第43話 しばしの休息

 ゲームが終わり、手続きを終えた桂木は、ひとまず息をついた。


 それぞれのプレーヤーに与えられた控室。

 靴を脱ぎ、靴下を脱ぎ、シャツを脱ぎ、全身をベッドに投げ込んだ。


 きし、とベッドが音を立てた。

 続いてふんわりとした感触が身体を包んだ。


 服毒ゲーム、トラップルームと続いた過酷なゲーム。

 長らく味わえなかった解放感が全身から沸き起こる。


 あー……眠くなる。


「女の子を部屋に招いておきながら、いきなり眠っちゃうとは何事ですかッ!」


 耳を突き刺すような絶叫に、桂木は耳を抑えながら跳ね起きる。


 部屋の入り口に突っ立ったままの御代が、頬を染めながら、拳を震わせていた。


「しかもシャツまで脱いじゃって……誘ってるんですか? そういうのはもっと手順を踏んでからではないんですか?

 ところでズボンの方はお脱ぎにならないのですか!?」

「落ち着け御代」


 桂木は体を起こしながら、ひとりテンションの上がっている御代を半目で見た。


「招いたもなにも、部屋に来たいと言ったのはお前だろ。

 あとズボンは脱がない」


 ——ゲームの終了後。

 二人が控室に戻るまでの間に、実はこんなやりとりがあった。


「先輩、私、気づいちゃったことがあります」

「重要なことか?」


 いますげえ疲れてるんだが。桂木が首を鳴らしながら聞くと、御代はこくりと頷いた。


「控室って、入ったら出られなくなるんですよね」

「だな。少なくとも俺の控室はそうだった」


「だったら一緒の控室に入っちゃえば、次の24時間は一緒にいられるってことですよね」

「そうだな」


 バレなければそうなるだろうな……生返事をした桂木だったが、すぐに「おい」と、クリアな声で突っ込んだ。


「なにを企んでる」

「いえ、その……。

 私、一人になると寂しくて……。それでよろしければ、先輩のお部屋にお邪魔できないものかと」


「……」

「やることなくて、暇ですし」


「……」

「お喋りとかしていたほうが気が楽ですし」


「……」

「その、だめ、ですか?」


 無言で見つめてくる桂木を、おそるおそる、といった風に御代は見上げた。

 拾ってもらえるか、スルーされるかの瀬戸際に置かれた捨て猫のような目をしていた。


「本当に一人が嫌なだけなんだろうな」

「はい。他意は……ないです」


 桂木はもう一度だけ御代の顔を見据えると、根負けしたようにため息を吐いた。


「仕方がないな」

「本当ですかっ!? やった!」


「ただし変な事するなよ」

「え? それ私のせりふじゃなくてですか?」


 そんなやりとりの結果、ベッドに座る桂木と、その前に立つ御代という現在の構図ができあがったのだった。


「というか御代。お前……他意はないんじゃなかったのか」

「あのときはそのつもりだったんですよ。でもいざ個室に二人っきりになったら、想像するじゃないですか嫌でも」

「気が変わるの超はやいね」


 とにかく、と桂木はソファを指した。


「立ってるのもなんだろ。そこ座れ」

「ソファに腰掛けていいんですか? インタビューから入るタイプのやつですか?」

「怪しい勘違いはやめろ」


 なにに影響された勘違いだ今のは。


 いつも以上に濃い御代タイムに辟易した顔の桂木。

 早々に話題を変えてしまおう。


「霧継怜奈のことだが」と、前置きもなく桂木は話を始めた。

 仮に「話がある」などと御代に切り出そうものなら


「え、なんですかこんなところでプロポーズですか? そんな、まだ心の準備がどうのこうのあーだこーだ」


 などと話が長引くのは必至。

 そんなわけで、桂木の話は本題から入る癖がついていた。


「霧継さんがどうかされたんですか」


 そう聞き返す御代に


「あいつには気をつけろ」


 と、桂木は真剣な顔で言った。


 それから桂木は三回戦で知ったことを話した。


 霧継がすでにチップ100枚を持っていること。にもかかわらずゲームを続けていること。


 チップはもとの世界で、寿命として他人に譲ることもできること。

 そして霧継が、それを目的に人間からチップから奪っていることも。


 全てを話した。


「見境というものが感じられなかった」


 霧継の微笑が桂木の脳裏によみがえる。背筋の寒気に耐えながら桂木は言葉を紡いだ。


「あいつは誰が相手でも容赦なくチップを奪いにくる。

 ためらいはない。たとえ相手が、同じ人間だったとしてもだ。


 “トラップルーム”までの戦いで、俺はどことなく楽観的な考えを持ち始めていた。

 同じ人間なら、きっと協力して悪魔に立ち向かえる。そういう思いになりかけた。


 けど霧継は別だ。頭のキレも、物の考え方も、なにからなにまで俺たちとは違う。


 だから……気をつけろ。何があっても絶対に気を許すな」


 桂木は強い口調で言い切った。


 いつか自分と御代が離れ離れになった時のために。

 そんな未来が来ないとも限らないからだ。


「お気持ち、すごく嬉しいです」


 御代は恭しく返事をしながらも「けれど」と続けた。


「あまり接した時間が長いわけではありませんが……私はなんとなく、霧継さんがただ冷たいだけの人には見えませんでした。

 冷静で、賢い方なのは確かだと思うんです。でも……」

「でも、なんだ」


「言っても怒りませんか?」

「——わかった。怒らない」


 念押しが済むと、御代は少しだけ間を置いて続けた。


「霧継さんは、どこか先輩に似た雰囲気を感じます」


 予想外の指摘に、桂木は思わず「俺にか」と確認した。御代が頷く。


「はい。具体的にどこが……というわけじゃなくて、本当に感じるだけなんですが。


 もしかして霧継さんも、彼女なりになにか大切なものがあって、戦っているのではないでしょうか」


「それも感じていることか」

「はい……すみません」

「いや。いい」


 まったく同意しかねる意見だったが、桂木は無下にすることなく話を区切った。


 霧継もまた大切なものの為に戦っている。想像したこともない考えだった。


「だが事実、あいつは俺たちのチップを奪おうとした。それだけは忘れるな。

 忘れないでほしい」

「あ、私の身を案じてくださるんですね」


 御代の目がらんらんと輝く。しまった、と思った時には時すでに遅し。


 通行証を得たぜ! とばかりに御代はベッドに腰掛けて、桂木の肩に頭を置いた。


「こら! 別にこっち来ていいとはいってないだろうが」

「来ちゃだめなんですか……?」

「くっ」


 甘えるような御代の声に、桂木は間抜けな声を出して、目を逸らすのが精いっぱいだった。


 さっきまでシリアスな雰囲気だったのに、ほんの一瞬でこの空気。

 本当に大丈夫なのだろうかこの娘は。


 心配になって、桂木は叱りつけてやろうと顔に力入れる。

 猫みたいに目を細めて、幸せそうに頬ずりしている御代の顔が目に入った。


 怒る気は一瞬にして消え失せた。


(まあ、いいか)


 桂木は呆れたように、けれど穏やかな顔で息をついた。


 こういう普通で、なんでもない時間を、今は大切にしたい。


 御代といると、そんな風に思える桂木がいた。






 人間と悪魔のゲームはまだまだ続く。それに伴う過酷な時間も。


 しかし今は、戯れにしばしの休息を。

 

 肩に温かい体温を感じながら、桂木はそっと目を閉じた。

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