第88話 仮面

「鳴海様のカードは悪魔デーモン、武藤様のステータスは悪魔デーモン

 よってこの戯れは引き分けとなります」


 クラリッサのコールが済むと、示しを合わせたかのように第2ピリオド終了のブザーが鳴った。


 動かなかった、鳴海と武藤のスコア。

 その結果を見た桂木は、自分の計画が前進していることを確認した。


 鳴海との交渉が決裂したならドローにはならない。武藤がうまくやってくれたみたいだ。

 あとは……。


 インターバルを迎え、アリスと2人、バーの椅子に腰かけて過ごす。言葉を交わすこともないまま時間だけが過ぎた。


 しかし第3ピリオド開始を目前に控え、動きが生まれる。


 アリスは椅子を降りると、桂木を見上げてぱっちりと開いた瞳を向けた。


「オテアライ、行ってくるね」


「わざわざ断らなくてもいいよ」


「ん」


 とことこ、とアリスはホールの隅の階段を下りて行った。ブロンドの髪と、黒いレースのスカートが穏やかに揺れた。


 この動きは桂木の読み通りのものだった。


 ステータスの打ち合わせを行うなら、投票前のインターバル以外にチャンスはない。

 だから必ず、アリスはこのタイミングトイレに向かう事は分かっていた。此処条の仕込んだメモを確認するために。


 だからこそ、桂木はそこに仕掛けを打っていた。


 アリスと入れ違いに、武藤が階段を上がってくる。

 “首尾は?”視線で問うと、武藤もまた“上々”と表情で返した。


(言われたことはやっておいたよ。

 女子トイレにあった此処条のメモは回収済み。作戦通り、桂木クンの作った偽物のメモを挟んでおいた)


 武藤はトイレで回収したメモの端を、服の裾からちらりと見せた。


 桂木は炭酸水の入った瓶を冷蔵庫に戻すと、投票ルームへ向かった。

 扉を開け、予め決めておいた1枚のカードを投入する。


 投票を終え、桂木は改めて室内を見渡した。部屋の隅には扉に向かって監視カメラが2つ設置されている。入室する者が複数ではないかを確認するためのものだろう。


 これで準備は全て整った。あとは、アリスが偽物のメモを確認し終わるのを待つ。


 数分もせず、アリスは再びホールに姿を見せた。そしてそのまま投票ルームへと足を運んだ。

 彼女が投票ルームから戻ると、投票時間のカウントがちょうどゼロになった。


 第3ピリオド。

 直接対決の火ぶたは切って落とされた。


 そして開始1秒。

 

「——戯れを申し込む。

 勝負だ。アリス」


 静寂のホールに桂木の言葉だけが響いた。


 アリスの反応を待つことすらせず、桂木が対戦ルームへと向かった。


 そんな姿を背中で見送る武藤、そして鳴海。彼らは桂木・アリスと此処条を分断するように立っていた。

 

(此処条が、桂木クンよりも先にアリスと“戯れ”をする時間は奪う。それが僕らの最初の仕事。

 そっちは任せたよ)


 目を見開く此処条へ視線を釘づけたまま、戦地へ赴く仲間への言葉を心のうちで呟いた。


 がらんとしたホール中央に、佇む少女の影だけが残される。


 最初にこの部屋に入ってきたときもそうしたように、アリスは光の差し込むステンドグラスを見上げた。


 並ぶ3つの絵柄。生者ヒューマン死者デッドマン悪魔デーモン

 三者の手には、それぞれを狩るための得物が握られている。


 そのうちの一つを、ほんの少しだけ見つめてアリスは動いた。深海のように暗いブルーの瞳が、桂木の待つ対戦ルームの扉を見据えた。



 

 第3ピリオド初戦。桂木千歳vsアリス。



 

 小さなテーブルを挟み、初めて両者は敵として対峙する。


「アリス。お前を倒す」


 桂木の宣戦布告により、幕は切って落とされた。


「第2ピリオドでは、お前の策略にまんまと嵌められた。完敗だったよ。

 けど今度はこっちの番だ」


 桂木は手札からカードを切った。裏返しにテーブルに置かれたカードへ視線も送らず、アリスは口を開いた。


「——あなたの事、ずっと見てた」


 アリスから切られた口火は、告白だった。


「クラッシュ・チップ・ゲームのときから、ずっと。


 悪魔たちは誰も、あなたに太刀打ちできなかった。あなたは、大勢の中でいつも特別だった。


 わたしと遊んだら、どうなるんだろう。

 どちらが、上を行くのだろう。


 知りたいと思った。

 この瞬間を、わたしは待ってた」


 このゲームが始まって、はじめてアリスは感情らしきものの混じった言葉を口にした。


「見せて? あなたの力を」


「この期に及んで、君と駆け引きなどする気はない。


 もう勝負の結果は決まっている。

 なぜなら、君のステータスが“死者”だとわかっているからだ」


「……なぜ」


「そう誘導したからな。

 この“生者“のカードで確実に刺せる」

 

 そう言って桂木が表を向けたカードには、騎士の絵柄が描かれていた。


「君と此処条のステータスは、女子トイレのメモによって密かに取り決められていた。だからホールで監視していた俺たちには、君たちの協定を見破ることができなかった。

 

 外から見えないホットラインがある以上は、ステータスの取り決めを見破ることなんてできない。

 けれどもし、そのホットラインに“偽物”の情報を流せるとしたら?


 そして偽の情報を君の手に握らせることが、できたとしたら」


 桂木はメモの切れ端を見せた。それは此処条の直筆で書かれたアリスへの密書だった。


「此処条の残したこの“本物のメモ”は君が見る前に、武藤に回収をさせた。

 だから君が読んだのは武藤に仕掛けさせた“偽物のメモ”だ。


 君が受け取った“死者に投票しろ”というメッセージは、此処条の書いたものじゃない。

 俺が、君を嵌めるために用意したものなんだよ」


 投票の指示が記されたメモを偽造する。

 つまりそれは、敵のステータス操作ができるのと同じこと。

 

 そう判断した桂木は、敵の作戦の核となる仕掛けに、自らの仕掛けを滑り込ませたのだ。


「君たちはメモで通じ合っていた。だから君は死者に投票している。必ず。


 これで決着だ。

 勝負」


 桂木の言葉が静寂に響く。

 ディーラーのクラリッサはカードの絵柄を確認すると、静かに勝敗の判定を告げた。



「桂木様のカードは、悪魔デーモン。アリス様のステータスは、悪魔デーモン

 よってこの戯れは引き分けとなります」



 引き分け。



 

 そのコールがなされた瞬間、桂木の手から、残りのカードが零れ落ちた。


「……。惜しかったね。

 

 最後の最後、あなたはミューの打った仕掛けを躱せなかった」


 対戦ルームにそんな宣告が響いた頃。


 時を同じくして、戯れの結末を待ちわびていた女は薄い笑みを浮かべた。


「仰せの通り……桂木の首をとらせていただきましたわ。

 お嬢様」


 ——此処条未夢という人間の表情かおを捨て、ミューは黒いスカートをつまむと、アリスの腰かけている場所へ恭しくお辞儀をしてみせた。

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