステージから姿を消した。


『それでは最終ピリオドを始めましょぉ。

 皆様、最後の戯れを行ってくださいませ』


 禁じられた遊びゲーム、最終ピリオド。

 ホールには3人の人間だけが残された。


「やろうか。桂木クン」


 武藤の誘いで、対戦ルームに2人が足を踏み入れる。


「僕がいま、3人の中で単独トップ。

 もしここで桂木クンを裏切っても、そのまま優勝は狙えるね」


「!?」


「もちろん冗談だけど」


 びくっ、と身体を震わせる桂木を前にして、武藤はけたけたと笑った。


「桂木クンのそういうリアクション、初めて見た。なんだか親近感が沸くね」


「やめてくれ……心臓に悪い冗談は」


「あはは。ごめんごめん」


 形だけの謝罪を口にし、武藤はカードを切った。桂木と約束した通りのカードを。


「桂木様のステータスは、生者ヒューマン。武藤様のカードは、死者デッドマン

 この戯れは桂木様の勝利となります」


 クラリッサのコールが、桂木の勝利を告げる。

 武藤は席を立つと「ありがとう」桂木に向かって感謝を口にした。


「桂木クンが仲間でよかった。人間でいてくれてよかった。


 助かったよ、正直。もしキミと最後まで敵対していたらと思うとゾッとする。

 喧嘩したままで終わらなくてよかった」


「同感だ」


 武藤の言葉に、桂木も静かに笑みを浮かべた。


「またどっかで会えるといいね。

 もちろん、こういう場じゃなくてさ」


 その言葉にも、桂木は頷いた。気持ちは同じだった。


 そして、武藤と入れ違いに鳴海が入室する。姿を確認すると、桂木は「俺が戯れを挑む」そうクラリッサに伝えた。


「こうしてまともに話をするのは、初めてだな」


 腰かけると、口火をきったのは鳴海の方だった。


「第1ピリオドからずっと一緒だったんですけどね」


 鳴海が年上なのを見てとり、桂木は敬語で返した。


「桂木君はいくつだ?」


「今年で20歳になります」


「若いな。しかし、出来た男だ。わが社の若手にも見習って貰いたい」


「会社を経営されているんですか」


「小さな会社だがね」


 いやそれこそ大したものだろう。鳴海もまだ二十代半ばかそこらじゃないのか?


 身を包む上物のスーツと、彼の纏う雰囲気に桂木は納得がいった気がした。そして内心で舌を巻いた。


「こんな言い方は相応しくないのかもしれないが」


 綺麗な姿勢で桂木に正対し、武藤は言った。


「このゲームに参加させられた事は、無駄ではなかった。学ぶことも、感じることも多かった。


 人生は常に試練と向い合せに進んでゆく。それもこの一つだったのかもしれない。そう思うのだ。

 まあ何もかも、勝てた今だからこそ言える事なのかもしれないが」


「……俺にはまだ、難しい話のようです」


 自分とは捉え方の異なる意見に、桂木は曖昧な返事をした。

 だが鳴海は「それでいい。君は君だ」と言って、口元を綻ばせた。


「さあ、桂木君。カードを切るといい」


 促され、桂木がカードを切る。武藤から借りた、死者デッドマンのカード。

 そして“悪魔”の鳴海に勝利した。


 この結果により、3名のステータスは全員が+40。横に並ぶ。

 そして。


 桂木:+40

 武藤:+40

 鳴海:+40


 3人の人間が1位を確定させ、全ての戦いが終わる。


 モニターに映った数字を見ながら、桂木は穏やかな顔でディーラーのコールに耳を傾けた。


「ただいま『禁じられた遊びゲーム』全ての行程が終了いたしました。

 最終結果を発表いたしましょぉ。

 

 1位 桂木千歳様

 1位 武藤一真様

 1位 鳴海要様

 4位 此処条未夢様

 4位 アリス様


 規定により、1位でゲームを勝ち抜いた3名にはチップ100枚が支払われます。

 お疲れ様でした。これにて、『禁じられた遊びゲーム』を終了といたします」

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